第3話 ドラゴンって……嘘だろ!?

「……これで、君とお話しできるね!」


 最初に部屋に入ってきた長身の男が、嬉しそうに笑って言った。


「僕はね、イリスだよ!」

「そして、私は、シーモスと申します。以後お見知りおきを」


 子供のようにはしゃぐイリスと、バカ丁寧なシーモス。年齢もタイプもちくはぐな、二人組の外国人。……だと思う。もう本当にここが外国なのか自信が無くなってくる。


「あー、俺は、上森かみもり泰樹たいきだ」

「カミモリ・タイキ? じゃあ、君はタイキくん、だね!」


 イリスは人懐っこい性格のようだ。にこにこと笑みを浮かべる様子は、ひどく子供っぽい。


「あのね、タイキくん。君はお空から落っこちてきたんだよ!」


 興奮気味に、イリスは天井を指さした。白い天井は高く、部屋の中央にはご丁寧にシャンデリアが飾られている。


 ――ああ、やはり。空から落ちたのは、現実だった。それでは、あのドラゴンは?


「なあ、俺を助けてくれた、あのドラゴンは?! それに、あんたたちは一体……!」

「ドラゴン? ああ、それなら僕だよ」


 何でも無いような事のように、イリスは自分を指さした。


「た、確かにあのドラゴンとあんたの角は似てるけど、人間がドラゴンになるなんて、そんなこと……!」


 有るわけがない。現実はファンタジーやお伽噺とぎはなしでは無いのだから。


「んー。でも、ホントにそうなんだけどなー」

「お庭で実際に、タイキ様にご覧いただいたらいかがでしょう? イリス様」


 不満げに眉を寄せたイリスに、シーモスは微笑みかける。


「そうだね! じゃあ、お庭に行こう、タイキくん!」


 イリスはぱっと表情を明るくして、泰樹の手をとった。


「こっちだよ!」

「お、おい!」


 イリスは泰樹の腕を引っ張って、楽しげに屋敷の中を進んでいく。そう力を入れている様子は無いのに、全く振りほどけない。


 ――なんて馬鹿力だ!


 泰樹が引きずられていく屋敷の中も、部屋と同じように、高価そうな家具や調度品が並んでいる。


「なあ、ここはどこなんだ?」

「え? どこって、僕のお家だよ?」


 これが、お家。現代日本人の感覚からいくと、お屋敷や宮殿とでも言った方が相応しいような建物。この男は、よほどの金持ちか貴族とか言うヤツなのだろうか。


「ええっと、そうじゃなくてな……どこの国の何て街なんだ? ここは!」

「国? ……ここはどこの国でもないよ。外の人たちには『呪われた島』とか『封印の島』とか呼ばれてるけど、僕たちは『方舟』って呼んでる」

「……『呪われた島』!?」


 聞いたことの無い名だ。それに、どこの国でも無いと言うのはどう言うことだ?

 イヤな予感がする。すでにここが、自分が知っている外国で無いことは解っている。それでも、信じられない。信じたくない。ここが、自分の常識の通じない、見知らぬ『世界』であるなどと――


「はい! お庭だよ!」


 泰樹が考え込んでいる間に、庭に到着した。

 案の定、庭から見る屋敷は大きく、それを取りまく敷地は余裕がある。

 庭の端は、背の高い塀で仕切られていた。それを隠すように庭木が植えられている。


「はあ~。庭もでけぇな……」


 辺りを見回してため息をつく泰樹を置いて、イリスは庭の真ん中に走って行く。


「タイキくんはそこにいて! 危ないから!」


 ガリガリと頭をかいて、泰樹は指示に従う。


「さんーにーいちー!! はい!」


 かけ声と共に。イリスの姿が一瞬かすむ。

 次の瞬間。そこにはイリスの代わりに、全身が白いうろこのドラゴンが立っていた。


『どうー? ホントだったでしょ?』


 目の前で起こっている、ファンタジーとしか言いようのない出来事に、泰樹の脳内はもうパニックだ。

 ゆっくりとドラゴン――イリスに近寄って、鱗の感触を確かめる。それは紛れもなく、自分を空で抱き留めた、ドラゴン。


「……は、ははは……やっぱ、夢じゃねーのか……」


 力無くつぶやく泰樹の頭を、イリスの大きな指がそっと撫でる。


「……助けてくれて、ありがとよ」

『ううん。どういたしまして。君が無事で良かった!』


 イリスがグルオォと喉を鳴らす。見上げるとドラゴンになっても、イリスの眼の色と角の色は変わらなかった。瞳はキレイな茶色だが、よく見ると緑のが散っている。


『でも、タイキくん。どうして君はお空から落ちてきたの?』

「……解らねえ。俺の方が聞きてえよ。ただ、落ちたことは確かだ。現場から」

『現場? あ、ちょっとまって。詳しい話は、お部屋でお菓子でも食べながらしよう。君は『ソトビト』なんでしょう?』


 ――『ソトビト』とはなんだ?


 泰樹が訊ねる前に、イリスの姿がまたぼやける。大きなドラゴンはかき消えて、青年の姿に戻ったイリスが立っていた。

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