第5話 戦闘訓練

 手続きを終えてゼノスさんに通された応接室でギルドの説明とカードの発行を待っていると、お茶を持って来てくれたシーラさんが謝罪してきた。


「皆さん、先程の件は何も出来ず申し訳ございませんでした。ギルド規定に抵触してでもあの人達を止めるべきでした」


「いやシーラさんは何も悪くありませんから気にしないで下さい」


「そうですよ。悪いのはメチャクチャな事をしてきたあの人達だけですから、シーラさんが謝る必要はありませんよ」


「ありがとうございます。そう言って頂けるといくらか気が楽になります」


「それよりも、今ギルド規定って言ってましたけど、何かあるんですか?」


 オレはシーラさんから出た言葉で気になる部分を聞いてみた。


「はい。ギルド規定の中で皆さん、というよりも冒険者の方達に関係する規定として、基本ギルドは冒険者間での揉め事には関与しないと言うものがあり、それを破ると何かしらの罰則を受けることになります」


 警察でいうところの民事不介入のアップグレード版みたいなものか、いや罰則があるってことはダウングレードか。

 にしても止めに入ったら罰則というのもどうかと思うけど、仕方ない部分もあるか、ギルド職員、特に女性職員と冒険者とでは力の差があるから、職員を守る為の規定なんだろう。


「あのシーラさん、さっきのスコーピオン人達ってどうなるんですか? まさかあれだけの事をして厳重注意ってだけじゃないですよね?」


「あの人達でしたらランク剥奪のうえ、衛兵に捕まえてもらうことになっています。町中で剣を抜いたうえ、明らかに悪意を持って人に向けましたから、恐らく結構重めの罰金刑になると思いますよ」


「あれだけの事をして、重めとは言え罰金刑で済んじゃうんですね」


「その場で罰金を払えれば確かに解放されますが、不足していれば即座に犯罪奴隷となって、非常に厳しい環境での重労働を罰金を支払い終えるまで課せられます。恐らく罰金額も一人金貨20~30枚程になると思うので、まず間違いなく数年は重労働確定でしょう」


 犯罪奴隷…この世界には奴隷制度があるのか、知らなかったとは言えオレもそうなる可能性があった、今後はこの世界の常識が分からないまま無茶な事はしない方が良いな。


「どうしてあの人達が払えないってわかるんですか?」


「それはあの人達全員、少し前に有り金はたいて武器を新調したって言いふらしていましたから、お金なんて確実に持ってませんよ。しかもその武器をナナセさんが全部破壊しましたし」


 あぁ、なるほど、それなら金なんてないわな、無駄にちょっかい出してこなければ運命は変わってたのに、だからと言って同情の余地は欠片もない、自業自得だ、ついでにオレもシーラさんに聞いておこう。


「シーラさん、冒険者ギルドで地図とか売ってたりしませんか?」


「地図ですか? 各街を記した物でしたら銀貨1枚で販売してますよ、1枚でよろしいですか?」


 銀貨1枚か、念のため無くしたとき用に予備で1枚、アヤカさんのストレージ・スペースに保管してもらおう。


「なら2枚お願いします、代金も今支払いますね。」


「ありがとうございます。ではギルドカードと一緒にお持ちしますね。」


 これでこの国での現在地がわかるし、徒歩での移動もしやすくなる、冒険の計画性も増すから2人と道中や宿で相談する機会も増えるなと考えていると、ギルドカードが出来あがった。


「お待たせ致しました。ギルドカードの発行が出来ましたのでどうぞ手に取って下さい、あとこちらが地図になります。」


 材質は分らないが質感的に金属っぽい感じのカードだ。


「皆さんは一番下のGランクからとなります。このカードに魔力を込めるとステータスとスキル・魔法情報がカードに読み込まれます。ステータスは絶対表示となりますが、スキル・魔法で表示したくないものは自分の意思で隠すことが出来ますので、各自で設定をお願いします。」


 そう言われてオレ達はユニークスキルを隠すように念じて魔力を込めるとそれがカードの中に吸収されていく。

 続けてシーラさんがオレ達に冒険者ギルドの説明してくれる。


「これで皆さんはどこの冒険者ギルドに行っても依頼を受けることも、素材を買取ってもらうことも出来ますが、幾つか注意しなければいけない事があります」


「ただ達成するだけじゃダメなんですか?」


「その通りです。全冒険者ギルドを通じて受けられる依頼は必ず1つです。そして基本的に依頼は受けてから達成すること、これは他の冒険者が達成出来なくなるのを避ける為ですね。ただ討伐等は突発的に遭遇して倒してしまう事もありますので、その場合は倒した冒険者に報酬は支払われて違約金は発生しませんが……その……」


