第45話 千客万来

 

 森の妖精亭でお昼を食べて家に戻ってきた。


 午後の勉強がどうなるか心配だったけど中止になった。おじいちゃんとおとうさんは村の見回りをすることになったみたい。アンリは自由の身。


 でも、外に出ちゃいけない。ドッペルゲンガーは遠くにいるけど、同じ種族の仲間達がこっちにくるかもしれないっておじいちゃんが心配してる。フェル姉ちゃんも念のため警戒してくれって言ってたから間違っていないと思う。


 もうちょっとヤト姉ちゃんにフェル姉ちゃんのことを詳しく聞きたかったんだけど、問題が解決してからじゃないとダメかも。


 それにしてもフェル姉ちゃんは不思議。アンリの好奇心を刺激する。


 魔界で一番強いとか、敬意を払っちゃいけないとか、本気だしたときは最大限の敬意を払うとか、正直よくわかんないけど、興味は尽きない。もし、フェル姉ちゃんが魔王だったら、アンリが魔王を部下にした初めての人族になれるかも。これは頑張らないと。


 とはいえ、今はフェル姉ちゃんもいないし、お外にも出れない。午後はどうしようかな?


 そうだ、ダンスの特訓をしよう。夜寝る前に剣の名前を考えながら踊っていたけど、今日の午後はダンスに集中。


 フェル姉ちゃんが色々解決してくれたら結婚式はすぐ始まるはず。それまでにキレのあるダンスを身につける。センターはヤト姉ちゃんだけど、主役を食うくらいのダンスをしないと。


 さっそくステップから練習しよう……頭に本を載せて落とさないように踊ったら上手くなるんじゃないかな? よし、頑張るぞ。




「アンリ? ずっと部屋でバタバタしていたけど、何をしているの? 脱走しちゃだめよ? 外は危ないから――あら、頭に本を乗せてなにを……? ああ、歩き方の訓練ね。一人でも勉強できるなんて偉いわ」


 本当は踊ってただけなんだけど、今はおかあさんの勘違いに乗るべき。アンリのいい子ポイントアップさせる。


「アンリは自習だとしても手を抜かない主義。でもちょっとうるさかったのはごめんなさい。どうしても本が落ちる」


「私も昔やったけど、効果があるのかは微妙よね。でも、落としても大丈夫よ。背筋を伸ばすことを意識するための訓練だから」


「そうなんだ?」


 一曲分踊ったけど本を落とさなかった。あまり意味がないのかな?


「もう夕方だし、お勉強は終わりでいいわ。そうそう、夕食前にお芋を食べない? ニアさんからおすそ分けを頂いたからおやつにしましょう?」


「うん、疲れた体におやつは最適。体がお芋を求めてる」


 今日は森の妖精亭でお昼を食べた上に、おやつにお芋を食べられるなんてすごくいい日。あとは外に出れたり、フェル姉ちゃんと遊べたりしたら最高なんだけど。


 大部屋に移動してからおかあさんとお芋を食べる。こういう時、おかあさんの熱魔法は最高。黄金色に輝くお芋から出る湯気はどうしてこんなに食欲をそそるのかな? いくらでも食べられそう。トウモロコシといい勝負。


『な、なんだお前は!』


 あれ? 外からミノタウロスさんの声が聞こえたような?


 お芋を両手で抱えて窓のそばへ移動した。もしかしてドッペルゲンガーがやってきたのかも。


 しまった。背伸びしても両手がふさがっていると良く見えない。出窓のところに手をかけないと無理。


「おかあさん、お外でミノタウロスさんの声が聞こえた。誰か来たみたいだけど、今のアンリじゃ窓の外を見れないから、ちょっと抱きかかえて。大丈夫、アンリはまだそんなに重くない」


「そうなの? 『モー』としか聞こえなかったけど――」


 おかあさんが先に外を見た。でも、お芋を食べながら止まっちゃった。


『ここがフェル様の言っていた村クモ? 冒険者ギルドのディアって人族はどこにいるクモ?』


 知らない女性の声が聞こえてきた。でも語尾がおかしい気がする。クモ?


