第32話 友のために全財産投下

 病院で、ウチは我に返った。


「ウチの脳でも心臓でも、なんでも使えるんやったら使ってください! むつみちゃんを、治してください!」


 ウチは、お医者さんに頭を下げまくった。


「リアンちゃん落ち着いて」と、しらすママがウチの肩を抱く。

 

「大丈夫です。愛宕アタゴさん。春日カスガさんの意識は戻っていませんが、問題はありません」


 お医者さんから、むつみちゃんの病状を聞かされる。

 

 むつみちゃんの病気は、一応治るらしい。

 だが、移植手術が必要だという。

 しかも海外でしか受けられない。おまけに莫大な費用がかかる。


 そんなん、やることは一つやん!



……あれから、数週間が経った。


 

 術後、むつみちゃんが目を醒ます。意識が戻ったみたい。


「むつみちゃん!?」


 何が起きたのかわかっていない様子で、むつみちゃんは辺りをキョロキョロしていた。


「ここは、病室ですか?」


「せやで。ここ、アメリカやで!」


 初海外が、まさか友人の手術だとは思わなかったが。


「ずっと、付き添ってくれていたんですか?」


「せやで」


 まあ、しらすママやマネージャーさんがついてくれていなければ、ロクにファストフードのオーダーもできないが。


「海外に入ってからは、どれくらい経っているんです?」


「数日くらいね」


 しらすママが、むつみちゃんにそう告げる。


 アメリカに入って、すぐ手術が行われた。

 移植のドナーも、見つかっていたのが救いである。


 手術が終わってから、そんなに日は経っていない。

 むつみちゃんが起きられたのも、麻酔が切れたからである。 


「アメリカって、エグいな。どの料理もドデカサイズで、ビビッたで。メロンソーダなんか、バケツで来るんやもん」

 

「そ、そんなことより!」


 むつみちゃんが、事情を聞きたがっている。


 ウチの代わりに、しらすママが話をしてくれた。


「手術の費用は、どうなさったんです?」


「ウチが全額出した」


「……そんな」


 むつみちゃんの持っているお金だけでは足りなくて、ウチも支払ったのである。


 今まで貯めていた分、すべて。


「どうして」


「ウチが、そうしたかったんよ。ウチはわかってん。こういう事態のために、ウチはお金を増やしていたんやなって」


 不測の事態に備えるための貯金を、生活防衛資金という。


 今が、そのときだっただけ。


「でも、そのせいでリアンさんが無一文になっちゃって」


「社長が生きてるんやもん。まだまだ稼ぐさかい。問題ないって」


「そういう問題じゃなくて! どうして私なんかに」


「むつみちゃんやからやで。大切な友だちのためにお金を使うのは、ウチにとって大事なことやねん」


 お金がなくなったことを、うちはちっとも後悔はしていない。

 ウチは、やるべきことをやっただけである。


「せっかく複利効果が出て、これからだってときに、売却してしまうなんて。あと数十万で、三〇〇〇万に達したのに。ライブの契約だって、取れたのに」


 むつみちゃんが、シーツを握りしめた。自然と、涙がこぼれ落ちている。


「また、積み立て直せばいいねん。むつみちゃんも言うてたやろ? 貯金の習慣ができている人は、資産ゼロになってもノウハウがあるからやり直せるって」


「そうですけど」


 まだむつみちゃんは、自分のせいでウチがスカンピンになったことに、罪悪感を覚えているみたいだ。

 

「自分を責めんといて、むつみちゃん。ウチは、絶対にむつみちゃんに生きててほしい。せやから、お金だって出したんやで」


「……ありがとうございます」


「ほな、3Dライブに向けて、また働くさかい。よろしく頼むで、むつみちゃん」


「はい。がんばりましょう、リアンさん」




 で、ウチは日本に帰宅したわけだが……。



『えー。おもむろ アンです。先日、急遽配信をお休みしたので、非常に驚かれたと思います」


 むつみちゃんの術後経過もよく、すぐに帰国を許された。

 もうちょっと休んだらいいのに、むつみちゃんは職場復帰している。

といっても、当分は自宅でリモートだ。


 クライアントとの打ち合わせなどは、副社長マネージャーが代わりにやっている。

 

 で、ウチはというと……。


『ここでですね。みなさんに重大なお知らせをしなければなりません』


 ウチは深呼吸をして、話し始める。



『覚えてるやんね、資産合計金額に応じたご褒美があるって。これまで色々達成して、三〇〇〇万いったら、3Dライブ。最終的に一億くらい貯まったら、島を買うって話をしましたよね? 覚えてるよね?』


 ウチは、リスナーに念を押す。


『先日、ウチは全財産を、社長のために使いました。複利もクソもありません。それをロクに感じることなく、ウチは金融資産をすべて投下したわけですが……』


 また、ウチは大きく息を吸い込んだ。

 ちょっと一旦、ハイボール缶を開ける。飲まないと、事態を把握できなかった。

 前代未聞の事が起きていて、ウチも戸惑っている。


『その前にさ、【スーパーサンクス】って知ってるかな?』


 Youtubeに追加された機能で、ショート動画にもスパチャを送れる機能だ。


 ウチは自分でコメント返し配信などの切り抜きを、ショート動画として上げまくっていた。

 むつみちゃんのお見舞いで配信がお休みになる以上、なんとか現場に居続けようとした策である。


『ウチの資産状況が、外部に漏れていたようでして、ショートにそのスーパーサンクスがえらい飛んでたのね。3Dの踊ってみたとかでもないのに』


 いつの間にかウチの行為が、ネットニュースになってしまった。

 なんか、美談として語られることに。

 

『で、税金とかYoutubeに支払う手数料とかを差し引いても、合計額が……』


 再度、アルコールをぶち込む。

 ため息とともに、ウチは告げた。


『三億になっていました』


 しかも、一晩で。

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