第33話 約束を守れる大人

 

 くわっと目を開く。


 今日はフェル姉ちゃんがお土産を持ってくる日。寝てなんていられない。朝食を早めに食べてフェル姉ちゃんに会いに行こう。


 身支度を整えてから部屋を出る。まずは顔を洗わなくちゃ。


 洗面所で顔を洗ってからいつもの部屋に行くと、おじいちゃんが椅子に座ってお茶を飲んでた。


「おや、アンリ、おはよう。今日はずいぶんと早いね」


「おはよう、おじいちゃん。早起きは小銅貨三枚の得っていうから今日は早起き。それとすぐに朝食を食べてフェル姉ちゃんのところへ行くつもり」


 おじいちゃんが困った顔をしている。もしかして今日は朝食が遅い? もしくは掟破りの朝ピーマン?


「アンリ、昨日も言ったけれど、フェルさんはお土産を買ってこない可能性だってあるんだ。そんなに期待しちゃいけないよ?」


「アンリも昨日言ったけど、おじいちゃんはフェル姉ちゃんのことを分かってない。フェル姉ちゃんはお土産を買ってくる。アンリの勘がそうささやいてる」


「そうだね、フェルさんは約束を守るタイプだ。それでも期待しすぎるのは良くないよ?」


「それは無理とだけ言っておく。もう名前も考えた。もしフェル姉ちゃんのお土産がなかったら、アンリは年中無休で反抗期になる。手始めに勉強は全力で逃げるつもり。あと、家出して森の妖精亭に住む」


 昨日、夜遅くまで考えた。普段ちょっとそっけない感じのフェル姉ちゃんだけど、約束したことは必ず守ってくれる。そんな状態をツンデレって、昔ディア姉ちゃんに教わった。


 そこから連想して、お土産にもらう剣は魔剣フェル・デレって名前にするって決めた。なんて格好いい命名。


 アンリが自身のセンスに怖がっていたら、お母さんがやってきた。


「あら、今日のアンリは早いのね?」


「うん、早めに食べてフェル姉ちゃんのところへお土産をもらいに行く」


「……まだ朝の五時よ? そんなに早く行ったら迷惑になるから家で待ちましょうね? さ、早く起きたなら朝食の準備を手伝って」


 あれ? 早く起きたらちょっと損した感じになった気がする。ことわざってあてにならない。


 ちょっと納得できないけど、お母さんのお手伝いをしながら朝食を作った。アンリは火の係。火が燃えているのをずっと見てるという大変なお仕事。でも役目は確実に果たした。


 そのあとは、みんなで朝食。おとうさんも今日は一緒。ベーコンエッグはアンリが火の番をしたと言ったら褒められた。


 それと、おとうさんとおかあさんは昨日の約束を守ってくれた。


 今日は勉強しなくていい日になった。アンリは自由。これは夢が膨らむ。一日フェル姉ちゃんといよう。


 さらには朝のお手伝いで小銅貨三枚のお金を貰えた。早起き効果なのかな? でもお手伝いしたんだから、プラマイゼロな気もする。これが十枚たまると大銅貨一枚になる計算だから、大事に貯めよう。


 部屋に戻ってお金を秘宝が入っている宝箱に大事にしまっておく。


 フェル姉ちゃんに会いに行くのは早すぎると言われたから、八時くらいまでは部屋にいるつもり。今日は久しぶりに八大秘宝のお手入れをしよう。お手入れといっても乾いた布でちょっと拭くだけ。でも、これが大事。


 とくに魔剣七難八苦はちゃんと拭いておかないと。いざというときに使えなくなったら大変。武器の手入れは毎日やってもいいくらい。


 剣を拭きながらさっきの朝食を思い出すと、すこし不安になる。


 おとうさんもおかあさんもおじいちゃんと意見が同じだった。フェル姉ちゃんがお土産を買ってこない可能性があるみたい。


 アンリはフェル姉ちゃんを信じてる。でも、おじいちゃんたちは大人。その大人が買ってこないかもしれないって言うのは正しいことなのかも。


 アンリはリーンにいかず、大人しくしてた。アンリは約束を守ったんだから、フェル姉ちゃんにも守ってもらいたいな。別にミスリルやオリハルコンでなくてもいい。銅製だって木製だってかまわない。なにか剣っぽいものを買ってきてくれたらそれだけで十分なんだけど。


「――おーい、アンリ。フェルさんが来ているぞ」


 部屋の外からおじいちゃんの声が聞こえた。


 フェル姉ちゃんが来た?


