第3話

ある日の午後、私達はいつものように畑の手伝いを終えてローニャと家で父と母の帰りを待っていた。


「ローニャ、先に身体を洗っておきましょう」

「はーい」


私達は母達が帰ってくるまでの間にお湯を沸かして身体を洗う。


「おねえちゃん、さっぱりしたね」

「うん。やっぱり埃臭いのは嫌よね」


二人で身体を拭いていると、外が騒がしい事に気づいた。


何かあるのだろうか?


妹も気づき、手が止まっている。すると、役場の方から鐘の音が聞こえてきた。この鐘は警戒、避難する時に鳴らされる警鐘だ。私達はすぐに服を着替えて剣を持った。


「おねえちゃんっ」

「シッ! 静かに」


私はローニャの手を引き、台所の床をそっと開けて地下の食糧庫に向かう。どこの家も魔物が出た時に隠れる事が出来るような場所がある。


我が家では小さいながらも地下があり、普段はそこに食糧を備蓄している。ローニャを先に地下へ降ろし、私は床をはめ込んだ後、ローニャの隣に座った。


大人であれば魔物が出た時に走って逃げる事も可能なのだが、ローニャのようなまだ小さな子供がいたり、年寄りがいては逃げる事が適わない。安全が確保されるまでは隠れるしか方法がないのだ。


私は父達の言いつけ通りに身を小さくして助けが来るのをひたすら待った。ローニャは恐怖のあまりに泣き出しそうになるのを私はただ抱きしめることしか出来なかった。


お父さん達は逃げられたのだろうか。


いくら待っても誰も助けに来る様子がない。


ただ、何か大きな音がするのが聞こえてきて恐怖に震えることしか出来なかった。妹がいなければきっと床を上げてこの場から逃げようとしていただろう。


何があっても妹だけは守らなければ。


震えながらも剣を手にしながら助けがくるのをジッと耐える。


……誰も助けに来ない。一体村はどうなっているんだろう。


何時間も待ち続けたが、まだ大きな音が止む気配はない。どれくらい経ったのか分からない。


あまりにお腹が減り、耐えられなくなった私は覚悟を決めて音を立てないように棚に置いてあるドライフルーツをそっと取り、ローニャと齧る。


「大丈夫、お父さん達はきっと助けにくるから」


自分を励ますようにローニャに声を掛ける。誰も来ない。暗い中で目が利くのは助かる。真っ暗で一人きりだったならきっと耐える事が出来なかった。数日は経ったのではないだろうか。静まり返った中に何かが動いている気配がする。


私達は息を顰めてジッと音のする方向に視線を向けた。


――コンコン。


床を叩く音がして私達は息を吞む。すると床板はガバリと開けられた。


「おい、誰かいるのか?」


頭がヒョイと見えた。豹獣人のようだ。彼はすぐさま私達を見つけて声を掛けてきた。


「大丈夫か!? 怖かっただろう? 生存者発見! すぐに応援を」


階段を降りてきた豹の獣人は鎧を着ている。多分、この人達は国の軍の人達なのだとわかった。


私は立ち上がり、外に出ようとしたけれど、ローニャは恐怖で立つことが出来なかった。


「ローニャ、助かったみたい」


豹の獣人は軽々とローニャを担ぎ、食糧庫から出た。私もその後を追うように出る。


……怖い。あるはずの物がない。


数日ぶりに見た家は家の形をしていなかった。いたるところが壊れて廃墟のようになっている。窓から外を見てもどこも同じような廃墟ばかり。所々煙も立っている。


「おじさん、どうなっているの??」

「あぁ、三日前この村の外に異界の穴が空いてそこから魔物が出てきたんだ。村から連絡を受けてすぐに向かったんだが、数が多くて時間がかかってしまった。穴も閉じた。後はもう大丈夫だ」

「……村の人達は……?」


私が聞くと、豹の獣人は一瞬困ったような顔をした後、私に告げた。


「みんな亡くなった」と。


信じられない、信じたくない。


涙が溢れる。


お父さん、お母さん。


私は駆けだして父と母を探し回る。


「お父さん! お母さん! どこ?」


何度も何度も叫びながら村役場へと走っていく。道にはおびただしい血の海。役場の中で呼ぶけれど返事がない。


一つひとつ部屋に入ってみても書類が散乱しているだけで誰もいなかった。きっと逃げたに違いない。


村役場を出て村の入り口に走っていくと、入り口には亡くなった人達が並べられていた。


……嘘。


千切れた身体。


どの遺体も血まみれで綺麗な身体はない。震えながら一歩一歩ゆっくりと遺体を見ていく。


心が痛くて涙が止まらない。


おじいちゃんやおばあちゃん、商店のおじさん。見知った人達の姿に嗚咽が漏れる。


「君、勝手に走ってはだめだ。子供には辛いだろう。見ない方がいい」


豹の獣人は私をこの場から連れ出そうとする。


「妹は、妹はどこですか?」

「あぁ、彼女なら軍の治療テントにいるよ。君も行こう」

「待って! まだ、お父さんとお母さんが居ないの。私はお姉ちゃんだからちゃんとお父さんとお母さんに会わないといけないの」


ナーニョは豹獣人に泣きながら訴えて一人、またひとりと遺体を確認していく。


顔のない遺体。


そしてそれを庇うように抱きしめている足のない遺体。


「おとうさん!!! おかあさん!!!」


声にならないほど叫んだ。


父と母の遺体の前で泣く事しか出来ない私。


嫌よ、嫌よ。


私達を置いていかないで!!!


強く思うのに上手く言葉に出ない。


苦しくて叫んでしまいたいのに。


「君の両親か。二人とも魔物と戦ったんだろう。他の遺体と比べて傷が酷い。他の者を守ろうとしたんじゃないか」

「……私の祖母は人間の先祖返りをしていて魔法が得意だった。母も同じ。父も人の血が強く出ている人だったの。きっと、二人は、村人を逃がそうとしていたんだと思います。指にいつも首に下げている指輪がついていますから……」


すると豹の獣人は二人の指から指輪を外した。


「これは君と妹が持っているといい」

「は、い」


返事をするので精一杯だった。


「さぁ、治療テントへ戻ろう」


そうして私は豹の獣人に手を引かれて軍の治療テントへと向かった。そこで身体に異常があるかどうかを調べられ、詳しい事情を聞かれた。そして今日までの間どうやって過ごしていたのかと。


私は思い出せるもの全てを一生懸命に話をする。



その後、亡くなった村人の名を確認してほしいと軍の人に言われた。


もう一度彼らを見なければいけない。怖くて拒否したかった。でも、妹はまだ小さい。


生きているのは私だけ。 

私がちゃんとしなきゃいけない。村の人達の顔と名前は大体分かる。



テントで食事をした後、寝袋でローニャと一緒に眠った。

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