第44話 再びの特撮ゴッコ

 レンガ造りでは質の良い土と言うのは大事だ。日干しにしろ焼きにしろ、質の良い土を使えば持ちがいい。マクエル自身はレンガの詳しい作り方を知らないが、村でも時々纏めてレンガを作る事が有るのでおおよその事は解る。


 この村では水路の水源である川の側の地層を掘って粘土を取って運んできている。それに比べれば質は落ちる様に見えるが、普段使いにする様なレンガや陶器なら十分であるように素人目にも見えた。


「この土ですか? そこの水路の脇の土を適当に使いましたけど。あ、掘った所は別の所の土埋めて戻してあるのでご安心を」

「……は?」


 何気ない調子で言ったクリンの言葉にマクエル思わず目を丸くする。


「その辺って……え? この辺りの土がそんな質が良い訳ないだろ? え、知らない間に土壌改良でもされたのか?」

「ああ。それは最初から良質な土が取れたら言う事無いんですけどね。僕はまだこの辺りの土地勘ありませんから、何処に良い採集場所あるか分かりませんし。なのでアソコの土がそこそこ良さ気だったんで精製して集めたんですよ」


「せ、精製? そんなのどうやって……」

「水で土流して不要な部分を沈殿させて濾せば簡単ですよ……う~ん、口で説明しても解りにくいかな……何なら今から実践して見せます?」


「あ、ああ……本当にそんな方法があるなら見て見たいが……って、そんなに直ぐに出来る物なのか?」

「難しい事は何もありませんからね。丁度材料切れてもう少しだけ追加が欲しいなぁと思っていた所です。それじゃやってみましょうか」


 クリンはそう言うと横に置いてあった水を貯めた桶に手を突っ込んで泥を落とすと、一旦鍛冶場に向かい置いておいた手製シャベルを持ってくる。




 そして以前やったのと同じく、水路近くの地面に二つの深さの違う穴を掘り、水路脇の地面を掘り返して出て来たやや粘り気のある土を掘りだし、浅い方の穴に入れて行く。


「で、この穴に水を入れるんです」


 すぐ横の水路から桶で救った水を並々と入れて行く。僅か数分でそれらをやってのけた手際には、マクエルも素直に感心している。


「後は攪拌させるんですが……折角服が綺麗になったのに汚したくはないなぁ……うん、ここは五歳児の特権を使いましょうか! ビバ、ミスターふるもんてぃっ!」


 そう叫ぶや否や、クリンはスッポンと頭から衣服を脱ぎ捨てる。当然下には何も身に付けてはいない。こういう所も配信ニキから学んだ思い切りの良さである。


「ちょ、お前いきなり何を……」


 突然脱ぎだしたクリンに、その腹部や背中を目にしてマクエルは言葉に詰まる。捨てられて親がおらず拾い先で名前も与えられず農奴扱いを五年受けて来たと言う子供。

「ああ……ウチの村に来て一ケ月か……その程度じゃそりゃわなぁ……話では分かっていたつもりだが見るとやはりムカつくな……」


 つまり、それはである。少年が話す以前の村での様子が余りにも他人事で今更気にしていない風であったので忘れていた。彼の境遇、禁止されている農奴を隠し持っている様な村で、拾い子をマトモに扱う訳が無い事をすっかり失念していた。


 マクエルも人の親であり、クリンに歳の近い子供もいる。幾ら彼が奇妙な子供だとしても、そういう所を見てしまうとやはり気分は良くない。


 何となく視線を逸らし、マクエルは口の中だけで呟く。幸いなのは目に付く所に主だった痕跡がない事か。


 彼がが苦い顔をしているのを他所に、当の本人は全く頓着した様子を見せず、むしろごく平静に自分が水を入れた穴にクリンが飛び込むの見て、マクエルは自分の憤りを飲み込む事にした。


 少なくとも本人が気にしないのなら自分から触れる事はないだろう。それも大人の配慮と言うヤツだろう。彼はそう自分に言い聞かせる。


「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、浅瀬の大決戦じゃぁぁぁぁぁぁっ! ◎映の怪獣は海から現れるのがお約束だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 浅い穴の泥を蹴立てて歩き回り、水に手を突っ込んでは掻き回して喜々として暴れ出したクリンに、マクエルはポカンとした顔になる。つい先程の胸に痛みを覚えるような感情は何だったのだろう。こいつに同情は二度とすまい、と心に誓う。


