第32話 お土産

 

 今日の勉強はダンジョン学。


 ダンジョンは魔物がいっぱいで危険な場所だけど、魔物の素材やお宝がいっぱいだから行く価値があるみたい。人界中にあってそれで儲けている商会もあるとか。


 アンリはアイドルじゃなくて普通の冒険者になるという選択肢も検討中。そして全てのダンジョンを制覇するという偉業も残すのもいい。その後にフェル姉ちゃんと人界を征服しよう。


 そんなことを考えていたら、急に入り口の扉が開いた。


 おとうさんだ。お仕事は四日かかるとか聞いていたけど、少し遅くなったみたい。


「ただいま帰りました」


「ご苦労様。まずはゆっくり体を休めなさい。話はその後で聞こう」


 おとうさんはおじいちゃんに頷いてから、身に着けていた胸当てとかすね当てとかを外しだした。けっこう汚れているから洗うのが大変。


「おとうさん、おかえりなさい」


「ああ、ただいま。アンリはいい子にしてたかい?」


「もちろんいい子にしてた。アンリは約束を守る」


「約束……? あ!」


 アンリとおとうさんの間に不穏な空気が流れる。名探偵といってもいいアンリには、おとうさんのおどろきの意味が一瞬で分かった。


 お父さんはお土産を持ってない。


「すまないアンリ。お土産を忘れてしまった」


「……信じてたのに」


 ものすごい精神的なダメージを与えたみたい。おとうさんがフラフラしてる。冗談のつもりだったんだけど、思いのほか効果的だ。


 慌てて訂正しようとしたら、おじいちゃんが「アンリ」って呼びかけてきた。


「お父さんはお仕事でルハラに行ってたんだ。そんな風に責めちゃいけないよ」


「うん、おとうさん、今のは冗談だから。アンリジョーク。ちょっと面白くなかったのは反省してる」


「そ、そうか。でも、本当にすまない。次は買ってくるから」


 次の約束を取り付けたからそれで良し。それにアンリにはもう一つのお土産が待っている。


「今回は大丈夫。お土産にはもう一つ当てがある。フェル姉ちゃんはやる時はやるから安心」


 おとうさんが首を傾げちゃった。


「えっと、なんでフェルさん?」


「フェル姉ちゃんは東にあるリーンの町へ行ってる。行く前にお土産をお願いした。フェル姉ちゃんなら間違いなく買ってきてくれる」


「おとうさんより信用してるのかい……? ちょっと複雑な気持ちだよ」


 おとうさんにまた精神的なダメージを与えちゃった。フォローした方がいいのかも。


 なにか言おうとしたらおじいちゃんがアンリの方を見て首を横に振った。


「アンリはミスリルの剣とかオリハルコンの剣を頼んだんだろう? いくらフェルさんでもそれをアンリのお土産として持ってくることはないと思う。あまり過度な期待をしてはいけないよ?」


「おじいちゃんは分かってない。フェル姉ちゃんは約束を守るタイプ。賭けてもいい。帰ってきたらすぐにアンリへお土産を渡してくれるから見てて」


 アンリは今、アウェー。


 おじいちゃんとおとうさん、それに途中から話を聞いていたおかあさんもフェル姉ちゃんがお土産を持ってこないと思ってるみたい。たとえ少数派でもアンリはフェル姉ちゃんを支持する。


 フェル姉ちゃんは約束とかを大事にするタイプ。アンリみたいな子供との約束でも命懸けて守ってくれそうな雰囲気がある。絶対お土産を持ってきてくれるって信じてる。


 そんな風に思いながら勉強をしていたら、夕方頃になって外が騒がしくなった。


「おじいちゃん、お外が騒がしい。なにかあったのかも」


「うん? そうだね、何人かが広場に集まって空を見ているようだが……もしかするとフェルさんが帰って来たかもしれない。たしか今日カブトムシが東へ飛んで行ったって聞いたからね」


 近くで聞いていたおとうさんは不思議そうな顔をしている。そっか、おとうさんはフェル姉ちゃんがカブトムシさんの運ぶ荷台でリーンへ行ったことを知らないんだ。


「おとうさん、簡単に言うと、フェル姉ちゃんはカブトムシさんが運ぶ荷台に乗ってリーンへ行った。外でみんなが騒いでいるのは、カブトムシさんを見つけたからだと思う」


 説明は合ってるはずなのに、おとうさんはさらに首を傾げちゃった。説明って難しい。これは見てもらった方が早いかも。


「おじいちゃん、フェル姉ちゃんのお出迎えをしよう」


「ふむ、そうだね。勘でしかないが、フェルさんの事だ。おそらくなにか厄介な事があったに違いない。話を聞かせてもらおう」


 完全に同意。フェル姉ちゃんだったらなにかやらかしていると思う。話を聞かなくちゃ。


 おじいちゃん達と一緒に広場へ出た。皆が見ている方を見るとなにか黒い物が飛んでいるのが見える。多分、あれがカブトムシさん。


 段々近づいてきて、広場の上でぐるぐる回りだした。


 ディアねえちゃんがカブトムシさんに向かって手を振っている。ここはアンリも力の限り手を振ろう。こういう時、背が低いのは不利だけど。


 カブトムシさんが荷台を抱えながら、広場に下りてきた。なぜか荷台にはフェル姉ちゃんとヴァイア姉ちゃん以外の人がいるけど、あれは誰だろう?


