第38話 転生後の初風呂を堪能する。
服を絞って水気を切り、小屋に戻る頃にはお湯は沸騰している。そのお湯を洗った平桶に入れ、再びお湯を沸かす事を数回。桶の中ほどまで熱湯が注がれ、そこに水路から水を汲んで適温に薄めれば——
「ふはははは、簡易風呂のかんせー! 石鹸、リン酢と来たら日本人なら風呂が無ければ始まらないでしょう!!」
既に外側は日本人では無くなっているのだが、大切なのは中身と都合のいい事を考え、手桶と石鹸を手にいそいそと平桶風呂に向かう。
先ずは頭から湯を被り濡らし、手製石鹸を直接頭や体に塗りたくりゴシゴシと洗う。出来立て石鹸はやはり泡がほぼ立たず、キュッキュッとした手触りがして汚れが浮いて行く感覚があるだけだ。
その辺はやっぱりまだ物足りないよな、と思いつつ洗い続ける。
転生してから一度も切っていない髪は肩甲骨の下あたりまで伸びており、洗うのに時間が掛かる。それでもただ水を浴びるだけよりも石鹸で洗う気持ち良さの方が勝り、洗い終わる頃には少し湯が冷めてしまう。
だが問題は無い。既にお湯は追加で沸かしてある。髪を漱いで石鹸を洗い流し、今度は手製のリンスを髪に塗りたくり馴染ませていく。
その間に一旦小屋に戻り、追加の湯を入れて温度を調節する。ただ今度は少し熱くなってしまった。だが問題は無い。前世での彼は四十三度とか四十五度とかの高温の風呂を好んで居た。子供なのに風呂の好みはジジイである。
リンスが馴染んだ頃合いで手桶で湯を掬い頭から被って洗い落とす。少しぬるぬるとした感触が無くなり、そうすれば晴れて待望の入浴である。
さして大きくも深くも無い平桶だが、そこは五歳の体。体育座りの様に膝を立てて寝そべる様に入って行けば——
「あ゛あ゛あ゛あ゛……風呂だ……誰が何と言おうがコレは風呂だ……子供の体だから出来る芸当だね。多分一年もしないでこのサイズでは無理になるだろうけど……今は風呂を楽しもうじゃないか…………ハァ、最っっっ高!!」
やたらとオッサン臭い声を上げて、転生後初めての風呂を満喫する。既に体は日本人では無いが、心はやはり日本人のままなのだろう。
久々の入浴につい長風呂をし、何度か湯を沸かして継ぎ足し、満足いくまで堪能した後、風呂から出る頃にはすっかり日が暮れていた。
お湯はそこまで汚れていないので、水路まで引き摺って行き流す。別に飲料に使われている訳では無いので、心置きなく流せる。
軽く平桶を洗い、転がしながら鍛冶場に戻り元の場所に戻すと、小屋に戻り竈の火で軽く髪を乾かす。服も同時に弓を作るために曲げた木に引っ掛けて乾かす。
前の村から持ってきた服はもう一つあるのだが、そちらは今の服の修繕に少し切り取っているので着るのには向かない。
「もうすぐ夏で暖かいのが幸いだねぇ。どうせ誰が見ている訳でも無いし、このままマッパでいいかなぁ。明日の朝までには服は乾くだろうし。……なんだろう、この解放感はちょっと癖になって来た……サバイバル動画のニキの気持ちが何となくわからなくもない」
素っ裸で竈の前に仁王立ちして体を乾かす五歳児。中々シュールな絵面である。
因みにだが、クリンは
僅か三回と半分程度なので裸族認定は風評被害である。あるのだが、一本の動画が平気で二時間とか三時間あるので、実は期間的には結構長い間フル〇ンで生活していたりする。やはり裸族かもしれない。
と、言うどうでもいい話はさておき、クリンはそのまま何時ものライ麦粥を作って手早く描き込むと、風呂上りの気持ち良さも手伝ってかさっさと寝てしまった。
翌朝、何時も通り……よりも更に早く目が覚める。寝床にしている藁に埋もれる様に寝ていたが、肌寒さを感じたからだ。
自分の体を見やると裸である事に、ぼんやりとした頭で不思議に思っていたが、やがて眼が覚めて来るにつれ昨日洗濯しそのまま裸で眠ってしまった事を思い出す。
「うにゅ……そうかぁ、昨日あのまま寝ちゃったもんね……夏が近いとはいえ流石に朝はちょっと寒いや……」
ポヤポヤとした目を擦りながら藁ベッドから這い出す。昨日風呂で温まった勢いのままに、小屋の中なら素っ裸でもいいやなんて思っていたが、やはり少し寒い。自分には裸族生活は無理だと思いつつ干しておいた服の所に向かおうとしたのだが——
「あだだっ! 腰痛っ、肩重っ! 腕が上がらない、足だるっ!! 何だコレ!?」
体中に鈍痛が走り、思わずその場に蹲る。本人は突然の体調不良に、風邪か何かの病気か、と思ったのだが——
