ep:1-4

 ユーリは男を探すためにレックスの指示でギルと街に来ていた。

 ギルとはこの前の場でこちらを敵視してきた男。同年代くらいの黒髪の短髪に金色の瞳の三白眼の男だ。


 言葉巧みに街の人間に男のことを聞き込み、何かあったら教えてと話すギルにユーリは感心していた。


 あえてレックスの名前を出さない辺りも計算のうちなのだろう。王城にいながらやり方が随分盗賊のように思えたが、目的が見つかれば過程はなんでもいい。ユーリも違和感のない程度に周囲を見回していた。


「あんたちゃんと周り見てろよ」


「見てますけど?……そちら、昨日はトワの付人にも見えましたけど、殿下の側近なんですよね?」


 ユーリは疑問を問う。ギルのようなタイプが誰かの下についてるのが考えにくかったため、その確認と理由が気になった。しかしギルは案の定答えようとはしない。


「さあ……どっちにしてもあんたがあの二人にちょっかい出したら、城から追い出すだけ」


 それは明らかな警戒心、そして敵意だった。ギルの目に声にユーリは背筋がゾクリとする。こんなにもストレートに敵意を向けられることはなかった。


 何も返せずにいるとギルは一人でどんどん先に行く。追いかける気にもならないが、そういうわけにもいかないとため息をついて後を追った。


 すると、とんっとすれ違う時にガタイのいい男にぶつかってしまう。咄嗟に顔を見上げて謝るが、相手は逃してはくれなかった。ユーリの手首を掴み上に捻りあげる。


「あー?どこのクソがぶつかってきたかと思ったら、なんだこの細腕。女みてぇだな」


「っ……離せよ」


 ぎりっと痛みからユーリは顔を歪める。女ということを隠しているユーリにとってこの状況は最悪だった。下手に騒げば野次馬が集まり、女だとバレてしまうかもしれない。


 しかしガタイのいい男は下品に笑うばかりでいっこうにユーリを離さなかった。


「おまえ、生意気な目してるなぁ。そーいう奴には、痛い目に合わせてやんねぇっと!」


 そう言うと男は飲み干したビール瓶を思い切り振り上げた。え、殴られる。そう察してユーリは恐怖から目を瞑った。


 しかしいくら待っても痛みはない。恐る恐る目を開けると、ギルが男の振り下ろした腕を掴んで止めていた。


「そこまでにしてもらえるかな?俺の連れなんだ」


 ギルは冷たい目をして男を見る。その目は本気で殺る時の目だ。男は一瞬怖じ気付いたが、負けじと睨みつけた。


「おうおう、兄ちゃん威勢がいいね。ちょっとばかし綺麗な顔してっからって調子乗ってっと怪我す……」


 その時だ。言葉の途中で男がぶっ飛んだ。何が起こったかわからず呆然としていると、ギルがユーリに振り返り、睨みつけた。



「何してんのあんた」


 そう呆れたギルに起き上がった男が渾身の力で殴りかかる。避けることはできたが、そうするとユーリが殴られる。

 ギルは仕方なく拳を受けた。頬に痛みがあるが、倒れる程度ではない。


 そのままもう一度、先程ぶっ飛ばしたのと同じように男を蹴り飛ばして、ユーリを連れてその場をさる。騒ぎになると面倒だからだ。



「おいっ!おいって!」


 走る途中、後ろからユーリが声をかけてきた。怪訝そうに睨めば、ユーリは怯んだもののギルに詰め寄ってくる。


「怪我、大丈夫なのかよ」


 その声は酷く震えていた。顔をよく見ると血の気がないくらい真っ青で、ギルは少し驚く。しかしそれも一瞬で隠してしまう。


「ははっ、なんであんたが心配すんのさ」


 ギルは軽く笑ってユーリを見た。ユーリは眉間に皺を寄せて怒ったように目を釣り上げる。そして、その目には涙が溢れていた。それを見たギルが今度はぎょっとする番だった。


 まさか泣かれるとは微塵も思ってなくて、流石にどうすればいいかわからない。


 何か言わないとと口を開いた時だ、ユーリは目元を袖で無理やり拭い、顔を背けた。


「悪い。早く男を探そう」


 そう言ってユーリは歩き出す。ギルは訳もわからないままだったが、ユーリ相手に気にするのも馬鹿らしかったので気にせずに捜索に戻った。


 ユーリは心臓がバクバクしていた。殴られたギルの姿が、敵対貴族が押し寄せてきた時に見た兄達の姿と同じに見えたからだ。

 身を隠していたユーリは、今もずっとそのことが気がかりで、殴られた後の動かなくなった兄の姿が頭から離れないでいた。


 だからギルに対してあんな過剰反応をしてしまった。しくじったと思った。弱味を見せてはいけなかった。後悔したが、ユーリはさっさと男を探して城を去ればいいだけだと割り切った。

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