第17話 狐耳と尻尾 ティネア⑥ 終幕

 交易所に着いてオレ達の目に入って来たのは、交易所の広さと人の多さだ、恐らく今自分達が居る所は入口で隅の方なんだろうけど、そこからじゃ端が見渡せない。

 そしてどこを見ても人で溢れている、それこそ元の世界で例えるなら人気観光地の朝市、某百貨店等が行う年始の初売なんかがそれに近い、だが人の数はこちらの方が上だ。


 驚いていたのはオレだけじゃなく、アヤカとユウカも同じだった、完全に予想を超えており言葉を失っている。

 そんなオレ達を見て楽しそうに笑うティネア、まるでいたずらっ子が友達を驚かせてしてやったりといった顔だ。


「これは凄いな……」


「えぇ、まさかこんなに大きな所だったなんて思いもしませんでした」


「圧倒的過ぎ」


「ここがセファートが誇る、アルテニアで一番の交易所です、ここに集まる品はこの国の物だけでなく、ダンジョンの産出品や、国を越えて入って来る物も少なくありません」


 他国から仕入れてくる商人も居るのか!

 いや商売ってことを考えればする人だって居るだろうけど、この世界の場合、長距離を移動するということは金が掛かるだけじゃない、それだけ魔物や野盗なんかに襲われて命を落とすリスクが高くなる、そんなリスクを冒してもここで販売するメリットがでかいのか。


 商売に関して素人のオレがわかるのは、観光地特有の雰囲気でサイフの紐が緩くなるのと、この圧倒的な人の数という2点だけだ、商人からすればそれ以外にも多くの利点があるんだろうな。


「それじゃ何から見て行きましょうか」


 ティネアが聞いてくるが、ぶっちゃけ交易所という単語を知っているだけで、その交易所に何が置いてあるのか分かってないからなぁ、強いて言えば……。


「オレは旅関係や武器とかかな、特に移動時は外で寝るから地面が硬いと起きた時に接触面が痛むんだよね」


「「凄くわかる!!」」


「柔らかい物を敷いて軽減出来ると嬉しいですよね!」


「旅の寝具ですか、ならスライムシートがありますね」


 スラ…イム?


「ねぇティネアさん、ス…スライムって、あの粘液体というか、ブヨブヨの魔物で合ってる?」


 恐る恐る聞いてるユウカの表情はやや引きつってる、気持ちはわかる、オレだってスライムって聞いて一瞬「えっ?!」と驚いたくらいだ、女の子なら尚のことそう感じてもおかしくない、実際アヤカも笑顔だけど困った顔をしてるしな。


「はい、そのスライムを素材にして作られた物がスライムシートです、でも現物はいうほどスライム感は無いですからまずは見てみましょう」


 言い終わると同時にユウカの手を引いて目的の露店に向かって行く、オレもアヤカも見失わない様追いかける、正直ゆっくり周りの露店も見たいがそんな事をしてると見失いかねない。


「あるとすればこの辺りのはずなんですが………あった! ありましたよ! あの丸められたやつです」


 指を差す方を見てみると、丸められて紐で縛られた何かが目に入る、さっき言ってた通り、ソレからはスライムらしさは一切ない、事前に知らされてなければスライムが材料とは感じない程だ。


「柔らかい物と硬めの物があるのでどちらが好みか確かめて見て下さい」


 どちらも厚みがあって、触った感覚としては柔らかい方はゼリーの様な感じで、強く握っても千切れたり形が崩れたりしないのか、硬い方は……寒天みたいな触り心地だ、力を込めれば力が掛かった分少し沈む仕組みか…………めっちゃいいなコレ。

 スライムって言われてちょっと引いたが、そんなことがどうでも良くなる程いい、絶対に欲しい!