 皆でおかえりって言ったら、フェル姉ちゃんがちょっとだけ頭を掻いた。照れくさいのかな?


「ただいま。依頼を達成してきた。シスターを連れてきたぞ」


 フェル姉ちゃんがそう言うと皆から歓声があがる。ディア姉ちゃんが一番喜んでるみたい。でもシスターさんっぽい人はものすごくぐったりしてるみたいだけど、大丈夫なのかな?


 それにあと二人くらいぐったりしてる。それに背の小さな髭もじゃな人と、アンリくらいの背丈で蜂っぽい感じの子もいる。ドワーフさんと魔物さんかな?


 そしてヴァイア姉ちゃんは心ここに非ずって感じ。そして定期的にニヤニヤしてる。


 本当に何があったんだろう?


「皆、フェルさんは疲れていると思う。話を聞きたいとは思うが、それは夜にしてくれ」


「そうだな。村長や爺さんへの報告とか、色々とやらなくてはいけないこともあるし、ちょっと疲れた。何かあるなら夜に宿に来てくれ」


 フェル姉ちゃんがそう言うと、解散になった。


「さあ、アンリ、お父さんと一緒に家に戻ろう。なるほど、カブトムシで空を飛ぶと言う事だったんだね。おどろいたよ」


「待って。まずはフェル姉ちゃんの話を聞かないと」


「さっき言ってただろう? フェルさんはお疲れみたいだからね。話を聞くなら夜――いや明日にしなさい」


 おとうさんはそう言ってアンリを抱きかかえた。


 いけない。連れて行かれちゃう。


「大丈夫、アンリとフェル姉ちゃんは友達。優先的にお話を聞かせてくれる」


「友達なら疲れている時に無理をさせちゃいけないよ。今日はおじいちゃん達への報告があるだろうから、それだけにさせてあげないと」


 たしかにそうなんだけど、お土産の事を聞きたい。リーンでの話も聞きたいけど。


 でも、アンリは無力。おとうさんに抱きかかえられて家に連れてこられちゃった。


「さて、多分、フェルさんを家に呼ぶだろうから、勉強道具は片付けないとね。今日はもう終わりでいいだろうから、片付けちゃいなさい」


「それはいい提案。即座に片付ける」


 机の上に広げた物を回収。そしてアンリの部屋にある机の引き出しに入れる。そして急いで戻ってきた。


 これからフェル姉ちゃんから報告がある。アンリも聞かないと。


 部屋にはおじいちゃんと司祭様とディアねえちゃんがいた。アンリの座る場所はどこかな?


「さ、アンリはこっちよ」


 おかあさんとおとうさんが近寄ってきた。


「うん、どこに座ればいいの?」


 おとうさんがアンリを抱きかかえて、部屋から出た。そしておかあさんが部屋に鍵をかける。


「おとな同士の会話だからね。アンリはお父さんたちと一緒にいようか」


 しまった。これは罠。アンリはまんまと部屋の外に連れ出された。


「おとうさん、待って。アンリも聞かないと。お土産の約束がある。フェル姉ちゃんは絶対買ってきてるから。それを証明させて」


「そうかもしれないけど、それは明日にしなさい。おじいちゃん達は大事な話があるからね」


「お土産だって大事な話」


「もちろん分かってるよ。でも、今日はおじいちゃん達に譲ってあげよう。明日はフェルさんと一緒にいられるように、勉強をお休みさせるようにおじいちゃんにお願いしてあげるから」


 その取引は魅力的。でも、その条件じゃダメ。


「お願いだけじゃダメ。確実にお休みにさせて。それが出来ないとアンリはグレる。食事を食べ終わっても食器を台所へもっていかないくらいの悪い子になる」


「じゃあ、確実に休める様におかあさんと一緒におじいちゃんと交渉するから。おとうさんの剣に誓うよ」


 剣に誓う。それは確実にやり遂げる時に言う誓いの言葉。なら信頼できる。


「うん、分かった。取引は成立。フェル姉ちゃんとは明日話すことにする」


 おとうさんに頭を撫でられた。アンリはこのナデナデに弱い。


 フェル姉ちゃんのことだからアンリのお土産を絶対に用意してくれているはず。なら今日じゃなくてもいい。明日はお勉強をお休みして朝からフェル姉ちゃんに突撃しようっと。

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