第32話 天才? 天災?

 俺たちはとある場所に案内された。

 目の前にある建物を研究棟と呼ぶには、いささか憚られる。

 それほどに別の建築物に見えたのだ。

 イルタールさんには聞こえないようにして、小声の会話が始まる。


 「ねぇねぇ。オリヴァー。ウーゴ。こ、これも研究棟でいいのかな? 見た感じさ。家みたいじゃない!?」

 「ああ、てか、これはボロ小屋じゃね」


 オリヴァーは辛辣である。


 「だよね。ここに何の用だろ?」

 「さあな?」


 オリヴァーが手をすくめた。


 「あ、見てください。大佐。あれ」


 ウーゴが指さした先にあったのは、ネジやハンマーなどの工具。

 それらが鋼鉄の鉄板の上に乗っかって、ゴミのように重なっていた。

 だがそれは、何かに使った後のようである。


 「これ、何かの開発をしてるのかな。溶接の後がある」


 ペタペタと鉄板を触っていると、家の前でイルタールさんが大声を出した。

 

 「おーい。ジャック帰って来たぞ~」

 

 声にびっくりした俺は、家の方に振り返る。

 すると脇にあるのは、ゴミ山に隠れているミサイル弾の模型が見えた。

 

 こ、こんなところに、ミサイル!?

 しかも、一つ一つ色が違う。

 こんな弾、見たことがないや。

 それに、やっぱりここもまだ研究棟のはずだ。

 開発もしているみたいだ。


 【ウィーーン ウィーーーーン】

 

 イルタールさんが、小屋のような施設の入り口の扉を開けると、機械を切断する音が、外まで響き渡った。


 「おーい。帰って来たぞ。手を止めろ……大佐、ここからどうぞ」


 小屋の中に足を踏み入れているイルタールさんは俺たちを中へと招いた。

 外は掘っ立て小屋のように小さい。

 だが、中は広かった。

 実はこちらのオンボロ小屋は、表は小さな小屋で、裏は大きめの開発小屋となっていたのだ。

 二軒が連なった作りの建物であった。

 イルタールさんが隣接している大きな建物側に俺たちを連れて行く。

 その部屋の中には、溶接のマスクをした小さな少年がいた。


 「おい、ジャック。いい加減にせい。そろそろ手を止めんか」


 イルタールさんの大きな声に気づいた少年。

 溶接のマスクをあげて、近づいてきた。

 可愛らしいほっぺに、まん丸の目と鼻。

 歳は小学生に見えるくらいの小さな少年だ。


 「ほいほい、爺さん。……あれ!? さっきさ、なんかで怒って出て行ってたんじゃないのか。いつも遅いくせに今日は帰ってくんの早いんだな」


 さっきからそこに俺たちがいたのに、ようやく気がついたジャック君である。


 「ん!? 爺さん、誰だこの人達?」

 「こちらは、アルトゥール大佐と、その部下のオリヴァー殿とウーゴ殿だ。ジャック挨拶せい」

 「おうおう。爺さん、声がでけぇんだよ。耳いてぇ。……おいらはジャックだ。超天才研究者兼開発者のジャック・ドルダンだ。よろしく大佐。とお仲間さん」


 ジャックは身に着けていた手袋を外して、しっかり一人ずつの手を握りしめて挨拶をした。


 いやいや、いくつなのこの子。すんごく小さいけど。

 それに超天才って。自分で言っちゃうの!?


 「なぁにが、超天才じゃ。このアホが。お前は超天災だろうが。ロクでもない開発ばかりしおって」


 ゴツンとイルタールさんの拳骨がジャックの頭にさく裂した。

 頭を押さえて涙目になった。


 「いってぇな。爺さん、すぐ手を出すんだからよ。ったくよぉ」


 お取り込み中失礼だが思わず、俺は彼に聞く。


 「君いくつ?」

 「あ、あんちゃん。おいらが子供だと思って馬鹿にしたろ今。……おいらはもう15。皆、すぐ

子供だと思ってさ。まったくさ、ここに来る大人たちは必ず馬鹿にすんだよね」


 いやいや15って、子供じゃん。

 てか、俺とそんなに変わらんよ

 俺は心の中でツッコミを入れていた。


 「ジャック。それは当然であるのだ。お前は子供だから仕方ない。……それに、お前はあいつの孫だからワシがここで預かってるんだろうが。ワシに感謝せいよ」

 「もういつもいつも、口を開けば、ワシに感謝せい。爺さん、もうそれうっさいわ」

 「ぬわんだと。ジャック~」


 二人は鬼ごっこのように走り回る。

 結構長い間、二人が遊んでいるけど。

 俺たちはどうしたらいいんですか?

