さらば『学生』よ

杉野みくや

さらば『学生』よ

 気づけばもう、3月の末。


 大学を卒業した僕はいよいよ『学生』という名の後ろ盾を失い、代わりに『社会人』という名のレッテルが付与される時期になった。そこに拒否権なんてものはなく、未熟なままに責任やら振る舞いやらを求められる。そこから逃げることもできるかもしれないが、いずれどこかで捕まってしまうだろう。


 そんな事実から目をそらすべく、今日も友人とオンラインゲームに入り込んでいた。だが、どこに目を向けてもその事実は視界のどこかに存在感を見せてくる。だからつい、「もうすぐ社会人か〜」と漏らしてしまった。


「早いもんだね〜。次会った時は奢ってくれよ」

「えー、やだよ」

「初任給入るんだから良いだろ!?こっちは大学院でお金も時間もひもじいんだからさあ」


 こんなことを友人が言えるのは、ひとえに信頼されているからなのだろう。自然と笑みがこぼれてくる。

 こうして夜な夜なゲームしながら通話して、しょうもない話に明け暮れるということもこれならは難しくなるのかもしれない。

 そう思うと、どこか寂しいものがあった。


 通話を終えると、そのままベッドにダイブイン。スマホいじりタイムへと移行する。

 SNSを開くと、春から新社会人となる“同士”のつぶやきが次々に流れてきた。やる気と不安が入り混ざっている様は見ているだけで胃もたれしてきそうだった。


 スマホをそっと伏せ、あらゆる物から目を背けるように瞼を閉じる。

 このまま永遠に日が昇らなかったら、なんて考えてみるが、それはそれで恐ろしいからため息と共に頭の外へと追いやっていく。


 でもよく考えてみると、小学生から16年間続いてきた『学生』という身分が即座に過去のものへと成り代わってしまうというのは、けっこう酷なことではないか?長年保持してきたポストを離れるというのは普通、一朝一夕では決断できないはず。就職が決まってからの1年弱では、覚悟を決めるのに短すぎるんじゃ……?


 そう考えたところで、何かが変わるわけではない。世の中の社会人は皆この事実を平然と受け入れてきたというわけだ。だから、誰もそのことを疑問には思わない。


「ふわあ……」


 そろそろ眠くなってきた。これ以上考えるのはやめよう。


 目覚ましのアラームがセットされているか今一度確認し、改めて睡眠の体勢を作る。眠りに落ちる最中、これまでの学生生活が走馬灯のように瞼裏に映し出された。その映像をじっくり味わいながら、思い出の中へと大切にしまいこんでいく


 さらば『学生』よ。

 またいつか、思い出の中で会おう。

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さらば『学生』よ 杉野みくや @yakumi_maru

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