第40話 新たなスキルの開眼。……なのか?

 前世でのトラウマを思い出しながらストレッチを済ませ、使った木皿などを洗って干すと、改めで土器作りに向かう。


 粘土を入れた桶ごと外に持ち出し、ついでによさそうな板を見つけたのでコレも拝借し、水を汲むのが楽だからと、水路横の少し開けた所の地面に置くとその上で再び粘土を練る。


 水分が少し抜けたので捏ねにくい。桶に水を汲んで軽く手で振り掛けながら捏ねると適度な柔らかさに戻る。


 板の上で粘土を平らに伸ばしていき、門番一号にかち割られた薪の残骸から削り出した木ベラで円形に整形していく。手を水で湿らせて表面を均して行き、中心部分に丸い穴をあけてくり抜く。


 その後は別に板状に粘土を伸ばし、円に沿ってくっつけて行く。水に溶いた粘土を塗って行けば接着剤の様な役割をしてくっ付いてくれた。


 粘土製の寿司桶とでも言うような形であるがコレで完成では無い。寿司桶の縁の一部を切り取り、空いた部分に太い薪を利用して作った筒状の粘土をはめ込み、泥水で接着していく。思いの外接着面は滑らかにくっ付いて行き——そこでふと気が付く。


「あれ? いくら何でも綺麗に整形出来過ぎじゃない?」


 確かに手先は器用であり繊細な作業も元から熟せている。しかし、クリンは土器作りは今回が初めてである。それにしては板状に伸ばした粘土はかなり均一に均せていた。流石に少し出来過ぎである。


「あー……気持ち手際もいいみたいだし精度も上がっている気がする……コレはもしかしてスキルが生えた……かな?」


 この世界のスキルは効果が薄い。ハッキリと今までとは体の動きが違うとか、それまで出来なかった事が簡単に出来る様になる様な、そういう劇的な変化は無い。


 スキルに対応した行動を取る時に、体の動かし方や思考方法がスキルによって最適化されていく、と言うのがこの世界でのスキルの効果だ。


 無意識に適度な力の入れ方抜き方が出来たり、どうすれば合理的な体の動かし方が出来るのか、と言う思考法が自然と出来たりする補助的な物と言う立ち位置である。

 スキルが有るから出来るのでは無く、元々出来る事をスキルが補助してくれる、と言うのが正確な表現だろう。


 スキルが無くても出来る奴は同じ事が出来る。しかしスキルが有ればそれをするのに楽になる、と言った所であろうか。


 そのような感じであるので、スキルを覚えても無自覚である事が多く、恩恵を自覚するのに時間が掛かったりもする。




 この時のクリンも何となく、覚えているんじゃないかと言う程度の感覚しかない。


「でも、何のスキルだろ。粘土細工? にしては殆どやってこなかったし、そんなスキル有ったっけ? 有っても急に憶える訳も無いんだけど……あ、もしかして石工……?」


 そんなスキルの特性上、スキルを覚えたりスキルレベルを上げたりするのには結構な時間が掛かる。昨日今日始めたばかりの事でスキルが身に着く事は通常無い。ただ、例外として才能と言う名の適正が有れば数日でスキルが身につく事もある。


 しかし転生した時の神との会話では自分にはそういう特性は付いて居ない筈である。ならば長い時間を掛けて作業してスキルが身に着いた事になる。


 確かに石工なら前の村の時から人目を盗んであれこれと加工して来ている。それらの時間を考えれば石工スキルが身に付く事に不思議は無い。


「えー、でもコレも石工に入るのかな? 石じゃなくて土じゃんコレ」


 クリンの疑問も尤もで、土器作りで得られるのは本来なら陶工スキルである筈だ。しかし、この世界でのスキルは複数のスキルに跨っている物もある。


 より正確には大本となる大別スキルと言うべきものがあり、そこから細分化していく仕様である。クリンが覚えようとしている木工や鍛冶もこの大別スキルであり、石工もそれである。 細分スキルの方がより専門的になる分、スキル補助効果が強い。


