第19挑☆洋館の地下には回復の泉 藤花の告白 前

 私の名前は赤鬼。アゲハ陣営のプレイヤーであり、アカオニシジミをペットにしている炎の使い手である。


 先程、アゲハ陣営と相対するムラサキ陣営のプレイヤー・チョーとカイソンの二人と交戦した。


 カイソンを相手にバタフライの能力を使いすぎたためか、チョーとの戦いでは途中でバタフライの能力が切れてしまった。初心者相手にこれでは、私もまだまだ未熟者だ。


 ヘーアンの国の大統領によるものだろう、戦闘ヘリが飛来したことでチョーとカイソンとの戦いは一時中断された。私は大統領の娘、藤花をとらえている洋館の中に戻った。


 あのヘリの攻撃で、チョーとカイソンが死ぬとは思えないが。


 私の傍にいる、コスモス美人族のカヌレが言うには、


「大丈夫。関根は生きているわ」


とのこと。しかし、関根にヘリを撃退するほどの力は残っていないはずだ。


 早く回復して、関根のもとに戻らなくては。


 私は洋館の地下室に行き、地下洞窟に続く扉を開けた。洞窟はヘーアンの国の隣国、カンダの国まで続いている。


 洞窟に入ってすぐのところに、エメラルドグリーンに光る泉がある。回復の泉である。この泉の水を飲めば、戦闘で負った傷はたちどころに回復する。


 先程の戦闘は一時終わりを告げた。だから、ペットのバタフライの能力も次のバトルで使うことができる。


 仕切り直しだ。


 私が回復の泉の水を口に含み、傷を癒していると、カヌレは桃色の衣をひらひらさせながらふわりと飛び、洞窟の入り口のほうに行った。


「……関根、こっちに向かってる」


「大統領の手の者たちは?」


「気配がない。関根がバトルしたわけでもない。とすると、さっきのチョーとカイソンが戦って倒したのかも」


「馬鹿な。藤花を助けに来たのではないのか」


「の、はずだけど」


 カヌレも不思議そうに首をかしげている。


 関根がこちらに向かっているというのなら、関根に話を聞こうか。そう思って待っていると、なんと、関根がチョーたちを連れて現れたではないか。チョーのバタフライの幼虫もいる。


 私は野太刀を握り、チョーとカイソンの目を見た。どうも、戦意は感じられない。どういうことだ。


 関根が口を開いた。


「赤鬼、一時休戦しましょう。俺はこの二人に助けられました。さらに、俺たちの話を聞きたいと言っています」


 なんと。


「……そうか。関根が世話になった」


 私は野太刀を携えたまま、礼を言った。


 関根をはじめ、チョーとカイソンが回復の泉の水を飲む様子を見守っていると、洞窟の中に入ってくる人間がもう一人、いた。


 水色のドレスをまとう、長い栗色の髪の美少女。私が声をかけるより先に、チョーが彼女の名前を呼んだ。


「藤花!?」


 藤花は少し気まずそうな表情を浮かべた。それから関根に近づき、


「大丈夫ですか?」


と、声をかけた。


「ああ」


 関根は短く答えた。


 藤花が関根を心配する様子を見て、チョーとカイソンが困惑している。


「なんだなんだ、どういうことだ? 藤花、椅子に縛り付けられてなかったか?」


 たしかに椅子に縛り付けていたが、カメラの死角となる椅子の背面では、ロープと藤花の身体の間に柔らかい布を挟んでいた。藤花が傷つかないように。


 大統領に映像通話をおこなったとき以外は、藤花を縛るようなことはしていない。大統領の手の者が洋館に来て、戦闘となったときに藤花に危険が及ばないようにするために、洋館内でもっとも安全な場所――前大統領の自室にいてもらうように言った。それだけだ。


 だが、なんと説明しようか。


 私が思案していると、藤花が口を開いた。


「私が、説明します」


 大きな瞳に宿る決意。藤花、全部話すつもりなのか。


 もともと、藤花が考え、行動したことだ。チョーとカイソンに事情を話すのも、藤花の自由だろう。


 私と関根は黙って見守ることにした。


 藤花はチョーとカイソンに向かって言った。


「もともと、この誘拐は私が希望したことです」


「えっ!?」


 チョーとカイソンが驚いた表情で藤花を見ている。


「……父の国民に対する態度に、ずっと疑問を抱いてきました。国民の生活の資本となる米の売上金の90パーセントを国が取り上げて、対外政策ばかり実行して。国民の生活にまったく寄り添おうとしない。


……でも、そうやって国民から取り上げたお金の恩恵を受けていたのは、私も同じです。私も、父と同罪。国民の苦しみの上で、幸せを享受していた」


 藤花は悲しそうにまつ毛を伏せた。


「……私の大切な親友は、中学校に進学することもできず、働かなくてはならなかった。モデルの夢を追いかけようにも、追いかける自由がなかった。


……私は、親友も自分と同じ中学校に進学させてあげられないか、父にお願いしたことがありました。でも、そのとき父は言ったんです。


たかが農民にそんな必要はない……と」


 藤花の声が震えた。父親である大統領に対する失望と怒り。


「モデルのオーディションを受けさせてあげたいという願いも、聞き入れてもらえませんでした。だから私は、自分が所属している芸能事務所の人……マネージャーの黄羽さんに、相談したんです。


黄羽さんは、親友にモデルの仕事を紹介する代わりに、私の身体を求めてきました。私はすごく悩んで……でも、私が親友にしてあげられることはほかに思いつかなくて。


親友の……蕾ちゃんの夢を叶えたくて。だから、私は……」


「……マジかよ」


 チョーとカイソンが絶句している。藤花の目からは涙がこぼれた。


「でも、黄羽さんの話は嘘でした。それどころか、黄羽さんは、このことをほかの誰にも知られたくなかったら自分の言いなりになれ、と。


私は、苦しくて……。自分の無力さに打ちのめされました。


でも、……でも、あきらめられなかった。私の夢。私は、蕾ちゃんといっしょにランウェイを歩きたい。ただ一人、私のことを、大統領の娘ではなくて、友達としてみてくれた蕾ちゃんと」

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