最終話 ギャルとサラリーマン(後編)

「──というわけで、お兄さんには『お土産みやげ』を持ってきたんだー……はいこれ」


 彼女の手から高級そうな菓子折りと、ラッピングされた薄い包みを受け取る。中身を聞くと「ビール券」という直裁ちょくさいな答えが返ってきた。


「それはなんとまあ、ご丁寧に──」


 そして俺は、お礼の品を受け取って、そのお礼を何にするか考えていた。

 何を言っているんだお前は? という疑問を持たれる方もいるかもしれないが、時期的なこともあって、俺としてはお歳暮せいぼをもらった感覚だったのだ。よってクリスマスの親切に対するお礼なのだとしても、せめて一つくらいはお返しをしなければという義務感に駆られている。

 冷蔵庫の中には贈り物に適した品物はない。

 そうなるとこれはもう、買いだめていた衣料用洗剤を一つ、彼女に持たせるしかないという結論にいたって──


「んじゃ、お兄さん。出かける準備して」

「へ、何を?」


 俺がグルグルとお歳暮返しについて考え込んでいるところに声がかけられる。

 彼女はさも当然と言わんばかりに言い放った。


初詣はつもうでに行くよー」


 絶句する。

 確かに「初詣に行こうかな?」なんて気分は持ち合わせていたが、それをまさか、彼女から持ちかけられるとは想像していなかったのである。思いもよらぬとはこのことだ。


 そうして俺は混乱してしまい、らぬ質問をしてしまう。


「え、これから二人で?」

「あー……ごめん。神社で友達が待ってるから、二人きりじゃないんだ」

「あ、いや……あー……すまん。今のは忘れてくれ……」


 頭を抱えるほかない。

 これ以上ないというぐらいの失態であった。

 どうして俺は初詣と聞いて「二人で」なんて言葉を出してしまったのか。少し考えれば、彼女が学友たちと約束をしていたことは思い出せたはずだ。忘れっぽい自らの頭脳が憎らしい。

 そのように俺が羞恥しゅうち身悶みもだえていると、彼女がニンマリと笑って言ってくる。


「あ、でもー、神社に着くまでは誰もいないよ。イチャイチャしながら歩こうよ」

「頼むからやめて……」


 俺がついに両手で顔を覆うと、彼女はケタケタと笑った。


「なんでー? 私は嬉しかったよ」

「もうやだ……コタツに引きこもりたい……」

「あーダメだってー、ほら! 格好よく決めてきっちゃってよ」


 そして彼女に促されて、出掛けの準備をすることになる。十二月の寒気に耐えうるような防寒着、そしてそれなりの軍資金を持参すると玄関へと向かった。


「お待たせ」

「おー……格好いいじゃーん」

「頼むからもう揶揄からかうのはやめてくれ」

「ほんとだって、クリスマスの時も思ったけど、お兄さんセンスいいよー」


 褒められて得意な気持ちになるものの、それでもまだ、本当に自分が彼女と連れ立って歩いていいものなのか、疑問に思う。そんな不安な気持ちを隠さずに彼女に尋ねた。


「けど、いいのかい? 友達もいるんだろう? そんな中に僕みたいなのを連れてっても邪魔になるだけじゃ……」

「あー大丈夫、大丈夫。みんなからもお兄さんを連れてきてって頼まれてるぐらいだしー」

「……なんで?」

「名探偵のお話が聞きたいってさー」


 聞けば、クリスマスにおいて俺が推理した内容は、彼女の学友たちの間において広く知れ渡っているらしい。


「それこそなんで!?」

「私が自慢じまんしたからに決まってんじゃん」

「えー……」


 腰に手を当てて堂々と宣言する彼女に、一歩引いてしまう。

 あまり不用意にくたびれたサラリーマンを持ち上げないでもらいたい。

 おだてられたとて木に登ることすらしようとしないぞ?


「ほらほら、今日はサッちゃんとサブローも来てるよ、見てみたいでしょ?」

「それは……ちょっと興味あるな」


 彼女のその言葉には、つい頷いてしまう。

 クリスマスの日に晴れてカップルになった一組の男女が、果たしてどういう人物であったのか、生で見てみたいという誘惑は確かにあった。


「二人ともチョー良いやつだからさー、祝福してやってよー」

「……わかったよ」


 そして、これはもう腹をくくるしかないと悟る。

 彼女の押しの強さに抵抗できる気がしないし、何より自分自身が乗り気になっていることに気づいたからだ。どういうわけなのかワクワクとしている自分を発見してしまう。そうなると言い訳をするほうが見苦しい。

 せめて調子にのらないように気をつけよう。若者のノリに無理して合わせる年長者ほど見ていて痛々しいものもない。


「それでさーお兄さん──」


 そううして俺が覚悟を決めて玄関の施錠せじょうをしていると、廊下に立って待っていた彼女から告げられる。


「お兄さんにちょっと相談があるんだー」

「はて、なんだろう?」


 ガチャガチャと扉の施錠を確認しながらに振り返る。

 すると彼女は、身を低くし後ろで手を組んで、こちらを見上げていた。


「実はさークリスマスの日の帰りにさー」


 そして束の間、モジモジとつま先で廊下をいじっていたかと思うと、思い切りをつけたように言う。 


「お母さんから、とても不思議なことを聞いちゃったんだよ」

「はあ」


 彼女の言いたいことがいまいち理解できないが、その口ぶりから、どこか既視感きしかんを覚えてしまう。いつか聞いたような会話が今、繰り返されている気がする。クリスマスの日のことが思い起こされる。


「不思議でさー、謎でさー、めっちゃ謎!」


 そしてその感覚は、俺にワクワクとした期待の気持ちを呼び起こしているように思えた。しかしそれはまた、認めたくない事実である。いい大人が子供のようにはしゃぎまわる姿を見せることは、あまり肯定的にとらえられることではない。それをやったらおしまい、とまでは言えないだろうが、周囲から距離をおかれてしまうだろう。

 だから俺はその気持ちが、何か違う感情の表れであると考えた。

 そしてそれが何なのか、確認するためにも問いかける。


「それで君はその謎をどうしたんだい?」

「うん!」


 すると彼女はまるで、好奇心を抑えきれない子供のような笑顔を見せて言うのだ。


「お兄さんさー。一緒にこの謎、解いてくんない?」


 まいったな……この笑顔の前では、自分の気持ちを誤魔化しきれそうな気がしない。

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