 シーラさんが言い淀んでる、何か言い辛いことでもあるんだろうか。


「あのシーラさんどうしました?」


「あぁいえ、その…違約金は発生しないんですが、依頼を受けた冒険者に対して、倒してしまった冒険者が食事代や飲み代を出すといった風習というか、そんなものがありまして」


 あーなるほど、突発的とはいえ、相手の討伐対象を奪ってしまったことに対しての謝罪金みたいなものか。

さっきギルドは【冒険者間での揉め事には関与しない】、と言ったばかりだからそりゃ言い難いわな。

 スマホがあれば連絡を入れて、ってことも出来るのかもしれないけど、この世界にはそんな物は無いから、冒険者同士で貸し借り無しって意味合いで、飲み代や食事代を出すって事が始まったんだろうな。


「でもシーラさん、ものによっては緊急性の高い事もあると思います。それらも依頼を受けてからじゃないといけませんか?」


「アヤカさんの言われる事もわかります。そういった緊急性の高い依頼書には、とあるマークが付いていますので、それらであれば討伐証明の提出と共に、後報告で問題ありません」


 ならその手の依頼は受注依頼とは別に確認しておいて、難易度は高いだろうけど可能なものであれば積極的に達成していくのがいいな。


「そして受けられる依頼は自分のランクの1つ上までとなっており、各依頼書には達成日数や討伐証明部位、報酬額違約金額の他にも、場合によっては必須条件と様々な情報が明記されていますので、必ず依頼書を確認してから受注するようにして下さいね」


「わかりました」


「あと他には………そうだ希少アイテムの等級の説明をしてませんでしたね」


「アイテムにもランク見たいなのがあるんですか?」


「はい。一番下からノーマル・レア・ハイレア・エピック・アーティファクト・レジェンダリとなってます、鑑定系のスキルを持つ人ならすぐに分かるんですが、居ない場合はギルドが有料で鑑定を行っています」


 つまり居なかったらアイテムをここまで持ってこないとダメって事ね、オレ達にはストレージ・スペースのスキルがあるアヤカと、鑑識眼スキルを持ってるユウカが居るから問題無いな。


「エピック・アーティファクトクラスのアイテムはものすごい買取額になりますし、レジェンダリに至っては、国の年間予算を超えるとすら言われてますので、是非探してみて下さい」


 国家予算以上ってまた凄まじいな、だがそれだけの金額を出す価値か効果がそのアイテムにはあるんだろう。


「他に何かご質問等はありませんか?」


「あのー、私から質問いいですか?」


「はい、なんでしょうか?」


「どうしたらランクアップって出来るんですか?」


 そうだった、肝心のランクアップについて何も聞いてなかった、ユウカさんが気付いてくれて助かった。


「ではランクアップについて説明しますね。いくつか方法がありまして1つ、依頼達成時に付与されるポイントを集めて試験に合格する方法。2つ、ギルド役職者からの推薦昇格試験に合格する方法。3つ、大規模な討伐作戦やダンジョン走破等大きな戦功を上げる。これら3種類あります。殆どの場合1のポイントを集めてランクアップ試験を受ける流れになりますね」


 頻繁に推薦を受けられたり、討伐作戦があるわけじゃないからこればっかりは地道に上げるしか無いな。


 シーラさんからギルド関連の説明を聞いたオレ達はお礼を言いギルドを後にした、外はもうすっかり日が落ち露店もボチボチ終了な中、辛うじてまだやってる所で晩飯をゲットしつつ、宿に戻って地図を見ながら今後の相談することに。

