第42話 情報共有は密やかに


 いかに本人から大丈夫だから、心配しないでと言われようと心配をしてしまうのが人間で。

 そんなわけで私アカネは今日依頼されていた分の仕事が終わるや否や、騎士団の駐在所へと足を運んでいた。


「イェシルさん!ポールさんもご一緒だったんですね」


「お、アカネ。鏡晶の森の見回りに行ってたんだ」


 駐屯地に入る前に遠目に見えた影へと声をかければ、こちらに手を振りあっという間に駆け寄ってきた。

 素直わんこ騎士。ゲームでそう呼ばれていた片鱗に自然と頬が緩む。


「聖女様もお忙しいんだろ?駐屯所うちにのこのこ来る暇なんてあんのか?」


「ポール、その言い方はアカネに失礼だろ……」


「いえ、気にしないでください。本当ならもう少し普段から皆さんとお話ししに来たいのですが、最近足が遠のいていましたし」


 おかげでイェシルとポールがあの後どれくらい関係が修復できたのかもゆっくりとは聞けていないくらいだ。

 内心で今度話を聞こうと決意しつつ、まずは今日足を運んだ目的を確かめないと。

 両の手のひらをあわせて小首を傾げる。


「ネグロさんの姿をここ最近見かけていなかったので、少し気になりまして…‥お忙しかったりするのでしょうか?」


「団長?ああ、そっか、教会所属だから知らないのか。ネクロ団長ならここ暫く各地の街に遠征に行ってるよ」


 その言葉に息を呑めば、そんなことも知らないのかと言わんばかりにポールが鼻を鳴らす。


「そもそも団長がこれだけ長い間一つの街に滞在していたことが特殊だったんだ。各地の駐屯の様子把握と問題が起きた村や街を巡って……あの人の精力的な働きあってこそ、今の騎士団があるんだからな」


「それは知ってますけど……」


 ここにヴァイスさんがいるのに????


 ──いやいや、今のネグロ様はヴァイスさんが敬愛し終生の忠誠を誓っているヴァイス元皇太子殿下だと知らないのはわかっている。わかっているが知ってしまった身としては歯痒さの方が上回るもので……。


「アカネ?どうしたんだ急に首なんて振って」


「っ、い、いえ。なんでもありません!そうするとお会いするのは無理そうですかね……」


「あー、なんか上の人たちは定期的に連絡を取ってるらしいけどな。通信機だっけか。それを使うと、魔月の民なら連絡が取り合えるらしい」


 ネグロは言わずもがな魔月の民でありながら国を守る騎士団のトップに立った人。彼に憧れて騎士団入りを果たした魔月の民も幾人かいて、彼らは通信士として駐屯所に配置されている。


 そんな豆知識を聞きながら私は口元に手を当てた。


「どうしたんだ?そんなに眉間の間におっきな皺を作って」


「いえ……その、実はヴァイスさんのことで……」


「アッハイ」


 ポールがどこか遠い目をして肩をすくめてから、駐屯所の扉を開く。


「ひとまず立ち話も何だし中に入ろうぜ。オレもイェシルもタオルで体拭きたいし、どうせ話も長くなるだろうから食堂に集合で」



 *



「…………はぁ。それでアンタに降りかかる火の粉を全部華麗な根回しで防いだ上で本人はのこのこと商会に向かったと……」


 面倒くさいとポールの顔にはありありと書かれていた。察しが良い人なんだろうなとその顔を見れば伝わる。イェシルの方はといえばポールほど事態を重くは見ていないのだろう。単純な心配だけが浮かんでいた。