 いや~ほんとに、そろそろ終わりません!?


 「おいおい。イルタールさん、その辺にしてくれや。……そんで、俺たちをこの子に会わせて何がしたかったんだい、あんたはさ」


 さすが気配りのあるオリヴァーだ。

 仲裁と疑問を入れてくれた。

 二人の動きがびたっと止まり、俺たちの元へ戻ってきてくれた。


 「大佐ら、すまんかった。……何がしたいって、さっきお主らが話してくれた例の黄色いビームの事についてだ。こやつなら知っとるんでな。ここに来てもらった。まあ、別に本題もあるんじゃが・・・・」

 「黄色いビームだと!?」


 ジャックは爺さんの話を遮ったのに、大きな独り言をブツブツ言い始めた。


 「黄色いビームってことは!? そいつら完成させたのか。あの高濃度圧縮砲をさ。すっげえな。オイラもつくりてぇ~~~~~~~~~」


 両拳を握りこんで叫んだ。


 「ちょ、ちょっと君。黄色いビームの事が分かるの? ビーム研究の人たちはわからないって言ってたんだけどさ。分かるなら教えてほしいんだけど」

 「おう。あんちゃん。教えてもいいぜ。黄色いビームってのは、天才のおいらも研究していた高濃度圧縮砲のことだと思うんだ。……そいつはね。通常ビームを圧縮するんだよ。大砲にどんどんビーム砲を詰め込んでいって、徐々に威力が上がっていくわけよ」

 「なるほど、なるほど。じゃあ、あの耳を壊すかのような高音が鳴り続けるのは圧縮作業中ってことなのか!」

 「な、高音だって。ならやっぱ完成してんのかそれ。あんちゃん、ビーム見たんだな!」

 「うん。凄い威力でさ、艦隊を一撃で沈めたんだ。しかも射程距離も長くてさ」

 「くそぉぉおおおお。オイラが先に完成させたかったな。くそぉぉぉおお」


 ジャックは、またまた両拳を握りこんで叫んだ。


 「もしかしてさ、ジャック君なら作れたりするの?」

 「え!? い、いやぁ~。おいらはさ。その詰め込む作業に失敗して爆発させちゃったんだ。ほれ、あそこの物を見てくれ。鉄がボロボロなのはその残骸なんだ」


 俺たちは、彼が指さしてる方向のスクラップを見た。

 完全に爆発後の金属片である。

 ドロドロに溶けたものもあり、開発が難航していることが伺える。


 「いや~。この黄色ビームの理論の話さ。最初オイラが見つけた時に、ここの連中。誰も信じてくれなくてよ。唯一、爺さんだけが話を聞いてくれるんだけどさ。あんちゃんたちも分かってくれるかい?」


 寂しそうな顔しながら言ってきた。

 なるほどな。

 きっとこの子が優秀すぎて周りの研究者から浮いているんだな。

 それにここの研究者たちは頭が堅そうだったもんな。そりゃ浮くよな。

 

 「うん、だいたいの話は察しが付く。ここの人たちには信じがたいかもね。俺たちは実際に見たから、君の話の全部が信じられるよ。普通のビーム音より一段高い音が鳴ってさ、少しビーム発射までに時間がかかりながらも強力なビームを放つんだ、あまり連射性はないけどさ」

 「ほんとかそれ。そっか、連射は出来んのか! フムフム。・・・・あ、色々話を聞いてくれてありがとな。あんちゃん、おいらの事を信じてくれてさ。………そっか、このあんちゃんが面白い人だから、爺さんが連れてきたんだな」


 俺がイルタールさんを見たら、ふんぞり返っていた。


 「そうだぞ、ジャック。どうだ。この大佐は目の付け所が他のボンクラどもと違うぞ。それにいい男だろ。ハハハハ」

 「おお。確かに、他の研究者どものようなボンクラとは全然違うもんな。爺さん、人を見る目あんな!? ハハハハ」


 なぜか二人が意気投合していた。

 イルタールさんは、笑い終えると急に表情が変わった。

 雰囲気まで真面目になる。


 「ビームの話はここまでで。次はワシの本題でもいいかな」


 イルタールさんは俺たちの方に体を向けた。


 「大佐、こいつを大佐の艦で雇ってくれないか? こいつが、このまま、ここにただいるだけになると、才能を無駄に腐らせるだけだし、それに連邦にとっても勿体ないはず。それにこいつの為にならんしな。大佐がもらってくれれば、こいつもいつか日の目を浴びるだろうし・・・どうだろうか。もらってくれないかな?」