 ・晩飯 串焼き1本大銅貨1枚×10本


「明日この町を出て、南東に下って行けば国境を越えられるから、立ち寄った町で治安が良さそうなら、まずはそこを足場にランクを上げるのはどうかな?」


「そうですね、周りの冒険者達もあれでは、また何があるかわかりませんしね」


「職員さん達には悪いけど、スコーピオンあの人達が絡んで来ても、止めるでもなく同調してくる冒険者が多くいる所はちょっとね」


「そうだね、登録しに行くだけであんな事になるとは……」


「気を付けないといけませんね」


「本当、姉さんと2人で冒険していたらどうなってたか」


 ホントその通りだ、最悪スコーピオンあの連中の言ってた通りになる可能性だってあった、ここは地球じゃなく異世界なんだという事を忘れないようにしないと。


「確かに、2人ともかわいいし、ああいう荒くれ者だけじゃなく、そういう商売をしている奴から狙われるってこともあるか、気を付けないとな」


「「ッ!?」」


「二人ともどうしたの?」


「い、いえ、……なんでも」

「ありま……せん」


「そう? じゃあオレは女将さんに朝食は歩きながら食べられる物にして欲しいって伝えてくるよ」


 オレは女将さんにお願いするため、部屋を出て下に向かう。


「女将さん居ますか?」


「おや、どうしたんだい?」


「すみません、急なんですが、明日の朝食は歩きながら食べれる物でお願いできますか?」


「あぁかまわないよ、全員同じでいいかい?」


「構いません、ありがとうございます」


「楽しみにしといておくれ!」


 これで女将さんへのお願いもしたし部屋に戻るとしよう。

 しかし陰キャの自分が異世界とはいえ、女の子と同じ部屋で寝泊まりする事になるとは、向こうに居た頃には考えられないな。

 そもそも女の子の友人なんて一人も居なかったから接し方が分からない、ぶっちゃけ嫌われない様にする位しか思いつかない。

 いや、そもそもそんな話じゃないな、仲間として苦楽を共に旅をするんだから信頼関係を築いていかないと続かないな。


 そんな考えをしながら部屋のドアノブに手を掛ける直前で気が付く。


 女の子がいるんだから、例え自分の部屋でもノックして確認した方が良いよな、万が一着替え中だった場合絶対に気まずい、冒険の序盤も序盤からそんなハプニングはキツイ。


 (コンコン)

「戻ったんだけど、扉開けても大丈夫かな?」


「ええ、大丈夫ですよ」


「それじゃ失礼を」


「どうしてノックしたんですか? 私達の部屋なんだから普通に入ればいいのに」


「いや、2人が居るからあえてノックしたんだけど、ほら、着替えとかしてる時に開けると気まずいでしょ? 少なくともオレは気まずいから」


「そ……そうですね」


「確かにそれは……」


 意識し始めるとそうなるよな、出来る限り忘れないようにしよう、お互いの為にも。


「そうだ、国境に向かいながらどこかで、アヤカさんは剣の、ユウカさんは魔法の試し打ちをしてみたらどうかな? ぶっつけ本番で魔物と戦うよりはいいと思うんだけど」


「そうですね、魔力を流した剣の扱いに慣れないと」


「私は魔法の練習か、そういえば魔法の名前がわからないのは、どうしたらいいのかな」


「ステータスの魔法の部分をタッチしたら何か出てきたりしない?」


「やってみます」


 習得魔法

【初級】ファイアーアロー ライトニングショット ヒール アンチポイズン

 アンチパラライズ ライティング

【下級】フレアアロー ファイアーウォール サンダーショット サンダースパーク

 フォースヒール アンチコンフュージョン アンチスリープ フォース リフレックス

【中級】フレイムブラスト フレアレイン フレイムマイン ライトニングジャベリン サンダーストーム ライトニングバインド ヒーリング ヒールライト アンチストーン アンチデッドリーポイズン フレイムフォース ライトニングリフレックス


「初級から中級まで結構あるみたいだね。炎は野営や明かりとして便利だし、雷は魔物の素材を傷付けないで入手するのに良さそうなうえ、感電させて足止めや捕縛にいいかもしれない」


「なら、攻撃のメインは雷魔法にします、そういえばナナセさんはどうして前衛をするのに防具を身に着けないんですか?」


「あぁそれは、刀って流派にもよるけど、ウチは全身の力や捻りを使って斬るから、鎧を着ると動きの邪魔になりそうで着てないんだ。あとはユウカさんの治癒魔法を頼りにして」


