人生映画館
ジャック(JTW)
第1話 退屈な映画
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館内に入ると、静かなロビーが広がり、そこには古めかしいが美しい装飾が施されていた。そして、その奥には一つの小さな上映室があった。そこで上映されるのは、依頼者に向けた、世界にただ一つの映画だけ。
その映画は、実在の人物の人生を二時間のダイジェストで見ることができるというものだ。そして、その上映を担当するのは、退屈でつまらない映画を見せられて飽き飽きしていた少年、ベガだった。
彼は毎日、悲惨だったり、平凡だったり、山も落ちも見せ場もない淡々とした人生を見せられていた。
それでも、人生映画館の客は、多かれ少なかれ心を動かされて、泣いたり笑ったりしながら、帰っていくのだった。
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「よく、こんなつまらない映画で泣けますね」
客が帰った後、キャスケット帽を深々と被った少年、ベガはポツリと呟いた。
そんなベガを窘めるように、人生映画館の館長、ヴィラ・ラクテアという老紳士は言葉を紡いだ。
「お客様や、お客様のご家族の人生を悪くいうものじゃない。それに、いつかベガにも、誰かの
「来ませんよ。もう死んじゃった人の映画を作るのに、一本当たり一千万円なんて。僕、そんなお金があるなら、楽しく生きるために使います」
「価値観は人それぞれだよ、ベガ。君の価値観は否定しないが、お客様の価値観も否定してはならないんだ」
人生映画館の館長は、ヴィラ・ラクテアと呼ばれる謎めいた老紳士だった。
人生映画館の映画は全て彼が撮影・編集したもの。人生映画館の映画は、依頼者からの依頼を受けてから、オーダーメイドで作られる。
一本当たり一千万円という、決して安くない値段だが、それでも特定の故人の映画を作ってくれという依頼は絶えない。
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人生映画館に訪れたのは、若き会社経営者、
小神野海運を継いだ四代目社長として、彼は会社を率いる責任を重く感じ、創業者の曾祖父がどんな人生を送ってきたのか知りたいと願ったのだった。
人生映画館の館長、ヴィラ・ラクテアは、依頼者の小神野氏に対して、様々な聞き取りを丁寧に行った。
「こちらが事前に用意した資料です」
と言い、小神野氏は丁寧に持参した書類の写しや当時の写真などを見せてくれた。
ヴィラ・ラクテアは、小神野氏から提供された資料を丹念に眺めながら、曾祖父である小神野貴文氏についての情報を整理していた。
古びた写真や手書きの手紙、当時の住所や交友関係についての記録。それらは、過去の謎を解き明かすための貴重な手がかりとなる。
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「どうしてこんなに詳細に聞き取りをするんですか? 館長の魔法の力があれば、何でも出来るじゃないですか」
小神野氏が帰った後、上映係の少年ベガは首を傾げて問いかける。その問いに、ヴィラ・ラクテア館長は微笑みながら答えた。
「魔法は万能ではないんだよ、ベガ。私ができることは、あくまで、
ヴィラ・ラクテア館長は、古くから名を知られる魔法使いで、
「魔法は奇跡を起こすことができるけれど、それだけでは足りない。人生映画館の映画を作るためには、努力と情報収集が欠かせないんだよ」と、ヴィラ・ラクテア館長は静かに語り、深みのある微笑みを見せた。
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──『実録・
フィルムがカタカタと回り出し、映画が上映される。
ナレーションは、ヴィラ・ラクテア館長の渋くも優しい声色。
──小神野貴文氏は、19××年5月7日に、小さな島に暮らす漁師の一人息子として生を受けました。
幼い赤ん坊が、手を空に向けておぎゃあおぎゃあと泣いている。その声はか細く、儚げで、今にも消えてしまいそうなか細いものだった。
──幼い頃は病弱な子供で、両親は何度も医者にかかりました。医者からこの子は長く生きられないかもしれないと言われても、小神野貴文氏の両親は諦めず、懸命に看病をしました。
重々しい医者の男性の顔と、若夫婦。母に抱っこされた赤ん坊は、ケホケホと弱々しい咳をしている。
──その甲斐があり、小神野貴文氏は病気を克服し、立派な青年へと成長しました。
凛々しい顔立ちの青年が、学生服と学生帽を被っている。しかし、美しい女性を見るとデレデレと顔を崩し、彼女の後を追いかけていた。
勇気を出して声をかけるも、その女性にはあえなく振られた。青年はガックリと肩を落とす。
美しい女性は、微笑みながらこう言った。
