第5話

 フラウが騒いだせいで、鳳凰院が眉根を寄せながら振り向いてくる。


「おいうるさいぞお前ら。 あの様子だと近づけばすぐにバレるし、隠れて近づくのも無理そうだ」


 泣き叫んでるフラウはさておき、こいつに作らせた水球で様子を見ていると、おかしな点に目が行った。


「おい鳳凰院、気づいたか?」


「気づかないわけないだろう?」


 フラウが大泣きし始めたので、踏んづけていた尻尾を解放してやる。


 今頃思ったが泣き叫びながらも水球を浮遊させてたフラウってもしかして器用なのか?


 それともあの水球は一度召喚したらずっと浮遊し続けるのか?


 なんてくだらない考えはさておき、鳳凰院を横目に見ながら気づいたことを伝えてみた。


「砦を取り囲んでる奴ら、またフルプレートだぜ?」


「何か裏があるとしか思えんな。 そもそもさっきの四人もおかしいと言えばおかしかった」


 鳳凰院は双眼鏡から視線を逸らし、顎に手を添え始めた。


 昨日俺がぶっ飛ばした勇者パーティーとか呼ばれてた四人組。


 あいつらは真っ白なフルプレートを装備していたが、俺らが今見てる一万の兵士どもは同じ形だが薄墨色のフルプレートを装備している。


 全員お揃いの鎧をつけて攻勢に出ている光景は壮観だが、わざわざ全員にあのフルプレートを装備させる意味がわからん。


「弓使いや杖使いは本来遠距離から攻撃をするはずだ、なのになぜフルプレートを纏っていた? 動きやすいよう最低限の鎧や、魔力を上げるための特殊な装備だけして動きやすくした方が効率がいい」


「確かに、言われてみればおかしいよな。 あのフルプレート、結構だせえけどもしかして流行ってんのか?」


 俺も頭をポリポリ掻きながら思考を巡らせる。


 よくよく考えてみれば俺たち暴走族の幹部も、戦争に行ったりツーリングする際は決まった特攻服を纏う。


 あのフルプレートはそれに似た感じの意味が込められていて、フルプレートを纏っているのは聖王軍の象徴だ、とでも主張しているのだろうか?


 すると、涙目で真っ赤に腫れていた尻尾に息を吹きかけていたフラウが、口を窄めながら俺たちに視線を送ってきた。


「あんたたちバカなの? 聖王軍は全員フルプレートつけるに決まってるじゃない」


「………どう言うことだ?」


 有無を言わさずに聞き返す鳳凰院。


「聖王の能力よ。 あのフルプレート、かなり厄介なのよ? あれは聖王の魔力で作り出した特殊鎧で、着用してる者の強化や補助、毒や麻痺などの状態異常を無効化するとんでもない防具なの。 しかも壊れたら、その鎧を作るために聖王が消費した魔力は返却される」


「なんだその能力は、強すぎるじゃないか」


 俺は鳳凰院の返事を聞いて首を傾げた。


「わからないか龍翔崎? あの鎧が壊れたら、鎧を作るために消費した魔力が聖王に返ってくる。 そしてここにくる前に聞いたフラウの話だと、魔力は安静状態や睡眠によって回復できる。 仮に魔力が満タンの状態で鎧が破壊されればどうなる?」


「魔力が満タン以上になる? つまりガソリンだったら、マックス以上入ってガソリンメーター振り切るのか! 爆走し放題だな、おい!」


 鳳凰院は眉をひくつかせながらうなづいた。


 俺の発言につっこもうとしたがやめたらしい。


 ものすごくわかりやすい例えだと思ったのだが?