「まかせてください」


「明日の方針も決まりましたし、そろそろ休みましょうか」


 アヤカさんの締めの一言でオレ達は眠りについた。


 翌日、朝食を受け取ったオレ達は女将さんにお礼を言い、冒険者としての一歩を踏み出し国境へ向かう。


 朝食を食べながら歩いていると、街の近くという事もあり冒険者をちらほらと見かけるので、他の人の装備が気になったオレは何人かすれ違い様に横目で追ってみる。

 服の上半身や鎧・盾なんかは、魔物との接触が多いからか汚れや傷が多く目に付く。

 ハードレザーや鉄防具に傷を付けられるだけの攻撃、まともに食らうのだけは避けないとだ。


「すごいですね」


「え?」


 アヤカさんの唐突な一言にマヌケな声で返してしまった。


「すれ違った方達の装備には、どこかしこ傷が付いてました。私達もその道を進んでるんだなって」


「確かに……魔物の情報をゼロで冒険者な分、下手な初心者よりヤバイかも……そうだユウカさん、戦いになったら真っ先に魔物を視て鑑識眼オレ達に教えてくれるかな?」


「了解です。その情報を基に、やばそうな魔物なら戦わずに逃げるってことですね?」


「そうだね、この世界の普通の人や、ある程度の冒険者達よりは強い自信はあるけど、上には上がいるし、何より死にたくないしね」


 そういうと2人は頷く。

 昼・夕方と時間が過ぎ、薄暗くなってきたところで、適当な場所で初めての野営準備をした。


「じゃあ私は晩御飯の準備をしますね」


「私は魔法で火を起こしますから、ナナセさん薪を集めてきてもらえますか?」


「わかった、ちょっと待っててくれ」


 薪になるものを探しに藪の中に入っていくと、思いのほか枝が多くて助かる、木の実やキノコも見つけたが、さすがに素人目じゃ食用かどうかもわからないし、何より触れるだけでも危険な種類もあったりするから放置だ、多めに薪を拾い2人の元に戻る。

 晩飯を食べながら見張りについて2人に相談する。


「夜の見張りはオレ一人と、アヤカさんユウカさんペアの2交代で休みを取れるようにしたいんだけど、どうだろ?」


「私達もそれで構いません、ナナセさんお先にどうぞ」


「いや、オレは3時間も寝れば十分体は休まるから、出来れば2人に先に休んでもらえると助かるかな」


「いいんですか?」


 聞き返すアヤカさんに、オレは視線をユウカさんに向け「眠そうだから」と言い、先に休んでもらいその後オレが休ませてもらうことにした。


 それから2日後、国境手前の草原地帯に到着し、アヤカさんとユウカさんの訓練をすることに。


 アヤカさんの武器であるチェーンブレイドの扱いに最初は苦戦するかなと思っていたが、鑑識眼スキルで見た通り、魔力を流した形態だと自由自在に操ることが出来るみたいだ、通常形態の攻撃中から鞭形態に変更させたりと武器の特性を確かめてる。


 ユウカさんも魔法を放ってその感覚を確かめてるみたいだ、ただ放つだけじゃなく他にも魔法の強弱、範囲、目標に向けて正確に単体・範囲魔法を打ち込めるかの練習もしていた。


 そんな中オレはと言うと、2人が最初に戦うのにいい魔物が居ないか辺りを見渡す、出来ればそんなに大きくなくて強くも無い魔物が好ましい。

 うろうろとあちこち探しまわると赤くて牙の生えたウサギが2匹と、離れた所に頭だけじゃなく額にも一本ツノが生えた大きなシカがいた。

 さっそく練習中の2人を呼んで見てもらう。


「今まで見たことあるウサギより遥かに大きいですね……大きいというかゴツイというか、牙もありますし」


「顔もカワイイじゃなく完全に怖いだね、子供に見せたら泣く」


【ファングラビット】 

 Gランクの魔物:大きい見た目によらず俊敏で、攻撃のメインは牙による噛みつき、毛皮・尻尾・牙・肉とほぼ余す所なく使える


【シャープホーンディアー】

 Cランクの魔物:素早いうえ硬く鋭いツノを持ち、それを使った突進の威力はかなりのもの、更に体格が大きいものになるとワイルドホーンディアーと呼ばれるBランクの魔物になる


「シャープホーンディアーはオレがやるから、ファングラビット2匹をアヤカさんユウカさんの2人で倒してみて、倒し方は2人に任せる」


 オレはゆっくりと距離を詰めていく。

 近付きながら相手を観察するとツノ先端が槍の様に鋭利になっている、これなら名前の由来になってもおかしくない特徴だ、まともに当たれば突く裂くどちらでも致命傷を与えられるだろう。


