第37話 人界一の料理人

 

 急いで雑貨屋さんを出た。


 フェル姉ちゃん達とお昼を森の妖精亭で食べたいっておじいちゃん達と交渉しないと。ネゴシエーターアンリが再誕した。失敗は許されない。いざとなったら武力で訴えることも視野に入れないと。


 あ、エリザベートちゃんだ。ニワトリさん――コカトリスさんを二人連れて移動している……お散歩かな?


 そうだ。今日は魔物会議をやるから皆に伝えてもらおう。


「エリザベートちゃん、コカトリスさん、こんにちは」


 みんながこっちに気づいてくれて頭を下げてくれる。アンリも下げておこう。ボスだけど礼儀は大事。


「今日の午後は魔物会議をやるから準備しておいてもらってもいいかな? ドワーフさんも呼んで欲しいんだけど」


 エリザベートちゃんが頷いてから地面に文字を書き始めた。


『昨日、この村に住む魔物が増えましたので、魔物会議をお願いする予定でした。すでに全体へ周知済みです。アンリ様の都合の良い時間にいらしてください』


 これは以心伝心。アンリ達はいい絆で結ばれているといってもいい。


 でも、この村に住む魔物さんが増えた……?


 そういえば、昨日、カブトムシさんが運んできた荷台には結構乗っていた気がする。魔物さんだったのかな?


 うん、それなら自己紹介してもらわないと。


「それじゃ、今日はフェル姉ちゃんと行動しているから、お昼を食べた後に畑のほうへ行くね。多分、そんなにかからないうちに行けると思う」


 エリザベートちゃんは地面に『はい、お待ちしてます』と書いてから、コカトリスさんを連れて行っちゃった。


 いけない、アンリは交渉するんだった。フェル姉ちゃん達を待たせるわけには行かないから、一撃必殺の交渉をする。


 まずはハンカチで口元を隠す。アンリだとバレないようにしないと。


 そして勢いよく扉を開けた。


「おや、おかえり。でも、そんなに急いで帰ってきてどうしたんだい?」


 おじいちゃんがちょっとだけびっくりしながらこっちを見ている。


「おじいちゃんの孫は預かった。命が惜しければ何も言わずに大銅貨三枚を出して。出してくれたら無事に帰すって約束する」


「……アンリ、それはなんの遊びだい? というか、そんな遊びをフェルさんが教えるとも思えないんだが……ディア君かな?」


 アンリだってばれてた。ハンカチが小さかったのかも。しかもアンリの発案なのにディア姉ちゃんに飛び火してる。


「ばれていたなら仕方ない。自作自演はいいアイディアだと思ったんだけど」


「アンリを見間違うわけないだろう? それでなんでこんなことを?」


「実は今日のお昼を森の妖精亭で食べたい。そのためには大金が必要。その軍資金を稼ぐために虚言の人質作戦に出た」


「そういう時は普通に頼みなさい。心臓に悪いからね。おーい、アーシャ、お昼はまだ作ってないかい?」


 おじいちゃんが台所のほうへ声をかけると、お母さんが扉を開けて部屋に入ってきた。


「ええ、これからだけど、どうかしたの? あら、アンリ、おかえりなさい」


「アンリはフェルさんたちと森の妖精亭で昼食を食べたいそうだ。まだ作っていないなら問題はなさそうだね」


「ああ、そういうこと。準備はこれからだから大丈夫よ……そっかお金が必要なのね?」


 おかあさんはエプロンのポケットからお財布を取り出して、そこからお金を取り出した。それをアンリに渡してくれる。


「森の妖精亭の昼食は大銅貨三枚だったわよね? はい、なくさないようにちゃんと持ってるのよ?」


「うん、ありがとう、おかあさん。あとで肩たたき券を一枚渡すから。今はフェル姉ちゃん達を待たせてるから夜に渡す」


「あら、そうなの? なら久しぶりにアンリのゴッドハンドを堪能しようかしら? それじゃ気を付けてね」


「うん、それじゃまた行ってきます」


 おかあさんとおじいちゃんに手を振ってから家の外へ出る。お昼時にフェル姉ちゃんを待たせるのは良くない。それに交渉なんて必要なかった。こういう時は素直に言えばいいんだ。アンリは一つ賢くなったと思う。


 広場を出ると、フェル姉ちゃん達がいた。


 フェル姉ちゃんがディア姉ちゃんとリエル姉ちゃんにアイアンクローを食らわせてる。こめかみをグリグリされると痛いから、フェル姉ちゃんがやるともっと痛そう。


「おまたせ。お金は貰ってきた。これでアンリも一緒に食べられる」


「そうか。いいか、アンリ、ディアとリエルから変なことを教わるなよ? コイツらは余計なことを教えるから、教育に良くない」


「薄々そんな気はしてた」


「ちょ、アンリちゃん! よく思い出して! 一緒にサボって色々やったでしょ! あの時の友情を思い出して! それにディア姉ちゃんみたいになりたいって言ってくれたじゃない!」


