第32話 目的

 隠し部屋を出て幾つかの広間と、迷路の様な通路を歩いていると、他の冒険者が魔物と戦っていたり、すれ違ったりとする。

 戦闘中の冒険者には、魔物を刺激せず邪魔にならない様に端を通るが、すれ違う冒険者には軽く頭を下げて挨拶を、そういう所の基本は大事にしていかないと、少しの事で目を付けられたりしかねないからな。


「目的の場所までは後どれくらいになりますか?」


 丁度3階層に降りる為に地図を見ていたオレは、そのまま現在地と目的地までどれくらいかを調べる。


「そんなに遠くないかな、次を左に曲がったら突き当りを右、後は真っ直ぐで着けるよ、にしてもソロで来てる人は居ないか」


「流石に危な過ぎるから居ないと思うよ、やっぱ何人かで組んだ方が色々安全だし、気が紛れるよ」


「E~Fランクパーティーの、金策とレベル上げ目的が多いかと。何だかんだと人が多いし、外より助けて貰える可能性も高くて無茶さえしなければ死亡率は低いかと」


 それはありそうだ。

 だだっ広い草原や、隠れ蓑の多い林や森なんかよりは人通りも多いし、その点だけを言えば安全なのかも、それでも危険な場所には変わり無いし、死ぬ時は死ぬ、その可能性を低くする為に、ダンジョン内の物は常に疑う事を忘れない様にしないと。


「それはそうと、そこで何をするつもりなのか、もう話してくれても良いんじゃないですか?」


「え?」


「え? じゃなくて、何か考えてる事があるんでしょ? いい加減教えてよ!」


 目的地も目の前だし話しちゃってもいいか、そもそも隠しておく必要の無い事を、勿体ぶって引っ張ってただけだし。


「条件が揃っていればの話だけど、ティナのレベルを一気に引き上げようかと思ってさ、その為の準備もして来たし」


「私のレベルを一気にって、どうやって」


「ティナさんは魔法が使えませんし、一度に倒せる数には限度があると思いますよ?」


「それにスタミナだって長時間戦えば持たないよ?」


 確かに普通に戦えばそうだけど、とある現象を利用すれば意外と出来るから化学って面白いよなぁ。


「いや、特定の条件下であれば、一度に倒せる数を大きく引き上げられるし、長時間戦う必要も無い、多分だけど一瞬で済むかな」


(特定の条件、数の限度を上げる、そして長時間戦わない所か一瞬………ティナさんは魔法は使えないから、間違い無く何かを利用しての攻撃になるはず、それも多分地球の知識を使って。ならどんな攻撃になるのかと言えば、一瞬で広範囲を攻撃出来る物、魔法を使わずにそんな事が出来るとすれば………塩素ガス?でも発生させる物が無いし、焼き払うにしても燃料が無い、一体……待って、確かカズシさんは……)