「フゥゥゥッ!」


 警戒網に入ったのかこちらを振り返り威嚇してくるが構わず進む、そんなオレに腹を立てたのか、ツノを突きだし猛スピードで突進してくる、そしてぶつかる直前にシャープホーンディアーは横に飛びのく、フェイントのつもりなんだろうけどこっちは10年以上みっちりじいちゃんに叩き込まれてる、そのくらいじゃフェイントにもならない。


「ッ!!」


 突進攻撃を避けながら首を目掛けて全力で抜刀する、刀はそのまま首を斬り飛ばしシャープホーンディアーは地面に倒れ込んだ。


「ナナセさん大丈夫ですか?」


「あぁ、ケガもなくこの通り」


「あんなデカイ魔物を一撃……」


「回避した時に首が良い位置にあっただけだよ、胴や硬い顔だったら多分暴れまわってると思う、あと、冒険者として旅を続ける以上はこう言うのには慣れないといけない」


 そう言ってオレは指を差す。

 釣られてその指の先を追う2人、そして目に入るのは今倒したばかりのシャープホーンディアー。

 ではなく、その首だけ。


「「ひっ!」」


 2人は揃って短い悲鳴を上げるが、オレは更に一言加える。


「あれよりも酷い状態を見ても悲鳴ひとつ上げない様になってもらうつもりだから、そのつもりでね」


「あれよりも」


「酷い状態……」


 実際魔物一匹倒す度にそんな事になっていたら冒険者なんて務まらないだろう、気持ち悪かろうが、怖かろうが、慣れてもらうしかない。


「じゃ次は2人が戦う番だ」


「魔物との実戦……」


「冒険者を名乗るなら避けられないか」


「危なくなればオレも加勢するから、がんばって」


 2人は数回深呼吸をしてから意を決して近づいて行った、ファングラビットとの距離がある程度迫った所で向こうが気付いた。


「キィィィ!」


 鳴き声をあげて2匹が一斉に駆けてくるが、2人は既に武器を構えてる、最初の一匹がアヤカさんに飛び掛かる。


「ハッ!!」


「ギッ!」


 それから目を逸らさずに避けながら剣を振るう、ファングラビットは横腹から背中にかけて深々と斬られ地面に転がる。


 そしてもう一匹はユウカさんに向かっていく。

 しかも、相手が魔法を使う事を理解してるのか不規則に動いてくる、そんな相手にどう魔法を当てるかな。


「あぁもう!ちょこまかと動くな!下級雷魔法ライトニングスパーク


「ギィィイィィィィ!!」


 強力な一撃を当てるよりも、まずは足を止める事を優先しての範囲魔法か。


初級雷魔法ライトニングショット!」


 魔法で感電している間にトドメの一撃、初めての魔法戦闘としては十分過ぎる出来だろう。


「お疲れさま、よく一撃で仕留めようとしなかったね」


「実は結構やろうとしてました、でも動きが速いせいで狙い辛かったから、範囲魔法で先に足を止めたんです」


「やろうとしてたんだ、まぁ、魔法の精密操作は今後の課題にしていこう」


「りょーかいです。ところで姉さんはどこに?」


「そういえばあれからアヤカさんを見ていないな」


 2人でアヤカさんを探しに戦ってた辺りへ声を掛けながら行くと。


「っ!……うえ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙」


 ファングラビットとその近くで吐いているアヤカさんを見つけた。


「うっ……あれって」


 ユウカさんもその姿を見て顔色を悪くする。

 見えているのはぐったりと横たわってるファングラビット、そして出血と共に横腹からはみ出す様に出ている斬り裂かれた内臓。

 更にアヤカさんは初めて魔物を……いや生物を自分の手で斬った感触、少し前まで女子高生をしていた女の子には厳しい現実だろう。

 向こうの世界じゃ基本こんな光景を目にする事は無いし、なにより生物を手を掛けること自体、普通に生活していれば無い事だ。


「キィィ…」


 流石は魔物と言うべきか、この状態でもまだ生きているみたいだ。


「アヤカさん、止めを」


「え!? む……無理…です……出来ません」


「……これ以上は可哀想」


「いいや逆だ、今の状態なら放って置いても死ぬだろう、でもそれは激痛が走る中ゆっくり時間を掛けて死ぬってことだ、オレにはその方が余程残酷で可哀想だと思うけど?」