 どっちにするかな、正直どっちも良い所が有るから悩むな、んんー。


「なあ、アヤカとユウカはどれを」


「すみません、この柔らかい方のを下さい」


「あっ、私も同じので」


「ありがとよ! 1つ大銀貨2枚だ」


 早えぇぇ、既に購入してましたか、1つ大銀貨2枚か~んんん……いや大銀貨2枚ならいっそどっちも買ってしまうか、その時の気分で使い分ければ良いし。

 店主の親父さんには驚かれたが2種類のスライムシートを購入することにした、これだけでも交易所に来た甲斐があった。


「これで今よりもずっと睡眠の質を上げられるし、体への負担も軽くなるな」


「でもコレ、移動中の冒険者が持ってるとこ見たこと無いけどなんでなんだろ、こんなに便利なのに」


 確かに見たこと無いな、単純に冒険者達が硬い場所で寝るのに慣れてるからなのか?だとしも寝やすいに越したことはないだろうし。


「あのぉ…それなんですけど」


 今度はティネアが恐る恐る話し出す。


「旅の荷物ってどうしても多くなるので、基本的に必要な物以外は持たないですから、それは真っ先に除外対象になるかと……案内しておいて今更な話なんですが」


 あぁウチにはアヤカがストレージ・スペースを持ってるから、その辺の事すっかり頭から抜けてたな、丸めてコンパクトにしてあるとはいえ確かに嵩張るし、普通なら旅に絶対必要な食料とかの方が優先されるか。


「すみません! すみません!」


「大丈夫大丈夫、このくらいどうとでもなるから!」


「ですね、まったく問題ありませんから気にしないで下さい」


「右に同じ、あとオレは素手用の武器を探したいんだけど、みんなは何か見たい物は無い?」


「これと言って私はありません……というより、正直何が欲しいのかまだ自分でわかってませんっていうのが本音です」


「私もー」


「武器なら丁度向かいに露店がありますよ」


 言われた方に目をやると短剣・剣・斧・ハルバート等多種多様な武器が並んでいるが、多くはオレ達が使う種類は見ない。

 他にも近くの露店には魔力を込めるだけで光を発する物や、腐ってる物を瞬時に判別してくれる物といったマジックアイテムがあったが、どちらもスマホやスキルで代用可能だし、何より値段がたっかい!


 光を発するヤツ、周りを少しボヤッと明るくするくらいで大銀貨8枚って何アレ!

地球の安いライトの方が遥かに神アイテムかってくらい違いがあるぞ!

 まぁ買ってしまえば松明を用意するだけの金や、荷物のスペースが空く分良いのかもしれないがオレ達には要らないな、そもそもリュックにLEDのモババ充電可能なソーラーランタンあったし。


「中々手に着けるタイプの武器って無いものですね」


「よくよく考えると、人間よりも身体能力の優れた魔物を殴るって発想自体が無いか」


「あり得そう、実際相当威力がないと大きい魔物とか、毛皮に覆われた魔物なんかには通ら無さそうだし………あっ」


「どうかした?」


「どうかしたというよりも、鑑識眼スキル視まくってたらスキルが強化された」


「良かったじゃない、使用回数や使用したことで経験値が入ったのかは分からないけど、強化されるのは歓迎よ」


「ホントそれ、あとで詳細確認しとくね」


「了解」


 ユウカの鑑識眼スキル強化に喜びながら目当ての物が見付からず、少し落胆しているオレの前に建物が目に入ってくる、何というか交易所にあるには似つかわしくない作りだ。


「ティネアさんこの建物は一体、露店と比べて相当豪華な様相だけど、これも交易所の建物なの?」


「ここは商人ギルドが管理している貴族や上流階級者専用の建物ですね、どんな物があるのかわかりませんが、恐らく相当貴重な物を扱ってるんじゃないかと」


 貴族御用達か……オレには全く意味がない物だ。

 視線を武器露店に戻すとグローブっぽい物、ガントレット?

 いや指先の一部分以外補強されてないからハーフガントレットのような物か。


 手に取ってソレの作りを見ると、手首・手の甲そして手の甲側の指の第二間接部分までは鉄製のプレートで補強されその先は何も無い。

 逆に手の平側は手首と指の第一・ニ関節部分以外は生地が無い、プレートと手の甲の間には厚手の生地が使われ、手の平側は刀を握る妨げにならない様に極薄のだが丈夫な生地を使ってる、手首や指関節の可動域も邪魔をしない。