ただの筋肉痛である。石鹸作りに土掘りからの粘土の精製と、風呂に入れるための水汲み。加えてアレだけハッチャケてやらなくていい泥遊びをしたのだ。
加えて折角風呂に入れてもマッサージをせずにそのまま裸で寝たのだ。筋肉痛にならない訳が無い。寧ろならない方が不思議である。
「痛ちちちちっ……ああ、筋肉痛かぁ……毎日色々仕事していたから体は丈夫なつもりだったけど、やっぱりやり過ぎたのかなぁ……」
筋肉痛で傷む体を引き摺り竈の方に向かう。物干し代わりに作成途中の弓で服を底に干してあった筈。
寝る前に竈に薪を足しておいたのが良かったのか、日の出よりも大分早い時間にも関わらず、服は完全に乾いていた。
竈に火を入れ直し、その灯りを頼りに服を見るがこの程度の灯りでみても、汚れが落ちて何となく白くなっている気がする。
「うん、鹸化前でこれなら鹸化が終わればもっと汚れは落ちるだろうな」
やはり最初に石鹸を作ってよかった、と自画自賛しながら服を着るため、腕を刺激しない様に通し——その動きで髪がサラリと流れ落ちる。
「……うん?」
何となく気になり、頭を軽く動かす。
——サラリ……サラリ。滑らかな動きで、髪が重力に引かれて流れる。
「何だこれ?」
伸ばし放題の自分の頭に手をやり髪を触る。サラっとした手触り。普段洗いざらしの髪は伸ばし放題な事と相まって絡まりゴワゴワしていた筈の髪が、今は手櫛で軽く解れて水の様に流れて落ちる。
「お……おお?」
思わず毛先を鼻先に持って来てマジマジと見るてしまう。今までくすんだ色のグレーだと思っていた自分の髪が、見事な艶で輝き銀色に近い淡い金色に光っている。
「ああ……そう言えばクリン・ボッターのキャラメイクの時に、髪の毛はこんな感じの色にデザインしたんだっけ……」
鏡など無いし、普段髪の色など気にしていなかったので忘れていたが、確かにクリンの髪の毛はこの色だった筈。それがモデルになっているのだからこの世界でも同じ色でなければおかしかったのだ。今更ながらにその事に気が付く。
恐るべし普段の汚れ。更に恐るべしファングボア脂石鹸。そして自作リン酢のパワー! たった一回でサラサラヘアーになるとは思ってもみなかったクリンだった。
サラサラになった髪の手触りの物珍しさに、暫く髪の毛を色々と弄っていたが、やがて飽き、自分がまだ裸である事を思い出し服を着ようと筒型衣に腕を通して前屈みになる。
——サラサラサラ——
「……………………」
一瞬動きが止まるが気を取り直し頭から服を被る。
——サラサラサラサラ——
気に留めず、普段通りに腰紐で服を絞ろうと腰の辺りを見る。
——サラサラサラサラサラ——
「……………………………」
気を取り直して、何時もの草で編んだサンダルを履こうと屈む。
——サラサラサラサラサラサラサラ——
「だぁぁぁぁぁぁぁぁ鬱陶しい!!!!!」
子供の髪は結構柔らかい。加えてカットして揃えた訳でなく単に伸びっ放しの髪はリンスにより本来以上の柔らかさと滑らかさを持っている。
つまり少年が顔を動かすたびに前髪どころか後ろ髪も揃って流れてまるで落ち武者の様にクリンの顔を隠し視界を遮ってしまうのだった。
「効果が高いのも考え物だねっ。いきなり髪の毛が邪魔になり出したっ!」
今までは長くても絡まり合い屈んでいたのでそこまで邪魔に感じなかったが、サラサラヘアになってしまうと非常に邪魔くさい。
この際切ってしまうかとも考えたが、
「ダメだ。あの鈍らナイフじゃまともに髪が切れる訳が無い……」
焼きの甘い鋳造のナイフの切れ味はハッキリ言って悪い。直ぐに刃がナメるし掛けやすく既にノコギリ刃の様に細かい欠けが出来ている。
折角綺麗にした髪の毛を、そんなナイフで切ってまたボサボサの髪にするのもなんか勿体ない気がする。
「仕方がない……何かで結んでおくか」
確か荷物の中に、旅の途中で作った蔓草の紐を捨てないで入れてあった筈だ、と思い出し、肩掛けカバンの中を漁る。
直ぐに目的の物は見つかり、長い髪を一束に纏めて蔓草紐で結わえた。伸び放題の前髪も纏めて一括りにして後ろに流して結ったので、ポニーテールと言うよりは時代劇とかに出て来る素浪人の
「ハハハ、
何気に丁髷は技術と道具が居る髪型で、最低でもよく切れる剃刀がないと出来なかったりする。江戸の昔は専門の髪結師が居たのは伊達では無い。因みにHTWの世界には何故かこの髪結師のスキルが有ったりした。
謎である。
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