「ねえ、おかあさん、だれか来てるの? ドッペルゲンガー?」


「え、えっと、あれはアラクネよね? なんでこんなところに?」


「アラクネ? 確か魔物の名前だよね?」


 アンリの記憶だと、クモの下半身と人族の上半身の魔物だったはず。こう、糸でぐるぐる巻きにして獲物を捕食する感じ。魔物の中でも結構強い部類だったはず。


 そのアラクネが村に来てる? 何しに来たんだろう?


 それにしても今日は魔物さんが来るのが多いような気がする。ドッペルゲンガーに、狼に、アラクネ。今日はそういう日なのかな?


「ア、アンリ、外へ出ては駄目よ! アラクネは相当強い魔物なんだから!」


「そんなことはしないけど見てみたい。抱っこをお願いします」


「危ないから部屋へ行ってなさい。お父さんたちもすぐに広場へ来るはずだから。皆で戦えばきっと――」


 戦うつもりなのかな? そんな必要ないと思うけど。


「あのアラクネは危険じゃないと思うよ?」


「……どうして?」


「フェル姉ちゃんの名前を出してた。多分、知り合い」


「……そういえばそうね? 『フェル様の言っていた村』とか言ってたわ。もしかして魔界から来たフェルさんの従魔なのかしら?」


「おかあさんも魔物言語が分かるようになったの?」


 アンリは魔物言語を覚えたから言葉が分かるけど、おかあさんはさっきまで分からなかったはずなんだけど。


「ああ、アラクネは上半身が人族と同じだから発声器官も同じなのよ。話してるのは共通語だったからおかあさんにも分かるの」


 そういえば、シルキー姉ちゃんやバンシー姉ちゃんも普通にしゃべってたっけ? ものすごくアラクネを見たい。でも、それは後回し。


「そうなんだ。それじゃさっきの話だけど、アラクネはフェル姉ちゃんの従魔じゃないと思う。ミノタウロスさんが『なんだお前は』って言ってた。魔界から来ていてフェル姉ちゃんの従魔だったら、知り合いじゃないなんてありえないと思う」


「そうなの? そういえば、ディアちゃんを呼べとも言ってたわね。知り合いなのかしら? ……まあ、いいわ。さっきお父さんたちに念話を送ったから広場に来てくれるはず。襲って来る様子もなさそうだし話し合いで何とかなると思うわ」


 そう言ってからお母さんがアンリを抱きかかえてくれた。うん、これでお外が見える。


 クモの下半身をした女性がいた。あれがアラクネなんだ。


 思ってたよりも結構大きい。こう、下半身のクモ部分がかなり大きい。三メートルくらいありそう。でも、それよりも気になる。あの背中に背負ってる風呂敷はなんだろう? もしかして商人さんなのかな? それとも村に住むための家財一式?


『もしかしてフェル様から聞いてないクモ? 今日からこの村でお世話になるアラクネクモ』


『む? 確かにそんな話を聞いた気はするが、それがお前なのかどうかが俺には分からん。フェル様が戻られるまで待つがいい』


『なら、ほかに私を知っている人を呼んで欲しいクモ。シルキーやバンシー達も来たはずクモ。二人なら証明してくれるクモ』


『すまないがここを離れるわけにはいかん。念話も使えないし呼びに行くこともできんのだ。悪いが諦めてくれ』


 話を聞いている限り、アラクネはもともとここへ来る予定だったみたい。でも、それを証明してくれる人がいないってことなんだ。


 あ、おじいちゃんたちが広場にやってきた。アラクネを見てものすごく驚いている。


『こ、これは一体……?』


『おー、人族クモ。なかなかいい服を着ているクモ。研究のしがいがあるクモ。早くディアって人に会いたいクモ』


 服? 研究? 何を言ってるんだろう? しかもディア姉ちゃん……?