 直ぐに店主に声を掛ける。


「すみません! これの値段はいくらですか?」


「ん? あぁそいつか、長い間売れ残ってたやつだからな大銀貨3枚でどうだ?」


「買います」


 ハーフガントレット 攻撃力+10 防御力+30

 オレは代金を渡して直ぐ身に付ける。

 良い、物凄くしっくり来る、甲側にある生地のクッション性で全力で殴っても手を傷めないようになってるし、その表面部分もプレートで補強されているから攻撃を捌き易い、攻守共に幅が広がる。

 そんなことを考えていると3人から。


「お兄気持ち悪い」


「人が多い所でニヤニヤするのは止した方が」


「アハハ…」


 どうやら自然とニヤついてたらしい、ティネアは苦笑いしてるし、ユウカに至ってはドストレートに気持ち悪いは刺さる。

 交易所の半分を見終わる頃には日が暮れてきた、流石に広いだけあって1日では全てを見て回れ無かったが、明日は騒動解決の大事な話し合いになるかもしれない、ゆっくり休んで不測の事態に対応出来るようにしておこう。


 -------------------------------翌朝---------------------------------


「―――、――――さま、ナナセさま!」


(……………なんだ? さっきからドアの向こうが五月蠅いけど何かあったのか?)


 頭も回ってない、目も半分しか開いてない間抜けな状態でドアを開けると、慌てた表情の女将さんが居た。


「………女将さん?…どうしたんす?」


「そ…それが、代官様の使いの方がいらしてましてナナセ様を呼ばれているのです」


 あぁなるほど、モリアスさんやオレが行動を起こすよりも馬鹿代官息子が先に動いたってことね、了解了解。


「そうですか、なら仲間と一緒に行くと使いの人に伝えて下さい、あとオレ達が出たあと、西門の警備をしているモリアスさんに代官邸に居ると伝えて貰えますか」


 オレは大銀貨を1枚渡すと女将さんは「わかりました」と言い戻って行った。

 取り敢えず3人を起こして出る準備をしてもらうか。

 コン!コン!コン!


「3人共起きてくれ、緊急……では無いけど相手に動きがあった」


 奥から微かにゴソゴソと音がして、人が近づいてくる気配がするとドアが少しだけ開く。


「お あ よ ぉ ご ざ い ま ふ、ちょっ と まっ て く だ しゃ い」


 朝早くに起こされたせいで、普段しっかり者のアヤカもまだスリープモードが抜けて無いな。


「オレも今から支度するから出来たら部屋前で待っててくれ」


「あ ~ い」


 とは言ってもオレの場合は防具なんて無いし、刀を差して上着を羽織るくらいだから直ぐに支度は終わる、だが念の為持ち物を確認しておく、肝心な所で物が無いなんて今回は洒落にならない。

 スマホ・モバイルバッテリー・充電残量・録画ファイル、どれも問題ないな。

 さてあの馬鹿の事だ、類は友を呼ぶって言葉通り自分の都合の良い様に話してるんだろうな、何とか話し合いが出来る状態ならいいんだが。

 最悪なのはその余地も無く投獄されてBAD ENDルートだ、そうなったらオレが囮になってアヤカ達に証拠と一緒に領主の所に行ってもらうか。


 だけどオレはあいつのプライドを確実に傷付けたからな、あの手のプライドだけは無駄に高い奴に限って、プライドを取り戻すため必要以上に人前で相手を痛めつけるだろう。

 それはもう傷を癒すよりも先に、自分が相手よりも強者であると示す為、そしてそれ以上に自分が気持ち良くなる為だけに、だからそうする前に投獄するなんてことは無い、そこだけは信用出来る。


「遅くなりました」


「眠い……」


「……………」


 いつも通りの2人とは別にソワソワと落ち着かない様子のティネア、無理もないな、彼女にとっては今日がある意味人生の分かれ道になるかもしれないんだから。


「よし行こう、代官の使いが来ている見たいだから」


 4人で宿の入口に向かうと姿が見えた瞬間こちらを睨み付けてくる使いの人、敵意を隠そうともしないのは代官に対しての行き過ぎた敬意なのか、それとも単純にオレ達を敵と見てるからなのか。


