第33話 ジャック紹介

 いつも人が集まっている食堂にて。


 俺の日常は、食堂から始まる。

 ガヤガヤとしている喧騒の中で、俺は食堂に響き渡るほどに手を強く叩いた。


 「はいはい。みなさん、ちょっと集まって」


 俺の隣にジャックを置き、会話の仕切り直しにかかる。


 「はい。この子が、今日からうちに転属になった子です。これからみんな、この子の事をよろしく頼むよ。ではジャック、あいさつを」


 右手で彼にどうぞと合図をすると、ジャックは緊張した面持ちで、手と足が同時に動きながらも前に歩き出した。

 数歩歩いて立ち止まり、どこを向いているか分からない顔の動きで話し出す。


 「お、おいらのななな、名前は、ジャックです。じゃじゃ、ジャック・ドルダンです。・・・これから、よろしくお願いします」


 ジャックは、ペコッと頭を下げた。

 あれ? いつもの天才とか言わないんだね。

 あれなんだか、大人しいな!?

 珍しく緊張してんのかな?


 「はい、ジャック君でした。……えっと、この子は、今後この艦隊の研究開発部門の長をやってもらう。みんな仲良くしてやってくれ」

 「はぁーい」


 艦隊員の力のない返事が食堂に響く。


 「よし、では解散。後は楽にしてくれ。自由時間だ」


 まあもともと、最初から楽なんだけどさ。


 俺の命令で、この場の者たちは解散したが。

 少数のお気楽な艦隊員の面々が、ジャックに近づく。


 「ジャック君よろしくね」

 「緊張してるの? 可愛い坊や、またね~」

 「何かあったらいつでも、お姉さんに相談しなさいよ」

 「これから俺たちの仲間なんだな。よろしくな」


 それぞれがそれぞれの挨拶をしていた。

 彼ら彼女らのその軽い態度が、ジャックの想像していた軍のイメージと違っていて、少しだけそれが受け入れられなかったのか、しばらく呆然と立っていた。


 「えっ。艦隊の人ってこんな緩いんか。緊張して損したぞ」


 はっとして気が付き、思わず感想がこぼれ出ていた。

 ジャック君。君は相当、緊張してたんだね。

 まあ、気持ちはわかるよ。初めての場所だしね。

 普通の艦隊の人なら、何ぃ~子供がとかさ、思われそうだもんね。

 ジャック君。ここが特別緩いんだよ。 

 他の所はこうはいかないと思う。

 ここの艦隊の皆はさ。ユルユルすぎて蛇口から水が漏れてるんだ。

 ま、そんなことはいっか。よしと。


 「ジャック。行くよ。俺と一緒に会わなくてはならない人のとこに連れて行くからさ」

 「大佐わかりました。おいらついていきます」

 「ジャック。敬語は無理しなくてもいいからね。それじゃ行くよ」


 頷いたジャックを連れて、整備長と戦闘隊長の元へ。

 

 

 ◇


 整備室へと向かう途中の廊下で。

 「大佐、どちらに?」

 整備のタリスマンがすれ違いざま、話しかけてきた。

 

 「ララーナは整備室にいるかい?」

 「いえ、今は左後方エンジン部にいます」

 「そ、そっか。なんで?」

 「エンジンの調子が悪いらしく、僕らが直しに行くと言ったんですが、あたしが行くからいいって。僕らを置いて、そそくさと一人で行ってしまったんですよ」

 「ハハハ、ララーナらしいね。そっか、エンジン部にいるのか……それじゃ、タリスマンありがとね」

 「はっ」


 敬礼したタリスマンを置いて、整備室前から左後方エンジン部に方向転換した。

 目的地に到着すると、いつもの様に煙草を咥えながら作業をしているララーナだ。

 当然、煙草に火をつけてはおらず、しかし今にも吸いたいという意思を、口で咥えることで示していて、テキパキと点検作業をしている。

 その近くにいるのはフレンだった。

 彼女は笑顔で話しかけていた。

 二人は、とても仲が良いみたいである。

 親し気な会話が近くの廊下まで聞こえる。

 

 これは、フレンが懐いている感じだな。うん。

 それにあいつ犬だな。犬。ちょうど顔もチワワみたいだし。

 失礼な感想を抱く俺であった。


 フレンは、誰にも向けたことのない笑顔で。 


 「姉御。今度、飲みに行きましょうよ。ね」

 「ああ、いいぜ。そんじゃ、フレン。いつ仕事が空いてるんだよ」


 男も惚れるようなカッコよさでララーナが返す。


 「いやぁ~、アルの補佐の仕事をサボれば、いつでも空いてますぜ。今日にでも」


 大変に危険なことを言っていた。

 