 そんな事はさておき、俺は鳳凰院の説明でようやく聖王の強さを理解する。


「あの鎧はいわば魔力の貯蓄ができるツールだ。 その上その鎧を部下に与えれば自軍を強化できる。 まさに後方から指揮を取る聖王が使えばとんでもない能力になるわけだな」


 鳳凰院は再度双眼鏡を覗き込んだ。


「見た感じ包囲している一万の兵全てがあのフルプレートを装備している。 まずいな、倒せば倒すほど聖王は強化されると言うことになるが、倒さんと砦には近づけない」


「それだけじゃないわよ? 鎧の効果は聖王に近づけば近づくほど精度が上がるし、鎧の色が純白なら最上級の強化を受けられるの。 取り囲んでる兵士の鎧は何色?」


「薄墨色だ」


「なら下級の強化ね。 だとしても、破壊すれば魔力が聖王に戻る事実は変わらないわ?」


 聞けば聞くほど聖王は化け物のような気がしてくる。


 聖王に近づけば近づくほどフルプレートの兵士たちは強くなるし、近づくために兵士を倒しまくれば聖王の魔力がどんどん増えていく。


 ようやく聖王と戦うところまで辿り着けても、それでは疲弊している上に聖王の強化はどこまでされているかわからない。


 とんでもない相手だな。


 渋面している俺の顔を見ながら、フラウは呆れた顔で掌を返した。


「まあ、聖王本人はここにはいないから安心なさい! あいつは本拠地のメンシュルクにいるわ! ここからだとかなりの距離があるはずよ?」


「距離があるということは強化自体は大したことないってことだな」


「具体的に、聖王にどのくらい近いとどの程度の強化がされるんだ?」


「知らないわよそんなの」


「どちらにせよ、聖王が遠くにいようがあいつらを倒せば魔力が増えちまうんだろ?」


「まあ確かに、それはそうだけど……結局はあいつらを倒さないと魔王軍を助けられないじゃない」


 ため息混じりに返事をした俺の言葉に対し、フラウは口を窄めながら不機嫌そうに答える。


 鳳凰院は渋面を作りながらフラウに視線を送った。


「お前ら、詰んでないか?」


「そんなこと言わないでよ! 助けてくれるって言ったじゃない!」


 鳳凰院が半ばやけくそ気味に吐き捨てると、フラウが勢いよくにじり寄っていく。


 しかし鳳凰院は眉間にシワを寄せながらフラウを睨みつけた


「いやそもそもな。 さっき俺は、知っていることを洗いざらい話せと言ったのに、なんで聖王の能力を隠していた?」


「隠してなんかないわよ! そんなの言わなくたってわかるって思うじゃない!」


「この世界のことを何も知らんから聞いているのだ! このポンコツが!」


「あぁ! この男! またポンコツって言ったわ! あたし、流石に怒ったわよ! もう知らないんだから!」


 フラウが頬を膨らませながらそっぽを向く。


 すると鳳凰院は、フラウを小馬鹿にするような感じで鼻を鳴らした。


 おいおい喧嘩してる場合じゃねえだろ?


「ああ、それは残念だ。 龍翔崎、俺たちはこいつにもう知らないと言われたぞ。 どうやら見放されてしまったようだ。 ………と、言うわけで。 他のやつに頼んでこの世界の情報を聞き出そう。 そして情報をくれたやつに力を貸すべきだ。 そうだなあ、次は聖王軍の奴らにでも………」


「いやぁぁぁぁぁ! やめてお願い! 見捨てないでよ! あたしを助けてください鳳凰院様ぁぁぁぁぁ!」


 顔面をびしょびしょにしながら鳳凰院に縋りつくフラウ。


 こいつほんとにポンコツだな。


 鳳凰院は、離れろこのポンコツが! などと言いながら無理やり引き剥がそうとしている。


 なんか知らないがこいつら異常に仲良くなってる気がする。


 というか——


 ——話が進まねえ。


 俺は呆れながら双眼鏡を鳳凰院から奪い取る。


 確認したいのは相手の配置と装備、それから指揮官らしき敵の位置。


 静かに双眼鏡を覗いていると、二人の喧嘩がヒートアップしてやかましくなってきたので、双眼鏡をその辺に投げ捨て素知らぬ顔で歩き出した。

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