コンクリートの大仏と盆の彷徨霊

明久。

プロローグ

右手に持ったカバンからスマホを取り出し、時刻を確認する。

2024年8月14日、午前8時50分。

約束の時間までは、残り10分。

集合場所へ、私は進む。

日光が降り注ぐロータリーを抜け、駐輪場の更に先、タクシー乗り場の端っこにあるスロープの入口へ。

入口は健やかに育った木々によって、日光を遮られている。その影に差し掛かった時、私はしゃがれた声に引き留められた。

「其処の子どもよ、君は一体何処へ行く?」

声の主は、黒紋付の羽織袴を羽織った丸刈りの老人であった。

「大仏の前まで行くつもりなら、止めておけ」

老人は、私の行動を見透かしたかのように、そう告げた。

「なぜですか?」

無視して進もうとも思ったが、老人の奇妙な存在感に負け、私はついつい質問をしてしまった。

「時期が悪い」

「と、言いますと?」

「全ての人間に、帰る場所があるとは限らない」

「ふむ……?」

的を得ない回答だ。小学生の私には、少し理解が難しい。

「ともかくだ、今は大仏の前には立ち寄らない方が良い」

それを察してか、老人は再度、私にそう告げた。

そして、

「ちょうど裏手に、温水プールがある。せっかくだから、そちらに行け」

肩にかけたカバンを見てか、男はそう付け加えた。

しかし、そういうわけにはいかなかった。

「申し訳ありませんが、友人との待ち合わせがありますので、私はこれで」

待ち合わせの時刻が迫っていたため、私は手短に挨拶を済ませ、スロープを先に進んでいく。

「忠告はしたからな……」

遠ざかる私の背中に、老人はそう告げて、どこかへ消えていった。

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