 俺が寄って来たことがわかったララーナが額に手を当てた。


 「はぁ。お前さ、後ろ見ろよ」


 ララーナはフレンに指示を出す。


 「げ。アル」


 フレンが俺を発見。


 「おい!」

 「あ」

 

 しまったという顔のフレン。

 

 「な、なんでもないぜ。ヒュー、フー、ピ」


 おいおい、なんだ。その下手糞な口笛は!

 動揺が丸見えだぞ。おいフレン。


 「うそつけ。全部聞こえてたんだぞ。フレン。お前の仕事は今日から倍な」


 俺がコンっとフレンの額に軽くチョップをした。

 

 「いてえ。アル、よくもやったな」

 「いやいや、フレン、今は怒れんだろうが。お前がワリいんだからんな。んで、アルの旦那、わざわざこんな所に来るということは、あたしに用かな。よいしょと」

 

 ララーナは、エンジンの方向に向けていた体をわざわざ俺の方へと向けてから立ちあがってくれた。


 「そうそう。そうなんだ。いや、一番初めに君にこの子を紹介したくてね。ジャックだ。今度、うちの研究開発の長になった。仲良くしてくれると嬉しい」


 どうだ!?みたいな感じで手を広げて紹介する。


 「なにぃ。こんなちっさいガキが研究開発長だって」


 彼を覗き込むように見つめるフレンは驚いてから、ガンを飛ばしていたが、ララーナは全く動揺せずにいた。

 顎に手をやり、品定めするようにジャックに近づく。


 「ほう。アルの旦那がこの艦隊に連れて来たってことは、子供でもよほどの人物なんだな。よろしくララーナだ。ジャックだったな」


 ララーナはジャックに手を伸ばし握手を求めた。

 ジャックもそれに応えようと近づき、小さな手で握り返した。


 「お、おお、い。おいらはジャックです。これからよろしくお願いします」


 ジャックはララーナの堂々とした姿に緊張しながらも返答した。


 うんうん。ララーナの対応は、とても素晴らしいよ。

 それに比べてこいつは全くもう。ジャック君をそんなにジロジロと見るな。


 「ほんと、小せえな。まだガキじゃあねぇかよ。おいアル、ガキを戦場に連れて行くなんて見損なったぞ」

 「いいんだよ。ジャック君は超優秀なの。フレン、お前よりもはるかにな」

 「何、こんなガキがか!? てか、アタシが優秀じゃないみたいな言い方じゃないかよ」

 「え!? 俺はそんなこと一言も言ってないよ。もしかしてフレンは、自分のことを優秀じゃないって思ってるんじゃないの? ほんとはさ、自信がないんじゃないのぉ~」

 「はぁ。てめえ、いい気になりやがって。このこの・・・このこの」

 

 怒ったフレンが俺をヘッドロックにかけてきた。

 死にそう・・・息苦しい。

 「く、苦しい」とタップしても、首への締め付けはきつくなっていく。

 馬鹿力だ!


 そんな事をしている俺たちを置いて、ジャックは全く違うところを見ていた。

 ララーナの後ろ。

 エンジン部分をしっかりと見つめていた。


 「あの。ララーナさん。このエンジン、少しずれてますよ」


 ジャックは、指を指す。


 「ん!そんなことはないだろ。しっかりと繋がってるぜ」

 「いえ、ここの線の部分が2本分ずれてて、そしてここの配線が1本足りていない。これだと右側のエンジンが正しく配置されていた場合、真っ直ぐ飛ぶのに苦労すると思います」

 「なに。ん~でもいつも真っ直ぐに飛んでいるよな」


 ララーナは疑問に思う。

 

 「こいつがテキトーなこと抜かしているんですぜ。姉御」


 お前は、映画とかに出てくる三下役か。

 と俺はツッコミを入れたくなった。

 だったらこれを確かめるのに最適な人物を呼ぼう。

 通りかかった艦隊員に話しかける。


 「それなら操縦バカをここに呼ぼう。リリーガなら分かるはず。……君、リリーガ呼んできてくれ」

 

 ジャックがいかに優秀かを示すために、俺はリリーガを呼び出したのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る