「ねえカズシさん、交易所で買って来たあの大袋って何ですか?」


 何か考えてるなと思ったら、オレがやろうとしてる事を模索してた訳か。

 しかもあの大袋に辿り着いたって事は、手持ちのアイテムとオレの言葉を組み合わせて、実現可能な現象を選んで来たな。


「………数年分の石炭の粉」


「やっぱり」


「どゆ事?」


「私達にも分かる様に教えて貰えませんか?」


「つまりカズシさんは、石炭の粉で粉塵爆発を起こして魔物を倒そうとしてるんです」


「ふんじんばくはつ?」


「粉塵爆発は、燃えやすい粉を部屋に大量に撒いたうえで火をつけると、魔法の様に大爆発する事を言うんです」


 そう、オレが交易所で探していたのが石炭の粉だ、小麦粉でも代用は出来たけど数十キロとなると費用が掛かる。

 その分石炭なら化学技術が進んでないこの世界では、燃料やせいぜいが精鉄以外使い道が無いだろうし、粉なら尚のこと無いだろうと読んで安く手に入ると考えた。

 そしてその考えは的中、店を紹介した店主も、処分費用が浮くって事で粉を無料で譲ってくれた人も、何でこんな物が欲しいのか驚いていたな。


「なら後はあの広間に魔物が大量に居れば良いってこと?」


 どうやら話している間に目的地に到着していたみたいだ、広間少し手前に小部屋も有るし、条件は殆ど揃ったな。


「そう、だけどまずは小部屋から調べてみよう」


「扉には罠は無いよ」

「魔物も居ないです」


 2人の言葉を聞いてオレは扉を開けて中を確認する。


 宝箱は無い、壊れた木箱とボロ布が幾つか中にあるだけで、ただの物置…というよりも、見た目ゴミ置き場の様な状態だ、後は中に罠があるかどうかだけど。

 既にユウカはオレの横に来て、室内を鑑識眼スキルで隈無く見ている、前もスキルを使ってる途中でスキルが強化されてたし、次の強化にも期待したい。


「大丈夫、この部屋に罠は無いよ」


「ではこの部屋で爆風を遮るんですか?」


「そういうこと。後はこの先にどんな魔物が居るかだ」


 部屋を出て目的の場所にライティング明かりを1つ放り込むと、ザワザワと何かが動く音なのか、それとも、擦れると言った方がいいのか音がする。


 降りるタイプなせいで下の方が見えないな、魔物が見えないとユウカのスキルが使えない、かと言って中には入れない。

 さてどうするか。


「こっからじゃ見えないな」


「お兄が肩車してくれたら見えるんじゃないかな」


「それはいいけど、大丈夫なのか?」


「……首動かしたら肘落とすから」


 本気で脳天に肘を落とすつもりだ……余計な事はしないで大人しく言われた通りにしておこう、場合によっては肘じゃない可能性もあるし。


 ユウカに言われた通り壁際で屈み、ユウカを肩車してゆっくりと立ち上がる。


(さ~て中の魔物は何かな…………キラーアーミーローチ、Fランクの魔物か、それにしてもすっごい数、中に入ったら一溜も無いなぁ……ん? あいつよく見ると……いや、まさかそんな…………!!)


「お兄下がって! 直ぐ下がって! 今下がって!」


「ちょっと待てユウカ! 一体どうした!?」


 突然暴れ出して頭を叩くユウカに、オレも驚く。

 当然それを見ていたアヤカとティナも何があったのかと、ユウカに詰め寄る。


「いいから! お願いだから下がってぇぇ!」


 上で暴れるユウカの言う通り、とりあえずさっきの部屋まで戻って来た。


「で、いきなり暴れて、何があったの?」


「………G」


 頭を抱えてうずくまり一言だけ発する。


「ジー? ユウカ、ジーって何の事?」


「ちゃんと言わないと分からないわよ、一体何があったの」


「名前を出すのも憚られる、黒くて!素早くて!不快なヤツが居たの!! それもとんでもない数が!」


 Gで、黒くて、素早くて、不快なヤツ………あぁ~なるほど、女の子にはアイツを好きなのは居ないだろうからな、ユウカも例に漏れず当てはまったって事か。

 しかも大量に見たせいで軽くトラウマになり掛けてるって訳ね、嫌な思いをさせてすまない。


「そいつのランクは?」


「……Fランク」


「了解だ、そしたらオレは投げ込む松明的な物を作るから、リュックを出してくれ」


「それはいいですけど、ユウカは何を見たんですか?」


 正直聞かない方が良いと思うけど、作業中に見かけてパニックを起こす可能性を考えると、知ってた方が安全か。


「多分ゴ〇ブリ」


「ゴ……」


 流石のアヤカも顔を歪める。


 受け取ったリュックからキャンプ用の着火剤を2つ取り出し、木箱の破片にボロ布で巻いていく、ある程度布の厚みが出来たら完成だ。

 仕上げは石炭の粉をあの中全体に行き渡らせるのだが。


「アヤカ、風魔法を使って石炭の粉を上から振り撒いてもらえるか?」


「わかり……ました」


 すっげぇ嫌そう、いやまぁGの近くに寄るとか多くの人間は嫌がって当然か、アヤカもユウカも本当にすまない。


 アヤカのストレージ・スペースから出された石炭の粉2袋を、広間に降りる下り坂に投げ入れて、風刃スキルを使って袋をズタズタにした後、風魔法で粉を巻き上げる。


 確か石炭の粉塵爆発の条件は、1~100ミクロン程の粉が1立方メートルの空気中に25~50g以上存在していれば爆発する。

 あの袋は2つ合わせれば100kg以上は確実にある、つまり約2000~4000立方メートルの空間に爆発を起こさせることが出来る。

 これが上手く行けばティナのステータスはグッと上がって、自分に自信を持てるだろう。


「アヤカさん、本来であれば自分の力で上げなければいけないのに、私のレベル上げのせいで嫌な思いをさせてごめんなさい」


「え? ………あっ!違う違う! ティナさんを手伝うのが無理とか嫌な訳じゃないの! この下に居る蟲が苦手なだけで、手伝うのは全然問題ないわ!」


(あの時少し嫌な顔をしたから、ティナさんが自分のせいで嫌な思いをしてると感じたのね)