 ちょっと心配だけど、フェル姉ちゃんのことだからお土産はあるはず。急いでいこう。


 部屋を出て、いつもの大部屋に扉を開けて入る。


 そこにはフェル姉ちゃんとおじいちゃん、それに初めて見るシスターみたいな女の人がいた。でも、それは後。今大事なのはお土産。今日、アンリの将来が決まるといってもいい。


「フェル姉ちゃん、おかえりなさい。アンリは大人しくしていた。約束は守ったと胸を張って言える。フェル姉ちゃんは約束を守れる大人?」


「私だって約束は守る」


 フェル姉ちゃんはそういって、何もない空間から一本の剣を取り出した。


 ちょっとだけ青っぽく光ってるむき出しの剣。ミスリルとかオリハルコンを見たことはないけど、あれは多分、そのどっちか。それがきらりと光った気がした。


「おお」


 アンリは今、感動している。剣にじゃない。フェル姉ちゃんが約束を守ってくれたことに感動している。


 やっぱりアンリは正しかった。フェル姉ちゃんはアンリのためにお土産を用意してくれていたことがすごくうれしい。


 ……あれ? フェル姉ちゃんが剣を見て、困った顔をしてる。


「このままでは渡せないな」


 なんてこと。信じてたのに……!


「大人はいつもそう。欲しい物を直前で取り上げて、いう事を聞かせる交渉に入る。足元を見る大人には絶対に負けない」


 どんな要求が来てもはねのける。でも、お土産は貰う。それは決定事項。


「落ち着け。そうじゃない。この剣はもうお前のものだ。だが、見ての通り鞘がない。そこでだが、昨日、ドワーフがこの村に来たことを知っているか? そいつにアンリ用の鞘を作ってもらおう。むき出しだと危ないからな。それともアンリ用に剣をカスタマイズしてもらうか? ちょっと剣のサイズが大きいからな」


 落ち着こう。フェル姉ちゃんの言っていることを一つ一つ理解しないと。


 まず、あの剣はすでにアンリのものみたい。でも、さやがない? 剣を入れておく鞘のこと? 確かにフェル姉ちゃんが持っているのはむき出しの剣だけど、その鞘がないんだ? そっか魔剣みたいに木製じゃないからアンリ自身が怪我をする可能性もあるんだ。


 そしてその鞘をドワーフさんに作ってもらう? 昨日、荷台にいた髭もじゃはやっぱりドワーフさんだったんだ。で、そのドワーフさんに鞘を作ってもらったり、アンリ用にカスタマイズしてもらったりする? 確かにあの剣はアンリの身長よりも長そう。鞘があったら剣を抜くにも一苦労かも。


 これらの意見をよく考えると……ピンときた。渡せないといったのは危ないから。そしてアンリでも使えるようにドワーフさんにいろいろ調整してもらおうって話なんだ。


 それを理解した瞬間に駆け出してフェル姉ちゃんの足に抱き着いた。


「フェル姉ちゃんはずるい。そうやってアンリの心を弄ぶ。白旗を上げるしかない」


 フェル姉ちゃんはひどいことをする。アンリを喜ばせたり、悲しませたり、最後には最初よりも喜ばせた。これが弄ぶということじゃなかったらなんて言えばいいんだろう。小悪魔?


「フェルさん、よろしいのですか? ミスリルの剣なんて高額なものでしょう? それに子供に持たせる物ではないと思いますが」


 おじいちゃんが余計なことを言っている。今、この場においておじいちゃんは敵だと認識した。


「値段に関しては心配しなくていい。アンリ、これを使って危ない事はしないと約束できるか?」


 フェル姉ちゃんは味方だ。アンリの味方。フェル姉ちゃん一人で百万の味方を得た感じ。それにフェル姉ちゃんは約束以上のことをしてくれた。ならアンリだって約束をもっと守る。


「約束する。いざという時にしか剣は抜かない。ピーマンを出されたときはちょっと考える」


「そうか。村長、そういう事だからアンリから取り上げるなよ」


「致し方ありませんな。分かりました。アンリが約束を守る以上、私も取り上げたりしません」


 これで契約は成った。約束を守っている限り、この剣はアンリの物。


 でも、うれしいのは剣が手に入ったことじゃない。約束を守ってくれたことがすごくうれしい。やっぱりフェル姉ちゃんは信頼できるいい大人。アンリもフェル姉ちゃんみたいな大人になりたいな。

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