「アンリ、黙っていたが俺は聖女だ。女神教の聖女って言えばすげぇんだぞ? 教育に悪い訳がねぇ」


「もー、みんな、広場でうるさくしちゃだめだよ。早く森の妖精亭で昼食にしよう?」


 アンリはディア姉ちゃんとリエル姉ちゃんにもみくちゃにされたけど、ヴァイア姉ちゃんのおかげで助かった。


 その後、お店に入って、ニア姉ちゃんに昼食代を払う。皆で食べられるものを用意してくれるみたい。楽しみ。


 料理がくるまでは皆で雑談。


 午後は教会にはいかず、畑に行くみたい。魔物会議もやるしちょうどよかった。


 色々と話を聞くと、リエル姉ちゃんはやっぱり聖女様みたい。自称じゃなくて公認。ちょっと疑ってたけど本物だ。でも、聖女という職業に関してはちょっと下方修正。将来、アンリが聖女を目指すことはないと思う。


 そんなことを考えていたら、ニア姉ちゃんが料理を持ってきてくれた。熱々のピザだ。


 これはアンリの好物。パン生地とチーズとトマトソース、さらにベーコン。これが最高の割合の一切れを探す。でも、ピーマンが隠れているときがあるから注意。


 熱々だから誰も取らないみたい。ならアンリが一番槍。


 アンリのお眼鏡にかなった一切れに手を出す。この三角形の一切れをもう一回三角形にするように具材を挟みながら折る。そしてとがった部分を口にいれてよく噛む。


 いつもおかあさんに食べ物は良く噛むように言われてるからしっかり噛まないと。


 うん、おいしい。何枚でも行けそう。


「アンリ、熱くないのか? 火傷するぞ?」


 アンリにそんな弱点はない。


「熱いのは慣れてる。アンリには効かない。多分、熱耐性か、猫舌無効スキルを覚えた」


 多分、お母さんの熱々スープを飲んでいるおかげ。いつもスープは食事の最後に飲んでいたけど、最近は最初に飲めるほどになった。


 よし、次にいこう。ピザはまだ来るみたいだけど、いろんな種類があるってニア姉ちゃんが言ってた。こういうシンプルなピザが一番好きだから今のうちに食べておかないと。


 ……しまった。手に取ったピザは罠だ。


「チーズに隠れていても私の目はごまかせない。フェル姉ちゃん、このピーマンあげる」


「まあ、食べるけど、ピーマンも悪くないぞ? こう、苦みがアクセントになってな――」


「アンリにそんなアクセントは不要。甘いかしょっぱい感じだけで十分、実を言うとすっぱいはちょっと苦手。そういうのはアンリの敵」


「……そうか。大人になって和解できるといいな」


 そんな日が来るかもしれないけど、たぶん先の話だから今は好きな物だけ食べよう。




 ピザをもりもり食べた。おなかいっぱい。でも、フェル姉ちゃんはまだ食べてる。底なしだ。しかもあんなに食べてるのに太らないって言った。ちょっと周囲の温度が下がったみたい。


 ヴァイア姉ちゃん、ヤト姉ちゃんがフェル姉ちゃんと一触即発な感じになった。でも、戦いは回避されたみたいだ。アンリはまだそういうのは良く分からないけど、おかあさんもそういう心配をしているから、大人になると色々あるんだと思う。


「食べ終わったかい?」


 ニア姉ちゃんがテーブルまでやってきた。これはあれかな? シェフを呼べってやつ。


「フェルちゃんに言われていたリンゴの料理、というかデザートが出来たんでね。これから持ってくるから、ちょっと待ってなよ」


 リンゴの料理? すごい、デザートが出るんだ? お祭りでもないのに。


「お前たちはお腹がいっぱいだろう? 私が食べてやるから安心しろ」


 フェル姉ちゃんが寝ぼけたことを言ってる。アンリのおなかいっぱいは腹八分目。まだまだいける。


 そうこうしていると、ヤト姉ちゃんがお皿を持ってきた。お皿の上には薄い黄色の小さな半球体が乗ってる。始めて見るけどリンゴってあんな感じだったっけ? それになんだか冷たそう。


「リンゴシャーベットですニャ。冷たいから一気に食べないように注意するニャ。頭にキーンと来るニャ」


 リンゴシャーベット。うん、アンリの記憶に刻み込んだ。これはすごいものだってアンリの勘が囁いてる。


 スプーンでちょっとだけ半球体を削るようにリンゴシャーベットをすくう。一気に食べると危ないらしいからちょっとずつだ。


 それを口の中に入れた。


 ……なんてこと。よく噛もうとする前に口の中で溶けた。口の中に冷たくて甘いリンゴ味が広がって何とも言えない。


「脱帽……!」


 お行儀悪いけど、椅子の上に立ち上がってスプーンを天に掲げた。それくらいの衝撃。皆も絶賛してる。皆の気持ちが一つになった。


「驚いた。美味すぎる。おかわり」


 フェル姉ちゃんがヤト姉ちゃんにおかわりを頼んだ。ずるい。それは抜け駆け。


 アンリもお皿をヤト姉ちゃんに出す。皆もお皿を出した。


 だけど、残念。これはたくさん作れないみたい。ヤト姉ちゃんが味見をしたときに「切ない」って言ってたけど、まさにその通り。たくさん食べられないのは本当に切ない。なんとなく、伝説のチョコレートを思い出しちゃう。


 こんな料理を作れるなんてニア姉ちゃんは人界一の料理人だと思う。おかあさんの料理も美味しいけど、ニア姉ちゃんの料理はびっくりするほど美味しい。いつかアンリのためだけに料理を作って欲しいな。


 それにしても今日はすごくいい日。皆と楽しく食事ができて、しかもこんな美味しいデザートが食べられるなんて。しかも今日は勉強なし。


 こんな日がずっと続けばいいのにな。

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