「でも、それは心配だな。ヴァイスのことだから無茶はしないと思うけど……でも、何でこれを団長に話そうと?」


「その……もしいらっしゃるのならそれとなく話をして、どう動くかはネグロさんにお任せしようと思ってたんですが」


「業務専用の通信機まで使って伝えるほどのことか……って言われちゃ微妙なラインだな」


「はい……」


 私もヴァイスも騎士団に所属しているわけでもない部外者だ。ヴァイス自身は大丈夫だと断言していたのも伝える必要がない点に拍車がかかる。

 それだけなら悩む必要はないのだけれど……。


「……ポールさん、参考にお聞きしますけど万が一ヴァイスさんが今厄介なことになってるとして、それを何も知らせなかった場合ネグロさんって……」


「絶っっっ対面倒なことになると思う」


 断言されてしまいました。分かる(分かる)。


「でも業務に関わらないことで勝手に通信機使って始末書書かされたくもねぇ〜!」


「まあ間違いなく怒られるだろうなぁ。厄介になってるとも限らないし、せめてそれを判断してからでいいんじゃないかな」


「でも、ネグロさん個人の話ならさておき騎士団としての動きにさせると今度はヴァイスさんが大変そうなんですよね……」


 あちらを立てればこちらが立たず。

 三人で神妙な顔を突き合わせていれば、それら全てを笑い飛ばすような大声が聞こえてきた。


「がっはっは!何だぁ?ぶっちゃけ頭抱えてんなぁ、お前ら!」


「「ツィルハネ師団長!」」


 騎士団所属の二人が立ち上がり、礼をするのはこの駐屯所の実質的な責任者である男性。白いあご髭を撫でながら、鷹揚とした目線をこちらに向ける。


「お前ら三人が揃っててあと一人がいねぇなんて珍しいな。ヴァイスは今日は一緒じゃないのか?」


「あ、ええと、ヴァイスさんは……」

「今日は黒百合商会に見学に行ってるらしいです」

「おいこらイェシル!!」


 ポールが慌てて隣にいた友人の頭を叩くが時既に遅し。口をあんぐりと開けた師団長に、残る二人は目を逸らした。


「はぁ、ほーん……ほぉーん……ふぅん。……おーいユーリスー!今通信って出来そうか?」

「いえごめんなさい待って待って!!」

「それも確かに手だと思うんですがあと三十秒くらい相談させてくれませんか!?!?」


 展開が急すぎる。ポールと一緒にツィルハネ師団長の腰のあたりにがっしりとしがみつくと、呆れたようにあご髭を撫でられた。


「えっ、何でそんなに二人とも焦ってるのさ」


「確実にこの流れだと大事になるからだよイェシルこの馬鹿野郎!!!!」


「騎士団と商会が全面衝突するのはヴァイスさんが一番望んでないので…………」


 最悪自分が原因でややこしいことになっていると分かった瞬間雲隠れでもしてしまいそうだだだ。あの人は変なところで思い切りがいいし最優先に切り捨てるのは自分自身な気がしたから。


 私たちの焦りを受けてか、大きなため息を吐いた師団長が私たちの頭を乱雑に撫でる。髪の毛がぐしゃぐしゃになるけれども、その手は暖かかった。


「はぁ〜〜、分かった分かった。ぶっちゃけ俺も面倒は望んでないからな。別件で連絡しつつ雑談で話題にするくらいにすっから」


「師団長様……」


 まずい。師団長ルートがないにも関わらずときめきそうだ。とくんと高鳴る胸は、けれども次いで聞こえてきた声に縮み上がった。


「ぎゃんぎゃんとがなり立てないでください。だから貴方は脳みそが筋肉で……、…………」


 食堂まで文句を言いに足を運びに来たユーリス秘書長官は、師団長の腰にしがみついたままの私たちを見て固まった。



 その聡明な頭が私たちの顔ぶれと先ほどの呼びかけ、そしてここに居ない残る一人を理解して目まぐるしく動き出すように踵を返す。


「良いでしょう!何があったかは分かりませんがネグロ騎士団長を急務で呼び戻せばいいのですね。任せておきなさい」


「「「待った待った待った!!!」


 思わず敬語も何も忘れて叫び、消えていった影を三人でまとめて追い縋った。

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