第17話 ギャルとサラリーマン(中編)

 ──

 ──


 時は戻って、クリスマスの日のこと。

 マンションを降りて、停車していたワゴン車に乗り込むと、運転席のお母さんがあせっていた。雪がひどくなるのを警戒しているらしい。


「もー、あんた。早くきなさいよ」

「ごめんなさーい」


 私が謝ると「まったくもう」と呟いて、お母さんは即座にエンジンをふかす。そしてやけにゆっくりと車を発車させた。スリップするのを警戒しているのだろうが、過剰反応だと思える。


「道路には雪も積もってないから大丈夫じゃない?」

「おバカ。あんた、凍った路面の怖さを知らないでしょう?」


 確かに知らない。

 運転免許こそ取得しているものの自家用車を持たない私には、こうして実家に帰省する時だけしか運転する機会はないからだ。


「じゃあ私が運転してみよっかなー? 経験のためにも」

「いやよ。私、一緒に死ぬとしてもお父さんがいいわ。我が子を道連れにするなんて縁起でもない」

「私の屍を超えてゆけ(笑)」

「はあ……なんて親不孝な子」


 久しぶりに顔を合わせるお母さんは、ふてぶてしく装ってはいるものの、どこか嬉しさを隠しきれていない様子だ。長年、母娘をしていたからこそ分かる。


 ──ま、可愛い娘が帰ってきたのだから当然だろう。


 私は満足して大きく息をつく。

 そんな調子でいつもの家族の会話を交わしつつ、車は夜の街を進んでいった。


「そういえば、あんた。ずっと部屋の前で待ってたとか言わないでしょうね?」


 お母さんは迎えがくるのを待っている間、私がどこにいたのかを聞いてくる。もちろんどこかだんを取れる場所で待機していたのだろうなと、疑うような眼差まなざしだ。

 だから私は、それに意気揚々と答えてやる。


「もちろん大丈夫だったよ──」


 きちんと説明する。

 隣の部屋のお兄さんに助けてもらったのだと。


「あんたそれ、めちゃくちゃお世話になってるじゃないのっ!?」


 するとお母さんの怒号が飛んだ。「そんなことがあったのなら早く言いなさいっ!」


 そして途端にオロオロと狼狽うろたえ始めた。

 どうやら今からでもマンションに戻って、お兄さんに頭を下げるべきが迷っているらしい。

 しかし、この雪だ。

 今からUターンするには躊躇ためらわれるところなのだろう。


「ちゃんとお礼は言ってきたから大丈夫だよー」


 だから安心させるように言ってのける。

 両親が恥ずかしい思いをしないような、しっかりとした謝礼を私はしたはずだ。抜かりはない。

 そのように自賛したのであるが、しかし、お母さんは信用してくれなかった。


「……あんた、家に帰ったらお土産みやげを持たせるから、もう一度、お礼に行ってきなさい」

「──へ?」


 お母さんの言葉に目を丸くする。


「元旦は大学の友達と初詣はつもうでするから、一度こっちに戻ってくるって言ってたでしょ! その時にでも何か包ませるから、もう一回! 丁寧ていねい挨拶あいさつしてきなさいっ、いいわね!!」

「えーそれってつまり──」


 ──お兄さんにもう一度、会ってこいってこと?


 呆然とお母さんの言葉を反芻はんすうしてしまう。

 なんとなく、お兄さんとは全力のサヨナラをしてきたせいか、金輪際こんりんざい会えないかのような気分でいたのだ。だから、こんなにも早く再会の口実ができるとは思わなかったのである。おかげで嬉しいような、拍子抜けしたような、はたまたバツが悪いような……不思議な心持ちだった。


「けど、そっか……」


 別に理由がないと会っちゃいけないことなんてない。

 お兄さんと私はすでにマブダチだ。

 ただの『ご近所づきあい』をすることに、なんの躊躇いがあるというのだろう。


「……よし」


 決めた。お兄さんの家へと押しかけてやるのだ。そうすればきっと、お兄さんの方も泣いて喜んでくれることだろう。相手が喜ぶことを率先そっせんして行う私はなんて良い奴なんだろうか、うん。


「しかし、お土産か……うーん──」


 そのためにも手土産てみやげ選びは重要だ。さすがに私とて、要件もないのに「ただ会いたくなっちゃったから」なんて言い切れる自信はない。

 思えばお兄さんからは、みかんをもらったし、ビールをもらったし、クリスマスケーキをもらった。だから何かしらの飲食物をお返しするのが妥当だとうかもしれない。ビール券とか送っても十分に喜びそうだ。

 しかし、何かが引っかかる。


 ──お兄さんに持っていくべき『お土産』が他に何かあるような気がする。


 それが何かを考えるも、答えはなかなか出てくれない。すると、お母さんがようやくお説教を終えてくれたのか「まったくもう……」とため息をつく。

 そして──


「摩訶不思議アドベンチャーな娘をもつと苦労するわぁ……あ、そうそう摩訶不思議で思い出したんだけど、お母さんね、あんたを迎えにくる途中、すごく『不思議なこと』に出くわしたのよ」

 

 ──と言った。


「それだぁ!」

「──っとぉ……びっくりしたぁ……何よ急に大声をあげて?」


 お母さんは仰天したようにハンドルを握りしめている。驚きに思わず手を離してしまいそうになったのだろう。

 しかし私は、そんなことには構わずに、勢いをつけてお母さんに尋ねる。


「その『不思議なこと』について詳しくっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る