「姉さんの言う通り、下に居るキラーアーミーローチって言う、魔物が嫌なだけだからティナは気にしないで」


(ゴ〇ブリ死すべし、慈悲は無い)


「じゃあお礼に、私に出来る事があったら手伝わせて欲しい」


「本当にいいの!? それなら耳と尻尾を心ゆくまでモフモフさせて欲しいわ」


「私も!」


「えっと………そんな事でいいの?」


「そんな事だなんてとんでもない!私達には重要な事よ!」


 なーんか楽しそうな話してるなぁ、耳と尻尾をモフモフか………天国だな、更に言えばブラシで尻尾を毛づくろいとかしたい、ってそうじゃない。


「念の為話すけど、爆発の際は必ず耳を塞ぐ事、アヤカとユウカは問題無いと思うけど、ティナは出来そう?」


 狐耳がそれなりのサイズだから、恐らくどこかしら隙間が出来ると思うんだが。


「多分全部は塞ぎきれないかと」


 やっぱりか、誰よりも耳が良いから僅かな隙間でも鼓膜を傷めるかもしれないな、そうなると……そうだな、オレは耳に詰め物をしてその分ティナを手伝えばいいな。


「分かった、ならオレは耳に詰め物をして、ティナにマントを被せてカバーする、そうすれば耳へのダメージも抑えられると思う」


「分かりました、あとこっちもそろそろ良いかと思います」


 見れば一面黒い粉がこれでもかと舞っている、この状態で火種を投げ入れれば大爆発は確実だろう。

 全員が小部屋に戻り仕上げの準備をする、万が一の為、耳にはアヤカの水魔法で濡らしたポケットティッシュを詰める。

 そしてユウカの炎魔法で、さっき作った松明の着火剤に火をつけてティナに渡す。


「全力で投げるんじゃなく、軽く投げ入れる様にね、じゃないと逃げる時間が無いから」


「わかりました、それじゃ………投げます」


 言われた通りにゆっくりと放物線を描くように飛んでいく松明。

 逆に大急ぎで部屋へと駆け込み耳を塞ぐティナ。

 そのティナの耳を更にマントで覆い隠すオレ。

 それら全ての動きが完了すると同時に扉の外から轟く、凄まじい爆発音と振動。

 正直想定以上の威力だった。


「…………皆大丈夫か?」


「私は問題ありません」


「姉さんと同じく」


「………………」


「ティナ大丈夫か?」


 反応が無い、もしかしてあれでもダメージが入ったのか?

 いや、流石にマントとオレが壁になっていたから無いとは思うが。

 声だけじゃなく体を揺さぶって………。


 耳の付け根を指でなぞってみる。


「~~~~ッ!」


 おっ、勢いよく立ち上がった、どうやらティナも大丈夫そうだ。


「ナ…ナナセさん! 耳と尻尾は敏感な所って言ったじゃないですか! って、さっきの大爆発は一体何なんですか!?」


 はは~怒ってるし驚いてる、面白いな~。


「まずは元気そうで何より、そしてあれが粉塵爆発ってやつだよ」


「あれが……」


「まあ、それはどうでもいい事で、レベルはどんな感じ?」


「あっ!」


【名前】 ティネア・ラトリエ

【レベル】 32

【生命力】 313【魔法力】 57【力】 259+100【魔力】 68

【俊敏性】 311【体力】 223【魔法抵抗力】 64

【物理攻撃力】 右259+100+70 左259+100+100【魔法攻撃力】 68

【防御】 112+25【魔法防御】 32

【スキル・魔法】

 無し


「こ………れは……」


 おぉ~19も上がったな、もしかしてキラーアーミーローチって、あそこに数百匹は居たんじゃないのか……そう考えると本当に中に入らなくて良かった、流石にそんな大量の魔物を相手にとかしたくない。

 ともあれ狙い通りティナの強化は出来たし、時間も潜ってからギリギリ4時間位だから、今日は一先ず宿に戻るか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る