第4話

「この世界にも土下座の概念はあるんだな」


 鳳凰ほうおう院に睨まれたまま、泣きそうな顔のフラウがビクビクと震えている。


「おかしいわ! こんなのおかしいわよ!」


「おかしくない、貴様はこの俺を騙そうとしたわけだ。 命は取らねえからとっととこの世界の情報、魔王軍の秘密、聖王軍について知っていること、お前の能力の詳細を全て吐け」


 問答無用で尋問を始める鳳凰院。


「な、仲間の情報を売る訳にはいかないわ! 殺すなら殺しなさい!」


 俺はフラウの発言を聞き、意外といさましい女だと感心してしま———


「よーしわかった、歯を食いしばれ」


「ゴッごっゴッ! ごめんなさい嘘です申し訳ありませんあたしの能力は触れた相手を下僕げぼくにする能力ですみんなから怖がられる強力な能力です命だけはご勘弁を」


 ———うかと思ったが。


 鳳凰院が拳を上げた瞬間、ペラペラとマシンガンのような早口で自分の話をして命乞いをし始めた。


 また、こいつの土下座は本当に見事なものだ。


 見ているだけでなんだか気分が良くなってしまう。


 そしてその見事な土下座をしたまま、フラウは鳳凰院が聞きたい情報を早口で全て話してくれた。


 フラウの話によると、この世界は現在戦争真っ只中。 何人もの王が存在し、お互いの領土を取り合っているようだ。


 現在勢力が大きいのは魔王軍、聖王軍、海王軍の三つ。


 他にも鬼王や獣王、森王など数えればキリがないくらい王がいっぱいいて、この大陸の統一を目指して戦争中らしい。


 フラウが所属しているのは魔王軍。


 魔王軍には悪魔族や魔物族といった、神話やおとぎ話によく出てくるような奴らが所属していて、聖王軍はほぼ全員人間族で構成されている。


 フラウは魔王軍の幹部で、他にも幹部は数名いるという話だ。


 現在魔王軍は、聖王軍と大規模な戦争の真っ只中で、フラウは兵を率いて前線で苦戦している仲間を助けに来たのだが、さっきの四人にコテンパにされて逃げ回っていたらしい。


 部下には二千の兵がいたらしいが、ここまで逃げてこられたのはフラウだけだったとか。


「ふむふむ、なるほどな。 それで、お前一人になった今はどうするつもりだ? 魔王に報告するため撤退するか?」


「無理よ、転移魔法でここに来たから戻る手段はないし、そう簡単に転移魔法は使えないわ。 今回は前線の部隊が危険だからって魔王様が転移魔法を使ってくれたけど。 本来転移魔法は奥の手だから」


 フラウはシュンと肩を落とす。


 どうやらこいつの尻尾は感情の変化に対応して動くらしい、さっきまでふりふりしていた細い尻尾はだらんと降ろされ、地面にべったりとくっついている。 捨てられた毛糸みたいだ。