「お待たせしました」


「あぁ本当にな、たかが冒険者風情が、代官様付きの私を待たせるなんて何を考えている、私がここまで来てやってるのだから、さっさと出てこいまったく、行くぞ」


 この野郎、こっちがまだなんの説明もしてないのに、頭から決め付けで敵意を向けるだけじゃなく、口にまで出すか普通。

 大体代官様のお付きっていうなら、言動に気を付けないとならない立ち位置の人だろ……今に見てろよ…。


 言い返してやりたいが今この人に何を言っても無駄だろう、沸々と湧く怒りを我慢しながら宿屋前に止められた馬車に乗ろうとすると。


「誰が乗っていいと言った? 私は呼びに来ただけだ、お前達は歩いて代官邸まで来るんだ、ではまた」


 馬車の小窓からオレ達にそう言い放ち、御者に指示を出して走り去っていく、確かに代官の息子と揉めてるが、ここまでされる謂れは無いぞ。


 幸い、代官邸の場所はティネアが知っていたから、向かうのに問題にはならなかったが、その道中あの付き人について意見を募る。


「皆に聞きたいんだけど、あの付き人どう思う?」


「……正直に言うと頭に来てます」


「最初からこっちが悪いと決めつけてる感じがしてムカつく」


「見下してるのを隠そうともしないのでちょっと……」


 当然いい印象は持たないよな、まぁ向こうからすれば無名の冒険者が代官の息子に無礼を働いたって話なんだろうけど、こうもあからさまとは。


「了解、話が解決したあとにでもやり返してやるわ」


 その後も付き人に対してグチグチと言い合ってるうちに代官邸が見えてきた、流石大きな街なだけあって、遠目から見ても立派な造りだ、オレ達は門番に近付き、代官に呼び出されて来たと伝えると、途端に目付きが鋭くなる。


「そうかお前達が……」


 何か言いたいのか一言だけ呟いたあと門を通してくれる、やっぱり名士所縁の人間が言うと、嘘でも本当になるんだと実感する。

 そのまま進み建物の玄関を開けるとそこには1人の男性が出迎えてくれた。

 見た目的には60前後くらいだろうか、本当に綺麗な佇まいでそこには敵意や悪意は一切感じられない、これが本物の執事と言うものなんだろうと、初めて見るオレでもわかった。

 その男性はオレ達に向かって頭を下げ。


「お待ちしておりました、私はここの執事長をしておりますゴードンと申します。ナナセ様御一行様でございますね。これより皆様をご案内させて頂きます。どうぞこちらに」


 落ち着いた声色と丁寧な物腰で挨拶をして、屋敷の中を進んで行く。

 そして、2階の一番奥の部屋で立ち止まる、恐らくここが代官の居る部屋か執務室なんだろう。


「マクレール様、ナナセ様がお見えになりました」


「入れ」


 老執事は扉を開き、その横で頭を下げてオレ達に入室するよう無言で促す。

 部屋の中には代官とあの付き人が居た、全員が中に入ると老執事は退出し静かに扉を閉める、そして代官がこちらに声をかけてくる


「よく来た、私がこのセファートの街の代官アルヘイム・マクレールだ」


「お初にお目に掛かります。私はDランク冒険者のナナセと言います、そして隣からアヤカ、ユウカ、ティネアです」


「まずは掛けてくれ、そして早くに使いを送ったことで支度が間に合わず、歩かせることになったのは私のミスだ、すまなかった」


 あの付き人、自分が馬車に乗せなかったのに、それをこっちが原因みたいに伝えやがったな、一歩引いた位置で澄ました顔で立ってやがる。

(ッフ)