『わたし、お金持ちの男の人が好きなのヨ』
──この女性とはこれから邂逅することはありませんでしたが、彼女との出会いと、彼女の告げた言葉が、小神野貴文氏の人生を大きく変えました。
青年は、お金持ちになるにはどうしたらいいかを一生懸命考えた。様々な本を読みふけり、勉学に力を入れる。彼が一番熟読している愛読書は、『コレで君もモテモテ☆大作戦☆』だった。
青年は、漁師の息子として生まれて、漁に従事していたため、船の扱いに手慣れている。彼は学生のうちに大型船舶免許を取った。
ゆくゆくは自らの金で大きな船を買いたいと考え、学生時代はアルバイトに勤しんで、お金を貯めていた。
そうして、彼は自分の船を買った。
──小神野貴文氏は、学生時代のアルバイトで作った人脈を頼りに、海運業を営み始めました。最初は、故郷の島と、内地を往復して代金を貰うという小規模な事業でしたが、島の人々にはとても喜ばれました。
しかし、青年の人生は順風満帆ではなかった。自然災害によりせっかく買った船が壊れ、海運業を営めなくなったのだ。壊れた船の残骸の前で俯く青年の目には、涙が光っていた。
だが、青年は涙を拭いて立ち上がり、再びアルバイトに勤しんで、お金を貯めた。
その結果、新しい船を買い直すことに成功する。感慨深そうに船を見つめる青年の目には、もう涙はなかった。
再び海運業を営み始めた青年は、縁があってお見合い結婚し、子宝を授かった。海運業は軌道に乗り、彼は部下を持つようになった。
──この時起こした海運業が、現在の『小神野海運』の基盤となりました。
青年が壮年になった頃、彼の妻が急な病で亡くなった。
まだ幼い息子二人と共に取り残されて、彼は途方に暮れる。しかし彼は、二人の子供を育てる為にも必死に海運業に打ち込み、事業を少しずつ大きくしていった。
──時には、息子を二人船に乗せながら自ら海運業務を担当したこともありました。
やがて、彼は中年になり、息子二人も大きくなった。
この頃には正式に『小神野海運』として起業しており、故郷の島や内地だけでなく、県をまたいで海運業を行うようになった。多くの人々の人生と荷を抱え、小神野海運の社長として責任ある業務をこなしていった。
──そして、彼は子供達が大人になった後、ずっと支えてきてくれた内縁の妻と籍を入れて、再婚をしました。その後は、息子に会社を譲って、老後を過ごしました。
内縁の妻というのは、元は小神野海運の秘書だった女性。小神野貴文の人生を公私共に支えてきた彼女は、小神野貴文の後妻として余生を過ごした。
老後の彼の趣味は、盆栽と植木の手入れになった。素人ながら、見事な出来栄えの盆栽が完成している。
──老年になった彼は、膵臓癌になり、遺言を残す暇もなく、亡くなりました。
泣き崩れる後妻、息子二人、そして孫たちの映像──。
──『実録・
そうして、エンドロールが流れ……映画は終わった。
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上映係の少年ベガは、そっとティッシュを差し出しながら、「どうして泣いているんですか?」と尋ねた。
小神野貴史は、「分からない……。でも……。生きて動いている曽祖父の姿が見られて、嬉しかった……」と言って、少年ベガの手を取り、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔のまま、頭を下げた。
「ありがとう。ありがとう……」
少年ベガは、少し照れたように顔を背けて、「べ、別に僕が撮影したわけではありませんから。館長が用意した映像を、上映するのが僕の仕事です」と言う。
「それでも、ありがとう……」
そう、小神野貴史は言って、微笑んだ。
彼の微笑んだ顔は、彼の曾祖父、
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「ご利用ありがとうございました。また、何処かでお会い致ししましょう」
ヴィラ・ラクテア館長は、帽子をとって優雅に一礼し、小神野貴史に微笑みかける。
小神野貴史が微笑みを返そうとすると、一陣の風が吹いた。思わず目を閉じて、再び開くと、そこにはもう、人生映画館の影も形も存在していなかった。
そうして、彼の居場所に戻って行った。
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人生映画館は、摩訶不思議な映画館。
必要としている人にだけ見える、魔法の映画館。
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人生映画館 ジャック(JTW) @JackTheWriter
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