「転移魔法はリスクがあるか、相当の魔力を消費すると言うことか。 ふむふむ。 大体わかったぞ」


 鳳凰院は一人で納得しながら立ち上がる。


 っというか、俺にとってはどこまでが本当の話でどこまでが茶番なのかが未だ一切わからない。


「おい鳳凰院、自分の世界入ってないで俺にも教えろよ。 ここ、どこなんだよ?」


「お前、話聞いてなかったか? ここはクリーク大陸。 魔王軍領土の最北端、シュラハート平原だ」


「クリーク大陸? 俺はユーラシア大陸って名前しか聞いたことねえぞ? やっぱりここはアメリカか?」


「バカかお前、ここはもう地球じゃない。 異世界だってさっき言っただろう?」


 鳳凰院がため息混じりに告げたが、俺はそういうSF映画みたいなことを普通に信じられるほど頭の中お花畑ではない。


「いやいや、鳳凰院。 テンション上がりすぎだぜ? そんな異世界転生だかなんだかを本気で信じてんのか?」


「転生じゃない、転移だ」


 もはやそこはどうでもいいと思ったが、あえてつっこまなかった。


「仕方ない、おいポンコツ女! 適当にいい感じの魔法を使え!」


「ふぇ? あ、はい」


 急に声をかけられたフラウの肩が跳ね上がり、恐る恐る人差し指を立てた。


「バイト・フランメ」


 すると人差し指の上に、ライターのように小さな炎がつく。


「こんな感じでいいのかしら?」


 フラウの指先で燃えていたのはただの炎ではない、真っ黒な炎だった。


「うお! なんだそりゃ! 炎が黒いぞ! どんなマジックだ? どうやってんだ? 仕掛けはなんだ!」


 俺は目を擦りながらフラウの周りをものすごい勢いで走り回ると、フラウは指先の火を消さないように気をつけながら、今にも泣きそうな顔で縮こまった。


 どうやら俺たちは、フラウにものすごく怖がられている。


 その様子を見て盛大なため息をつく鳳凰院。


「こいつ、ここが異世界だってどうやったら信じるんだ?」



卍 

 魔王軍の前線はシェラハート平原にある砦を基盤に前線を維持しているらしい。


 なので、フラウの案内で俺たちもその城に向かうことになった。


 シェラハート平原は広く平坦で、歩いても歩いても空か草、たまに林が見えるくらいだ。


 さすがに真っ平というわけではなく、ちょっと盛り上がった丘があったりするが、そこから奇襲とかそう言った戦法を取るのは非常に難しいだろう。


 ここで戦争を始めるなら正真正銘、正面対決しかできなさそうだ。


 数時間歩くと、遠くの方が騒がしくなり砂煙も上がり始めた。


「お? そろそろついたか? でもこの距離じゃあよく見えねえな」


「というか、歩きだと普通に疲れるな」


 鳳凰院がため息をつきながら文句を言う。


「文句言ってる場合じゃないでしょ! それに、あたしだって疲れてるんだから! ほら! あそこでみんなが戦っているわ! 早く助けに行きましょう!」


 フラウは双眼鏡をどこからともなく取り出しながら走り出そうとする。


「待てポン子!」


「ぴぎゃあぁぁぁ! 尻尾掴むんじゃないわよこの変態! 普通に止めなさいよ!」


 鳳凰院が走り出そうとしたフラウの尻尾を勢いよく掴んで止めると、奇妙な鳴き声をあげながら涙目で振り向いてきた。


 ちなみにポン子とは、さっき鳳凰院がフラウにつけたあだ名で、ポンコツだからポン子らしい。


 昔から鳳凰院は、ニックネームをつけるセンスだけは全く無い。


「闇雲に突っ込むのはやめておけ、俺たちは三人しかいないんだ。 とりあえずその双眼鏡をよこせ」


 フラウは尻尾の付け根をすりすりさすりながら双眼鏡を手渡すと、鳳凰院が双眼鏡を覗きながら唸り出した。


「ふむふむ、数は一万以上いるな。 魔王軍は砦に籠城ろうじょうか」


 肉眼だとよく見えないため、俺は目を細めながら遠くの砂煙をじっと見ている。


 双眼鏡がもう一つ欲しい。


「なあフラウ、双眼鏡もう一個ないのか?」


「あるわけないじゃない! 水の魔法を応用しなさいよ!」


「お前バカか? 俺が魔法なんてみみっちい技使えると思うか?」


 フラウは俺に衝撃的な顔を向けながら、嘘でしょ? と騒ぐ。


「水球の魔法なんて、初歩中の初歩じゃない! そんなのもできないの!」


「っるせーな。 だったらその初歩中の初歩を使って俺にも状況を見せやがれ」


 魔法なんてできなくても困らないと思っているが、なんかフラウにバカにされると腹が立つ。


 フラウはニマニマしながら俺の前に指先を持ってきてブツブツなんかの呪文を唱えると、小さな水球を作り出した。


「ほーらほら! これが初歩中の初歩である水球の魔法よ? ねえねえ、初歩もできない龍翔りゅうしょう崎さんは今どんな気分? ねぇねぇ! ほーぉら、どんな気ぶわぁぎゃぁぁぁぁぁ!」


 うざかったので尻尾を踏んづけてやった。

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