 代わりに範囲が狭い。大別スキルは補助効果が低い代わりに応用が利き、細分スキルの代わりとしても効果を発揮する。


 なので、大体の場合は細分スキルが必要な作業をしても、最初に覚えるのは大別スキルである事が殆どである。勿論例外も存在している。


 要は陶器も石材加工の一種と捉えられ、石工スキルの恩恵を受けられると言う事。勿論この仕様はHTWでも同じだったのだが、クリンはクラフト関係で覚えられるス

キルは片っ端から覚えて行ったので、この辺りの仕様を失念していた。


 加えて、スキル自体の恩恵がそんなに高くなく自覚しにくい事も、この仕様を思い出せない要因になっている。


 しかし問題は無い。何故なら——


「まぁいっか! 作業効率が上がるのなら御の字だよね。この際何でもいいや」


 この世界に転生して、細かい事を気にしない事は少年の得意技になったのだから。


 気を取り直して加工を続ける。と言っても後は蓋となる円形の板を作るだけだ。

 最初の円形の板と同じく中心に穴を開け、桶状の縁とピッタリと合う様に成形していく。


 表面を水で濡らした手で撫でて平らにしてやれば、それで完成だ。


「よし、こんな物でしょ。後は乾燥させて……ああ、焼きはどうするかなぁ。強度的には焼いた方が良いけど、間に合わせのつもりだし……日干しでもいい様な気がするなぁ。でもここで妥協するのもなぁ」


 整形が終わった土器を眺めつつ、どうしようと悩むクリン。出来上がったのは寿司桶に筒を取り付けた巻貝の様な形の土器とその蓋。


 身も蓋も無い言い方をすれば前世のハンドブロアーの形その物だ。彼が今回作っていたのは送風機——ふいごである。


 鍛冶仕事をするなら鞴が無くては始まらない。勿論鍛冶小屋に鞴はあるがそれは鋳造専用に固定された物で動かせないので平炉には使えない。


 手押し式のアコーディオンみたいな鞴もあったが、そちらは肝心の空気を貯める部分の皮が腐って破れていて張り替える必要が有った。


 しかし皮を張り替えたくても無いし、その皮を取る為には弓と矢が必要で、その弓はぶっ壊されたので新しく作らねばならない。そして作るのには加工する為の刃物が必要だ。


 そして、その刃物は鈍らで既に刃がボロボロである。研ぎ直しても直ぐに切れなくなるのは同じ。ならばこの鈍らを鍛え直す必要がある。しかし鞴が破れているので十分な火力が出せない。その為には、の堂々巡りである。


 そこでクリンが考えたのがこの土器で外装を作る原始的なブロアーだ。ブロアーの構造自体は至って単純で、風を起こす為のプロペラとそれが回るスペース、起きた風を閉じ込める外装、そして送風口。コレがあれば十分送風機としての役割を果たす。


 事実地球では縄文人が既に同じ形の送風機を作って鍛冶をしている。動力こそ人力か電力かの違いがあるが、基本的な構造と形状は実は今も昔も殆ど変わって居なかったりするのが面白い、とクリンは思う。


「まぁコレを思いつけたのもニキの動画のお陰なんだけどねっ! ホント、昔の人の知恵は凄いし、ニキの再現力もすごいよなぁ」


 作り始めてから一時間も経たずに完成した事に、クリンは一人ニンマリと笑い満足する。恐らく生えたであろうスキルの効果は確実に作業効率を良くしてくれている。


「思っていたよりも時間が余ったな。となると、この残った粘土を放っておく手は無いよねぇ」


 当初、乾くまでの間に何か別の事をしようと思っていたのだが、急遽余った粘土で手の平に乗る位の小さい楕円形の皿と平たい円形の部品を作る。

 それでもまだ余ったのでレンガを作る事にする。作っておけば色々と使い道があるので何れ作ろうとは思っていたが、時間と材料が有るのでこの際作ってしまおうと考えたのだった。


 レンガの方はもっと作るのが楽だ。水路の底にたまっている砂を取って来て粘土に混ぜて捏ね、四角く成形すればいいだけだ。


 砂を混ぜると渇いた時の強度が上がる。そして四角く成形するのは板をガイドにして細長い長方形を作り、等間隔に切って行けばいいだけである。

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