ランダム一人旅

氷見 実非

第1話 心の汚れ、滝で洗い流してしまおう

 令和6年3月27日、前々から考えていたある計画を実行した。その計画とは、ランダムで決めた場所に一人旅するというものであった。この計画を思い付いたのは、計画実行日の数週間前であるが、バイト以外に外出することを億劫に感じる大学生であるが故、計画の実行を先延ばしにしていた。加えて、ここ数日の大雨も、この計画の実行を先延ばしするに至った理由の一つである。


 さて、この旅のルールはただ一つ。目的地以外は事前に何も決めない・調べないというものである。目的地は、近年素晴らしい発展を遂げているスマートフォンにあるアプリ『shiorin』という、何とも男子大学生に似合わない可愛らしい名前のアプリを使って決めた。そのアプリを起動すると、4つのモード選択があるが、その一つに「シンプル旅先決定モード」というものがあり、それをタップすると「都道府県の選択」へと画面が変わる。私は、大阪在住である。計画当初は、奈良や京都ぐらいまで足を延ばそうと考えていたが、唯一の旅の仲間ともいえる財布に「そんな遠出できる程の余裕はない」と言われ、渋々大阪に範囲を限定して、行き先を決定することにした。


 そんなこんなで決まった、第一回ランダム一人旅の目的地は、「箕面大滝」であった。大阪に住んで23年余りであるが、一度も行ったことのない旅先にある種安堵を覚えたと同時に、アクセスの情報を見て少し気が引けた。アクセスの情報は以下のように書かれていた。


※交通/阪急「箕面」駅下車、滝道徒歩40分(約2.7キロメートル)


 第一回から中々ハードな旅の予感がし、もう一度旅先を決めなおそうかとも思った。最近、筋力トレーニングなるもので、特に誰に見せるでもない身体を引き締め始めているものの、「徒歩40分(約2.7キロメートル)」をただ一人歩くのは修行に近いものを感じた。しかし、ここで引き返せば、何も残らない。「成功の80%はそこに行くかどうかで決まる。」とウッディ・アレンが言ったように、箕面大滝に行くかどうかで旅の成功の80%は決まるのだ、と信じ、第一回の旅先を「箕面大滝」に決めた。


 一人旅当日、前日までの大雨が嘘かのように(前日12時に天気予報を確認すると、その日の12時の降水量48mmと記載されていた)、旅当日は雲一つのない晴天であった。阪急「箕面」駅までは電車・徒歩あわせて2時間弱、そこから大滝まで1時間弱なので、片道3時間の長旅である。阪急「箕面」駅まで向かう途中の乗り換え地点であるJR「大阪」駅では、超高音のシャウトで泣き喚く小学1年生程度の男子を横目に、「こっちじゃない、あっちじゃない、どこが阪急なんだ?」と、大阪人に聞いても迷宮と揶揄される梅田界隈を彷徨った。かつて、好きな人と梅田で映画デートをした際も、「こっちに向かって歩いているけど、よく地図を見るとこっちじゃないんだ、ははは」等と、私は抜かしていた(内心、メチャクチャ焦っていた )。彼女にとってみれば、蛙化現象、甚だしい。そんな嫌な思い出も相まって、自分の方向音痴に辟易しながら歩くこと数十分、ようやく阪急「大阪梅田」駅に着いた。


 「大阪梅田」駅で電車に乗り、「石橋阪大前」駅という何とも頭が良さそうな駅で乗り換えをした。大学は一浪した筆者であるが、現役時代は、ここ「石橋阪大前」駅で降り、大阪大学を受け、見事に不合格の烙印を押された。入試当日、センター試験(現在の「共通テスト」)の受験票が入試に必要なことを知らず、加えて身分証も何も持たずに行き、大阪大学関係者に「この子は何をしに来たの?」と言いたげな目で見られた私は、今思えば受ける前から負けていたのだと、その苦い思い出を笑い話に昇華しようとしていた。


 話を戻して、阪急「石橋阪大前」駅で箕面行に乗り換え、そこから2駅ほどを経て「箕面」駅にようやく到着した。「箕面」駅が終電であるため、電車に乗っている人は、その駅で全員降り、そのほとんどが恐らく目的地は「箕面大滝」である雰囲気を感じ取ると、旅の仲間を獲得した気が少しだけした。

駅から目的地まで向かう道のりは、ほぼ坂道であった。途中、「もみじの天ぷら」を見つけ、「何それ、美味しいのか」と気になりながらも、結局買わず、一人黙々と山道を登り続けた。


 その道程、「瀧安寺(りゅうあんじ)」でお参りをした。線香をあげ、ご縁がありますようにという迷信を信じ5円を賽銭箱に投げ入れ、お祈りを始めた。そこは弁財天を祀るお寺のようであった。弁財天に恋愛関係のお祈りをすると、恋路が邪魔される云々の都市伝説を聞いたことがあるが、実のところ正しいか分からない。しかし、私に邪魔される恋路が0に等しければ、慈悲深い弁財天のことであるから、逆に新たな恋を始めなさいと、恋路をモーゼの如く「えいやっ!」と切り開いてくれるかもしれない。そう思い、私は両手の皺をがっちり合わせて、心の中で「今年こそはお願いします。」と弁財天に懇願した。