 こいつ今笑いやがった。


「それでは失礼して」


「今日何故ここに呼ばれたか、理由はわかっているかね?」


「ええ、思い当たる理由が一つしかありませんから。ですがどのような説明を受けてその判断に至ったかは、私達には分かりません」


「ほう、と言うと私が聞いた説明と君達の行動は必ずしも一致しない、という解釈でいいのかね?」


「恐らくは」


「私としてはまず謝罪をして貰いたくて呼び出したのだが、分かった。ではここからの発言は全て責任が伴う物として話してもらう、構わないね?」


「その前に一つお尋ねしたいのですが」


「何だね?」


「ご子息は今どちらにいらっしゃいますか?」


「この屋敷の別室で待機させている、呼ぼうかね?」


「いえ、屋敷内に居るのであれば結構です」


 逃げていないなら謝罪させて見下す気だな。


「では君達の責任の下、私に君達の行動の説明をしたまえ」


「畏まりました、ティネアさん」


「まずそもそもの始まりは、ご子息様が私を連れ去ろうとした事が発端なんです、ナナセさん達3人は、それを止める為に行動してくれただけです」


「待ってくれ、私の聞き間違か? 今連れ去ろうとしたと言ったのかね? 私の息子が?」


「聞き間違いではありません、ご子息様は少し前に西門で捕まった【砂漠の狼】を使って、私を連れ去ろうとしていたんです」


「ふざけるな! そんな馬鹿げた話信じられるか! お前達は息子と息子の友人達が出掛けている所を背後から襲い、金品を奪ったのではないのか!」


「もしそうであれば私達が未だにこの街に居ること、大人しくここに来ること自体おかしいと思いませんか?」


「それはっ! だが息子がそれを企てたという証拠が無い、もし君達の話が事実と言うのであれば証明して見せよ!」


 コンコン


「なんだ! 今は忙しい後にしろ!」


「それが西門衛兵部隊長のモリアス様がいらっしゃっておりまして、何でもナナセ様達に関係するそうです」


 女将さんが知らせてくれたのか。


「なんだと!? 分かった、通せ」


「失礼します。代官様、ナナセ達の話はどこまでお聞きしましたか?」


「息子が【砂漠の狼】という冒険者を使って、誘拐をしようとしていたという所までだ、証拠も無いのに幾ら何でも突拍子が過ぎる!」


「なるほどそうでしたか、残念ですが事実です」


「な……なんだと?! モリアス……今…事実と言ったのか?!」


「はい、それに証拠もあります」


「なっ!!」


 オレはスマホを出して代官に説明する。


「これは私の持つマジックアイテムですが、効果の一つに、これの周囲で出た音や周りの風景、人の姿を記録出来る物となってます」


「音や周りの風景を記録だと?! そんなマジックアイテムが存在して……」


 付き人の顔を見ると【砂漠の狼】と同じ顔をしている、向こうも視線に気付いたので、先程の礼とばかりに軽く笑って返してやると、顔を青くしている。


「そしてこの中に、ご子息の誘拐に関する証言や姿等が入っていますので、今からお見せします」


 そうしてスマホで録音録画した物を再生していく。

 ------------------------------------< 再 生 >-------------------------------------

「誰が乗っていいと言った? 私は呼びに来ただけだ、お前達は歩いて代官邸まで来るんだ、ではまた」

 ------------------------------------< 終 了 >-------------------------------------

「失礼しました、これは朝に付き人の方が私達に言い放ったものでした」


 チラッと付き人に目をやると絶望した表情をしている、バラされて困るなら最初からやるな、代官の方は……付き人を睨み付けてお冠だな、そもそも虚偽の報告をしていた訳だし当然か。


「代官様これはッ!」


「言い訳は必要ない、今すぐゴードンと変われ……補佐の失礼な振る舞い、雇主として謝罪する、申し訳ない」


 肩を落として部屋を出ていく付き人、これに懲りて見下す真似はやめて欲しい。


「お気になさらず、それよりも準備が出来たのでお聞き下さい」


 今度こそ本物の録音と録画を再生する。


 -----------------------------------------------------------------------------------------


「…間違いなく息子だ……まさかそんな……息子が誘拐の主犯?」


「それも少なくとも10人は居るという話です、まぁその辺はご子息の強がりかもしれませんが」


 高価そうな椅子に座りながら頭を抱えて机に突っ伏す代官、その表情は証拠の映像を見てもまだ信じられないといった感じだ。

 親である以上、息子を信じたいという気持ちは分かるが、これが事実、紛れもない現実である以上、受け入れてもらうしかない。

 それから少しの沈黙の後。


「モリアス、屋敷の兵を数人呼んでくれ」


「……それは、ご子息を捕らえる為でしょうか」


「それ以外何がある! 私はあいつの親でこのセファートの代官だ! 子が誤った道に進んだのであれば正すのが親の役目! その結果が例え死罪でもだ! それに………街の者に法を敷く側の者であるからこそ、縁者には厳しくなくてはならん!」