 2人は黙ってしまった。

 人によって見方は変わるだろうが、恐らく激痛が走る中ゆっくり時間を掛けて死ぬ、この言葉の始まりと終わりを想像してるんだろう。


「これはオレのエゴかもしれないけど、死と言うのは結果だ、この魔物はさっき一撃で腹と内臓を斬り裂かれてる、オレ達の想像を絶する激痛が走ってるはずだ、違うかい?」


「それは…わかります……でも」


「でもだろうと何であろうと死ぬまで激痛それは続く、そしてオレはその魔物を助けないし、別の魔物が助けに来ても倒す、何があってもこの魔物に待つのは死だ」


「ううぅぅぅ……」

「どう足掻いても死を待つだけなら、いっその事止めを刺してやって、少しでも早くその激痛を終わらせてやった方が良いんじゃないか?」


「……あの……代わりに」


「オレは手を出す気は無いよ、こいつに剣を振るったのはアヤカさん自身だ、それなら最後までその責任を持つんだ」


 共に旅をする仲間だから手を貸さない訳は無いが、コレは別だ。

 この世界で冒険者として旅を続けるのなら、魔物に対しての甘さは今すぐ捨てなければ命に関わる。

 魔物の日常がサバンナの野生動物以上に命懸けだとしたら、そんな奴等の前で甘さを見せればそれは弱点になる。

 時間が経てば次第に慣れるだろうけど、魔物がそれを待つ訳もないし、それどころか弱点と分かれば確実に殺しに来るだろう。


「うぅぅ……」


 落ちている剣を拾い泣きながら近付いていく。


「キィ…キィィィ……」


「ひぃ!」


 今の彼女には鳴き声の一つが助けを求める声と同時に、呪詛にも聞こえてるかもしれない、いや、本当に魔物の言葉を理解出来たら言ってるだろう。


「ごめん……なさい」


 目を閉じ、顔を背けながら既に行った事、そしてこれから行う事に対して一言言葉を掛けて構える、だが先程と違い、動揺しているせいで剣が酷く震えてる。

 オレはそこに一声かける。


「顔を背けず目を開けるんだ、最後の瞬間まで何があるかわからない」


「ちょっと待って! 私達魔物を倒すのなんて初めてだし、いきなりそんなキツイ事言わなくても」


「キツイとかそんな事じゃなく、オレ達は魔物の生態に関して全くの無知だ、そんな未知の生物相手に、弱ってるとは言え目を瞑るなんて危険過ぎる」


「それは、そうかもしれないけど……でも今じゃなく追々出来る様になれば」


「いいえ…ナナセさんの言う通りだわ……窮鼠猫を噛む、この言葉通り最後まで何があるかわからない、なのに私は目を瞑った……その瞬間自分が死ぬかもしれないのに」


「勿論向こうの世界観を忘れないのは大事だ、でもまずは、最低限自分の命を守れる位に強くならないと、ステータスの強さだけじゃなく、精神も含めて」


 そう言い終わるとアヤカさんは真剣な表情をして真っ直ぐに魔物を見る。


「……私は仲間として頼るのではなく、自分が嫌な事、不快な事を避ける為にナナセさんに押し付けてようとした」


「命のやり取りなんて初めてだし忌避感があって当然だ、でも、この世界で冒険者をするなら超えなきゃならない、死なない為にも」


 アヤカさんの顔色はまだ良くはならないが何か考えている。


「魔物は私の事情なんて考えない、決して待たない、一切躊躇わず殺しに来る……自分が生きる為に、でも私は死にたくない、なら、死なない為に私はどうしたらいいのか……」


 彼女は一人自問自答する。


「私を…命を殺そうとするのなら」


 そしてアヤカさんが何かを決意した様な強い目をして再度ファングラビットの前で剣を構える。


「魔物を…………確実に倒すしか…無いっ!」


 最後の一声と共に、魔物の首に向けて全力で剣を振り降ろす。

 鈍い音がしたあと首と胴が離れる、魔物でも余程の事が無い限りこの状態で生きている事は無いだろう。

 アヤカさんは。


「ハァハァ……」


 剣を握る手が震えて息を切らせている。

 これ以上はやめた方が良さそうだ、気持ちの整理もあるだろうし今日は早めに野営の準備をしてしまおう。

 オレは倒した魔物をストレージ・スペースに収納させてもらい、ユウカさんにあとを頼んで野営に必要な薪を集めに出た。

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