 もしかして服飾関係なのかな?


『暴れないようだが、ディア君に会いにきたのかね?』


 おじいちゃんがアラクネにそんなことを聞いている。アラクネは頷いた。


『服を作る修業というか研究をしたいクモ。冒険者ギルドのディアって人が服に詳しいってフェル様が言ってたクモ』


『そういえば、フェルさんは魔物がもう一人来るとか言っていたな……ウォルフ、ディア君を呼んできてくれ』


『分かりました』


 おとうさんが冒険者ギルドへ入った。そしてすぐにディア姉ちゃんと出てくる。ディア姉ちゃんはアラクネを見て驚いたみたい。


『えっと、アラクネさん? 私に用なの……?』


『貴方がディアクモ? 服の作り方を教えて欲しいクモ! フェル様が貴方を訪ねろって言ってたクモ!』


『そ、そうなんだ? えっと、危険はないのかな?』


『フェル様が戻ってきて私が安心な魔物だと証明してくれるまではここで大人しくしているクモ。だから後でよろしくお願いするクモ』


 アラクネは結構腰の低い良い魔物だと思う。良い魔物で村に住むならアラクネ姉ちゃんに昇格。


 それにしてもアラクネ姉ちゃんは服を作りたいんだ? 服で思い出したけど、アンリのボスっぽい帽子やマントはいつ頃できるのかな? かなり楽しみにしてるんだけど。


 ディア姉ちゃんが手をポンと叩いた。


『ああ、それならリエルちゃんかヴァイアちゃんなら証明してくれるんじゃない? たしか、面識があるよね? 今、呼んできてあげるよ――リエルちゃんは寝てるだろうからヴァイアちゃんかな?』


 ディア姉ちゃんが雑貨屋さんに入っていった。そしてディア姉ちゃんと一緒にヴァイア姉ちゃんとノスト兄ちゃんが出てくる。


 ヴァイア姉ちゃんはアラクネ姉ちゃんを見て笑顔になった。あれはどう見ても知ってる顔だ。


『アラクネちゃん、ようやく着いたんだ? で、どうしたの?』


『私がフェル様の従魔であることを証明してほしいクモ』


『ああ、そういうことか。村長、このアラクネちゃんは大丈夫ですよ。フェルちゃんと従魔契約を結んでいて、人族に害を為すことはできないんです』


 魔界から来たわけじゃないけど、フェル姉ちゃんの従魔なんだ。シルキー姉ちゃん達と一緒ってことかな?


『ふむ、ヴァイア君がそう言うなら問題なさそうだね。でも、どうするべきか。フェルさんもスライムさん達もいないからね』


『それなら私が広場で服のことについて色々教えてますよ。魔物の皆は村を警戒してるから忙しいだろうし』


『そうだね、畑のほうへ行っても誰もいないだろうし、このまま広場にいてもらったほうがいいだろう。では、よろしく頼むよ。私たちは村の皆にアラクネさんのことを伝えてこよう』


 おじいちゃんとおとうさんは広場を離れて行っちゃった。


 また村に住む魔物さんが増えた。後でアラクネ姉ちゃんに挨拶しないと。交渉してアンリの服も作ってもらおう。


 あれ? アラクネちゃんがヴァイア姉ちゃんをジロジロ見てる?


『リーンの町でも思ったけど、なかなかよさげなローブを着ているクモ』


『そ、そうかな? ありがとう、アラクネちゃん』


『良く見せてクモ』


『え? あ、うん、いいよ』


 ヴァイア姉ちゃんは両手を横に広げて、着ているローブが良く見えるようにアラクネ姉ちゃんに見せた。そしてクルリ回って背中側も見せてる。


 ヴァイア姉ちゃんはちょっと照れ臭そうにしてる。アンリならクルっとした後でポーズを決める。


『ど、どうかな?』


『ありがとうクモ』


 ……アラクネ姉ちゃんがヴァイア姉ちゃんのローブをはぎ取っちゃった。

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