「わかりました、直ぐに呼んできます」


 最初は息子の話を信じていた様だから家族には甘い人物と感じたが、証拠を出してからの話し合いではセファートの代官であり、厳格な親の姿だった。

 息子の死罪すら視野に入れて裁量できるとは、日本の政治家達も見習ってほしい。


「あと、この件に関してはまだ後ろに何か居るかもしれませんよ」


 この一言に真っ先に代官が反応する。


「それは糸を引いてる者が居る、ということかね?」


「寧ろ居ないとおかしいレベルの話ですよ、まぁソレを含めても末端も末端でしょうけど」


「何故末端と言えるんだね、もしかしたら重要人物に繋がってる可能性も」


「穴だらけの杜撰な計画、簡単に情報を話す統制のない襲撃者、現場に出て計画を破綻させる主犯、こんな何時足が付くかも分からない奴に重要人物を繋げますか? 直接取引したい貴族や上流階級者が居ますか? 正直今まで出来てたのが奇跡ですよ」


「そうか……だがそうなると私だけでは対処出来る域を超える………ここは領主様にお願いして、関係者を徹底的に調べて貰う様にお願いしよう」


「それが賢明かと、ただそうなるとご子息は死よりも辛い目に遭うかもしれませんよ」


「あぁ、だがそれが愚息の犯した罪だ……苦しんで貰わねば困る」


 話が一区切り着いた頃、モリアスさんが数人の兵士を連れて戻って来たので、息子が待機している部屋へと向かう。

 恐らく兵士に連れられて来たオレ達を見れば、謝罪に来たものと取るだろうな。


「ここだ………ホーナー入るぞ!」


 扉を開けるとそこにはソファーに座り笑顔を浮かべる代官息子、いやホーナーと呼ぶべきか。

 代官の背後に居る兵士とオレを見ると、勝ち誇ったような下卑た笑顔に変わる、本当に罪悪感の欠片も無いってのが、良く伝わってくるタイプだ。


「お待ちしておりました父上、その者達に謝罪をさせる為にこちらに来られたのですね、さぁお前達、卑劣にも私と友を背後から襲った非礼を詫びて貰おうか! 謝罪によっては私から減刑を嘆がぁっ!」


 代官が無言で近づいて座ってるホーナーを殴り飛ばした。

 あれは痛いな、喋ってる間に横まで行って思いっきり頬をぶん殴るなんて、口の中も切れてるんじゃないのか?

 こっちとしては見ててスカっとしたけど、結構容赦無い人だな代官。


「ち……父…上…?」


「謝罪すべきはお前だろう! あのような大それた事をして、良くもそんな態度を取れたものだな!!」


「一体どうされたのですか父上!」


「どうされた? どうされただと!? それはお前自身が一番分かっているだろう! 私は全て聞いたぞ!!」


「き……貴様らぁ…父上をどうした!!」


 迫真の演技だな、バレると自分がどうなるかだけは理解しているのか。


「自分が一番分かってるだろ?」


「ふざけるなよ……私がっ!」


 多分動画の中でもトップクラスに聞かれたくない部分を再生してやる、なんて優しいんだろうな。


 ------------------------------------< 再 生 >-------------------------------------


『分かんねぇ馬鹿だな、てめぇはここで殺すし、女は全員売られて終わりだ、報告は出来ねぇし持ち込めもしねぇ、それにな? 代官は俺の親父だ、分かったか馬ぁぁぁ鹿ぁ!』


『『『『ギャハハハハハハ!』』』』


「楽しく笑ってる所すまないが、オレ達がいつお前達より弱いって言った? そんなこと言った覚えは一度も無いんだが」


『はぁ? お前達はDランク、こいつ等はCランクで人数もこっちが上、そんな事も分かんねぇとか【砂漠の狼(あいつら)】以上の馬鹿かよ、おい!女の顔は傷つけんなよ値段が下がる!』