「お前なぁ……いきなり遊びだすなよ……」

「遊んでいるんじゃないですよっ。こうやって土を攪拌して水に泥を浮かすんですっ! どうせやるなら楽しくやるのが僕のポリシーだっ!」


 気にせずフルチンでワキャワキャと暴れる少年に、『ああ、コレ見たらそりゃ泥遊びに見えるわな』と内心納得してしまう。


「で、ある程度攪拌出来たら隣の深い穴に向かって溝を切って……」

 素早く浅い穴から飛び出しシャベルを手に付かむと器用に溝を掘り傾斜を付けて水が流れ込むようにする。


 それが終わるとシャベルを置き桶に持ち帰るとダッと走って水路で水を汲みサッと戻って穴に水を足していく。


「こうすると、水に混ざる細かい土だけが溝を通っていき途中で不純物も取り除いて、下の深い穴に水と一緒に溜まって行くって寸法です。で、後は何回かコレを繰り返し一晩経てば水は地面に吸収され後には粒子の細かい粘土だけが残るって訳です」

「ははぁ……こりゃまた言われてみれば簡単だし道理の通った方法よなぁ……コレもあれか、『昔の人が普通にやっていた方法』って奴なのか」


「はい。今はこんなことをしなくてもふるいが有ればいい土が取れますからね。一度に取れる量も違いますし。ただこの方法の方が時間はかかりますが篩よりも細かい粒子の土が取れます。篩の方は早いですがどうしても目が粗いですからね」

「しかし、良く知ってるねお前……それとその行動力よなぁ……篩が無いからこんな方法を取ったんだろうが……だからといってここまでするかね」


「フッ、マクエルさん。金も力も親もコネも無い子供はね、知恵を絞って行動で何とかするしかないんですよ」

「まぁその通りなんだけどよ……どうもお前が言うと別の意味に聞えるんだわなぁ」


 何と無しに納得がいかない様子のマクエルを尻目に、クリンは、


「おっと、水が減って濁りが薄くなってきた。ならまた攪拌だぁぁぁぁぁぁっ! いざ水辺の攻防戦、銀色巨人様のお通りだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ヒャッホウとばかりに穴に飛び込み、またバシャバシャと暴れ出す。怪獣とか銀色巨人とかが一体何なのかはマクエルには解らなかったが、取り敢えず少年は楽しそうである。


「何だかなぁ……やっている事はガキなんだが、作っている物はがガキの作るもんじゃねえんだよなぁ。ああやって楽しそうにしている分には本当にその辺に居そうな普通のガキなんだがなぁ」


 つくづくアンバランスな少年だとマクエルは思う。用心深く他人を疑って居る割には意外と人が近づく事を避けないし、どこで覚えたのか不思議な程の知識量と聡明さを持っているかと思えば普通の子供の様にはしゃぐ。矛盾だらけの存在に見える。


 見えるのだが——


「おーっと、亀円盤の襲来だぁぁぁぁぁぁぁっ、ズドドドドドドドドッ! おっと、今度は突然の豪雨がーーーーーーーーっ」


 穴の底に手を突っ込み掻き回したと思えば水路に向かって走り桶に水を入れてぶちまける。その様子を見ていると何だかアレコレ考えるのが馬鹿らしくなってくる。


「本当に何かただの泥遊びに見えるなぁ……よし、面白そうだ俺も混ざってやる!」


 取り敢えず楽しそうに泥にまみれる少年に考える事を放棄したマクエルは、履いていた靴を脱ぎ捨てショース(下履き。日本で言う所の股引)の裾をたくし上げると、


「前にお前の弓壊したからな、作業と言うなら手伝ってやろうじゃないのっ!」


 そう声を上げながら泥の中に飛び込む。以前冒険者をしていたので、泥の中で戦ったり歩いたりする事はよくあったが、流石に泥遊びの様な真似をするのは子供の時以来だ。


「お? 何かやる気に溢れていますな……しかしこう見えて中々難しいんですよこれ?」


「はっ! 泥遊びならガキの頃に散々やったわっ! 冒険者稼業で鍛えた足さばきを見せてやらぁっ!」

「はっはっはっ! いいでしょう、その挑戦受けて立ちますっ。現役の子供に昔のお子様が泥の扱いで勝てると思うなよっ!」


 クリンとマクエルは互いに不敵に笑いあい、バシャバシャと音を立てて泥を湛えた穴の中で盛大に暴れ始めた。


 その姿は——遠くから眺めるとは無しに眺めていた、木工場の者には仲睦まじく泥遊びをする親子の様に見えたと言う。


 そして。


 当然だがマクエルの行動はチクられ、本人的にはクリンの作業を手伝っただけのなのだが誰にもそれを信じてもらえず、後で同僚のトマソンと村長にたっぷりと怒られ——ついでに給料も暫くの間は減ってしまった——数日の間結構凹んでいたそうな。

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