第三章 夢を見るものたち

第十一話 大地が見せる夢

「こんなきらきらした布で作った花嫁衣裳なんて、都のお姫様しか着ることができないでしょうね」

 眼前に広がる光景を見て、女は柔らかな声で言った。

 静寂に包まれた夜だった。雲一つない空の隅々にいたるまで、色とりどりの星が月なき今宵こそはと存在を主張している。しかし薄紫の彩りを添えた長大な天の川の美しさには及ばない。黒い枝葉の影に視界が縁どられていることもあってか、覗き穴か透かし彫りの欄間の穴からこの世ならざる世を見ている心地だ。

 男はそんな世界の狭間のような夜空の下、高台の屋敷から少し離れたところにある開けた場所で女と共に寝転がっていた。自宅で夕餉を食べていたはずなのに何故かそういう話になり、女に連れだされてしまったのだ。何をするのも不得意だと開き直っているくせに、男の抵抗を無視することだけは得意な女なのだった。

 女の非常識な感想に男は呆れた。

「花嫁衣装は白いものだろう。黒い装束を着るのは葬式だぞ」

「あら、そうなんですか? 黒は儀礼のときにまとう色では?」

 夜空を見上げたまま男が答えると、ざりと音が横でした。女が首を傾けでもしたのだろう。

「そういう儀礼の場であれば、だ。女が祝いの席に黒い装束を着て出れば、失礼どころじゃない」

「そうなんですか……でも、私が着るのなら大丈夫ですよね。駄目だって言いそうな親族はいませんから。貴方にもいないでしょう? あの人も面白がりそうですし」

「……」

「嫁入り道具は持参してませんが、この身のすべてを貴方に捧げます。だから、明日にでも祝言を挙げましょう?」

 何故そうなる。俺は誰とも祝言なぞ挙げん。

 そう反論しようとして、男は結局言葉を飲みこんだ。この非常識の塊と言っていい女に何を言っても無駄だ。今までもそうだったのだから。

「……町の人間と交流するなら、祝いや葬儀へ呼ばれたときに恥をかかない程度の知識と振る舞いを身につけたらどうだ」

「じゃあ教えてくださいな」

 男がため息交じりに言うと、楽しそうな声で女はねだってくる。ただでさえ近づけていた身をさらに寄せて。

 男の腕に女の細い手が触れ、花の香りが漂った。

「……暇があったらな」

 男は女の手を振り払わず、それだけ言って顔をそむけた。お願いしますね、と女はますます嬉しそうな声で男の腕に絡みつく。

 そのとき、二人の頭上の夜空に線が走った。

 白いそれは男の視界の左上から右下へ伸びていく。――――落ちているのだ。

 ほどなくして、二人の足元のはるか向こうのほうから大きな音が聞こえてきた。

 だが男も女も起き上がりすらしない。ああ落ちてきたな、と見ているだけだ。ここは星が落ちる山なのだから。

 女と離れがたいわけではない。けっして。

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