2️⃣

『その前金で色々準備して。どう? 受ける?』


『——いいぜ。お前の野望を叶えてやるよ』


 俺が返事をすれば、アインは満足気に笑った。そしてグラスの中の酒を一気に煽り、テーブルに肘を着くとため息を吐く。


『ただ一つ懸念点があってさぁ……その日、女が一人来ることになってんだよ。リーロンが呼んだ田舎貴族の14のガキ。こいつに対しての情報が無くてさぁ〜、唯一の不安要素?』


『なに、ガキ一人、しかも女。心配するこたぁねぇよ』


『そう? 心強いなぁ。じゃ、ヨロシクね』


 アインは『ご馳走様』と明らかに酒代より多い数枚の紙幣をテーブルに置いて、騒がしい酒屋の中を去って行った。


 仕事を侮っていたわけではない。アインの手引きがあるとはいえ、相手はサティサンガ家だ。一歩間違えれば自分の身も危ない。だからサティサンガ家の護衛兵には充分に注意を払っていた。


 しかしアインの手引きが上手くいっているのか、庭に侵入するのは呆気ないほど簡単だった。これは成功する。確信した俺達は当初の作戦通り二手に分かれて、リーロンが茶をシバいているというガゼボに向かうことになっていた。なっていたのだが。


「巫山戯んなよ……ただのガキじゃねぇじゃねぇかよ!!」


 アインに対する憎しみを込めて叫ぶ。その時、木の根につまづいて転び余計に苛立ちが増した。しかしその刹那つい今し方まで己が立っていた位置の木に矢が三本突き刺さり、苛立ちは一気に恐怖に変わる。今、転んでいなかったら、この矢は俺の脳天を突き刺して俺は死んでいた。


「ふざっけんな!! こんなの聴いてねぇよ!!」


 庭に入ってすぐ、俺達十人の前には少女が現れた。14歳程度の小娘、きっとアインが言っていた“田舎貴族”がこの娘なのだろう。ハイカラなドレスを着た愛らしいその少女は、ドレスの裾を少し持ち上げて綺麗に会釈する。貴族が行う、カーテシーと呼ばれる挨拶だ。頭を下げると同時にサラリと白金プラチナの髪が揺れて美しい。


『どうぞ、お待ちしておりました』


 少女は言って、顔を上げた。そして俺達の方を向き、ニコリと微笑む。その愛くるしさと言ったら一言では表せない。瞳は大きく、唇は小さく、顔のパーツが神が手ずから作り上げた人形のように整っている。雪のように白い肌と薄紅色の頬、薔薇色の唇にキスされたらそれだけで絶頂してしまいそうな、“少女”が“女”に変わっていく過程特有の妖艶さを持ちながら、あくまで無垢に笑っている。華奢で小柄な彼女は、世間の闇を何も知らなさそうな純新そうな顔をして、それなのに腰には刀とナイフを提げて、そして俺達を出迎えた。

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