 頭を下げるイルタールさん。

 それに驚いたジャック。

 俺の目には両者が映っている。

 俺は思いもよらない話にジャックは戸惑っているが、彼の話は続く。


 「この子には、いつかここから旅立つ時が来なければと思っていた。それが今! その時なんだ。…と思う。……それにこいつ。あまりにも人と考え方が違いすぎてな、こいつを理解してくれそうな人をずっとワシは探していたんだよ。……そこに運よく、話が分かってくれそうな大佐が現れてくれた。これは千載一遇のチャンスなんだよ。どうだろう大佐。…大佐の艦に、こいつを連れて行ってくれないかな」


 笑顔ではあるけれどイルタールさんの目が少しだけ潤んでいた。

 表情も悲しそうにも見えた。


 「な、何言ってんだよ爺さん。オイラは出て行かねぇからよ。ここでずっと研究するんだい」

 「バカ言うな。いつまでもワシがここにいると思うな。…それに、ワシが軍にいる間しかお前、研究できんくなるぞ。……あと。もし、ワシが死んだらどうするつもりなんだ。……お前。どこに行くんだ? このままじゃ、誰もそばに人がいなくて、生きるのに苦労してしまうんだぞ。ワシは、それが心配で・・・・心配でな。それならば、お前を理解してくれそうな人の所に行ってほしいと願うに決まってるだろう」

 「な、な・・・・・う・・」


 ジャック君が止まってしまった。

 そうだよね。イルタールさんがこの子の親みたいな感じだもんね。

 そんなに簡単には離れられないよね。

 イルタールさんの親心も分かっているこの子は今どうしたらいいかわからないんだよね。

 そんな顔に見えるよ。


 俺は両方の気持ちが痛い程分かった。

 すると、オリヴァーが近づいていき、ジャックに目線を合わせて優しく声を掛ける。


 「ジャックはどうしたいんだ。俺たちは無論。来てくれれば大歓迎だけどな。ウーゴもそうだろ?」


 さりげないフォローでウーゴを巻き込んだ。


 「ええ。僕もある意味研究者みたいなものですし、彼の気持ちもわかります。ですがジャック君。色々不安でしょうが、大佐ならば何をしても許してくれますよ。大佐ならきっとジャック君の言っていることを理解してくれますよ。大佐は、オドオドしている僕でさえ理解してくれてますからね」


 オリヴァーにつられてウーゴも説得した。


 俺はびっくりしたよ。ウーゴが説得してくれるなんて。

 それよりもウーゴ、そんなに俺のことを信じてくれてたんだね。

 ちょっと俺もジャック君と一緒に嬉しくて泣きそうですよ。


 じゃあ俺も説得を。


「俺はさ。ジャック君がどうしたいかに任せる。……でも俺の本心としては、うちの艦隊の研究開発長になってほしいなぁとは思ってる。俺の予算が届く限り、好きな研究をさせてあげたいとも思ってる。でもさ、そんな理由で君を縛りたくはないから、君自身が心のままに進退を決めてくれ。……だから断ってくれても全然いいし、保留にしてくれてもいい。だから俺たちは、君の意見を強制したりはしないさ」

 「お、おいらは・・・」


 ジャックの顔が曇っている。

 そりゃそうだよな。いきなり決断なんて無理だよね。

 親離れみたいなもんだもん。しかも中三くらいでさ。


 「ほれ。ジャック行ってこい」


 【ゴチーン】


 イルタールさんの拳骨が落ちた。


 「いってぇ・・・いってぇな。爺さん・・・・いってぇよ」


 ジャックは泣いていた。

 きっとこれは拳骨の痛みだけじゃないだろう。

 頭を押さえながら涙がボロボロとこぼれていた。


 俺たちは彼が泣き止むのを待つ。

 イルタールさんは、彼が泣いている間、体を壁に預けて空を見上げていた。

 家の中なんだから、空なんて見えないのにね。

 おそらく彼も悲しいのだ。

 育てた子供が、巣立ちの時を迎えようとしている。

 

 ひとしきり泣き、涙をぬぐったジャックは。


 「うし。爺さん。おいらはあんちゃんたちの元に行ってみるよ。……だって、おいらの話を分かってくれる人たちだもんな。それにきっと爺さん以外に話を分かってくれそうなのは、たぶん、あんちゃんたちだけになりそうだしな」

 「よしそれじゃあ、ジャック君。君はこれからアルトゥール艦隊の研究開発長のジャックで行くよ。これからよろしくジャック」


 俺は彼の前に手を伸ばした。

 彼は俺の手を固く握り返してくれて。


 「うん。よろしく大佐。いや、これからよろしくお願いします」


 こうして俺は天災を手に入れた。

 天才かどうかはこの先知ることになるでしょう。



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