 ------------------------------------< 終 了 >-------------------------------------


 全員の冷たい視線がホーナーに刺さる。


「あ…いや違っ……これは…その……」


 再生された音声を聞いて、ぶつぶつと呟きながら顔を青くするホーナーに、追い撃ちをかけるように続ける。


「声だけじゃなく、その時のお前の姿も全部マジックアイテムで記録してる、絶対に逃がさんからな」


「あ……あぁ………」


「死罪で簡単に楽になれる等と考えるなよ、お前は領主様に引き渡して、徹底的に関わった者の情報を吐かせる、どんな手を使ってもだ! 連れていけ!」


 モリアスさんと兵士数名に囲まれて連れていかれる中、ヤツは大声で叫ぶ。


「待って! 謝る! 助けて! 嫌だッ! 全部話します! 許して! ごめんなさいぃぃいぃぃぃ!」


 それは被害者への謝罪ではなく、あくまで自分が助かりたいが為の謝罪、当然そんなものに意味が無いのはその場の全員が分かっており、誰も聞く耳を持つことなく連れていかれた。


「今回息子の引き起こした件と、一方的に謝罪を求めるような真似をしてしまった件、父親としても代官としても謝罪をさせて欲しい、本当に申し訳なかった」


 再度最初に通された部屋に戻ると、代官から正式な謝罪をして貰ったが、別にこの人が悪い訳ではないので申し訳ない気になる、3人がどう感じたかは分からないが連れていかれる姿を見て割と留飲が下がったしな。


「その謝罪を受け取るに当たり、私から一つだけ条件を出させて下さい」


 屋敷に到着してから初めてアヤカが口を開きその第一声が、【条件を出す】、これにはユウカもティネアも驚いてる。


「私に出来ることであれば、何でも言ってくれ」


 普段冷静なアヤカだから無茶な条件は出さないと思うが、一体どんな条件を出すつもりなんだ。


「私の出す条件は、彼の被害に遭った女性で、まだ命を繋いでいる方は、必ず全員助け出すと約束して頂きたいんです」


 …か、最悪な事態も考えて多少譲歩はしたとはいえ、被害者の救出とは厳しい条件を出すな、正直代官に出来る範疇を越えていると思うがどう答える。


「わかった、約束しよう、私の私財を投げ擲ってでも、必ず息子の被害者達を助け出すと」


 考える間も無くとは、こちらもまた大きく出たな、スマホがあるから下手な発言をすれば自分の首を絞めるってのは分かっているはず、いや…ある意味これはこちらに証拠を残すことで何があっても助け出すという代官としての強い決断なのかもしれない。


「ありがとうございます。私もその言葉を信じて代官様の謝罪をお受け致します。皆もそれでいい?」


「私もそれでいい」


「大丈夫です」


「オレも謝罪を受け取ります」


「謝罪を受けて頂き感謝する、アレを」


 代官が目配せをすると、老執事がそれぞれの前に小袋を置いていく、おおよそ検討は付いてはいるものの一応は。


「代官様これは?」


「僅かばかりだか謝罪金だ、どうか受け取って欲しい」


「そうですか…では、ありがたく」


 袋を開けて金額を確認したいが、そうすると金にがめつい感じがするので、かっこつけてそのまま懐に仕舞う、あくまで金の問題では無いアピールだ。


「それで君達はこれからどうするのかね? 聞けば少し前にセファートに来たそうだが」


 別に目的を隠してる訳でも無いしいいか。


「私とアヤカユウカの3人は、長旅に備えるためこの街に来たので、数日過ごした後ここを発つつもりです」


「長旅……なら私が体を休めるのに良い施設を紹介しよう、そこでならきっと万全な状態で旅に出られるだろう」


 嬉しいんだけど代官のオススメってなると、それは高級そうなイメージがあるんだが、善意からの紹介だろうし断り辛いな、こんな時NOと断れる性格なら良かったとつくづく思う。

 老執事から場所と施設名を聞いて代官邸を後にしようとすると、来た時と帰る時とで使用人と兵士がオレ達に向ける目が違うのが分かる。

 双方の説明を聞いてから敵意なり悪意なり向けて欲しいが、有名と無名とじゃスタートラインが違い過ぎるし無理な話か。

 敵意悪意それが嫌なら、自分達の名を上げるしかないが、名を上げれば上げたで別の面倒事も増えそうだし悩みの種だ。


 謝罪金 各金貨5枚

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る