 お祈り後、今年何度目かのおみくじを引いた。今のところ、おみくじ戦績は小吉または中吉と芳しくはないが、大吉が出るまで引き続けていいらしいと、誰からか聞いた気がするため、とりあえず大吉が出るまで機会があれば引き続けることにしていた。そして、おみくじ箱にある数あるおみくじの中から、意中のおみくじを決め、少し離れたところでひっそりとおみくじの結果を確認した。そのおみくじの結果は、なんと大吉であった。これにて、おみくじを引き続けるという何となく罰当たりな感じのする行為は、終わりを告げた。


 そして、お寺を後にして、再び大滝を目指して歩き始めた。途中の看板には、大滝まで2キロメートル程と書かれていた。中々先長く感じたが、これを乗り越えた先に素晴らしい滝があると思い、歩を進めた。これ以降、某ジブリ映画に出てきたような不思議なトンネルがあったり、かつて箕面大滝に行こうとしたものの余りの山道の険しさに恐れをなした唐人の折り返し地点となった巨岩、「唐人戻岩」などがあったりした。現代の舗装された山道ですらゼェゼェと「戻るなら今だ」とひそかに思いながら大滝を目指している私にとって、かつての箕面大滝までの山道は地獄のようなものだったのであろうと、唐人の当時の心境に思いを馳せた。

それから数十分歩くと、ついに大滝に着いた。そこには、観光客が中学校一クラスほどおり、皆思い思いに写真を撮っていた。滝はとても大きく、滝上から下に打ち付ける水の音がゴォと鳴っていた。滝から少し離れた位置であっても、水飛沫が生じていて、夏に来ればとても涼しい避暑地になっていただろうと感じられた。私が行った日も暑いくらいに晴天な日だったから、滝周辺は丁度いい気温だと感じた。


 滝まで着くと売店があり、唐揚げや烏賊の姿焼き等を売っていた。修行のような登山により乾いた喉を潤そうと、まず私は売店で飲み物を探し求めた。飲み物のメニューにはお酒・ソフトドリンク合わせて数十種の飲み物があったが、その中でも特に「箕面地ビール」というメニューに目を引かれた。普段、缶チューハイしか飲まないが、折角ここまで来たんだから、ここでしか飲めないものを飲もうと思い、「箕面地ビール」を買い、そして同じところで鮎の塩焼きも買った。


 「箕面地ビール」の味は、ビールの苦さの隙間に少し甘さのあるような味で、普段ビールを飲まない私には味の判断のしがたいものだった。一方、鮎の塩焼きは、脂の乗った、丸々とした鮎で、程よい塩加減がとても美味しかった。

それから「箕面地ビール」と鮎の塩焼きを食べ終わり、滝で日々のストレスや穢れを落とし帰ろうとしたとき、ある文字列が目に入った。あの「もみじの天ぷら」である。同売店で売っていたのを、先ほどは気づかなかったが、「もみじの天ぷら 500円」という看板が売店のところに掲げられていた。もみじが本当に美味しいのか、もみじを天ぷらにして何になるのかと思い悩んだ末、


「もみじの天ぷら一つ(5個入)ください。」


 と店員に告げ、一人、隅で食べた。味の程は、衣が美味しく甘いスナックのような味であった。もみじを今までに食べたことがないため、もみじの味の有無を判断することはできなかったのが、悔いが残る。


 そんなこんなで、私は大滝に別れを告げ、「箕面」駅まで戻ることにした。道中、歩数稼ぎをするかのように狭い道を左右に歩きながら山下りをするおじいちゃんに出会った。普段街中で出会ったならば、「邪魔なやつ、まっすぐ歩け」、と心の中で一喝していたところであるが、大滝パワーであろうか、「そういうお年頃なのか」、とおじいちゃんの背中を優しく眺め、その横を「お先に失礼します」と心に思い、通り過ぎた。


 天変地異でも起こらない限り、帰りも、もちろん2.7キロメートルである。しかし、ここまで来たことに後悔はなかった。第一回の一人旅としては、中々の満足のいくものであった。最近の生活環境の変化や未来への漠然とした不安で、荒んだ心を滝は洗い流してくれたのだ。


 日頃の不摂生が祟り、両足ともに筋肉痛であるが、それも旅の勲章ということであろう。


 旅は、足が痛いぐらいが丁度いいのだ。


~後日談~

 滝に行ってから、何やら運が良い。相変わらず、恋路が切り開かれた予感は全くないが、これから何か良いことが起きそうな予感はしている私であった。


           ~第一回ランダム一人旅日記 終~

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