第40話 手紙の効力


 ヴァイスさんの衝撃の告白と共同戦線を張ってから数週間、私の周りはといえば落ち着いたものだった。


 否、ようやく落ち着いたといえばいいだろうか。これまでずっと頭を悩ませていた名声が上がらない問題。それが気がついたら依頼の内容に相応しい数値で上がるようになったのだ。


「何があったんでしょう……いえ、何をしたんですか?ヴァイスさん」


 アカネのこれまでの頑張りが報われたんじゃないかいと穏やかに微笑む青年をジト目で見る。無関係なわけがないはずだ。何せ名声が安定したのは、彼が動きはじめて間もなくだったのだから。


「そんな怖い顔をしなくても……前にも何度か言っただろう?アカネの名代として手紙を何通か出させてもらっただけで」


「それだけでこんな解決するわけがなくないです!?」


 一から十まで説明してほしい。このままでは私がヴァイスなしで生きられない体になってしまう。私は壁になりたいタイプのオタクであって挟まりたいタイプのオタクではないのだ。

 それに何通などと生やさしい数ではないはずだ。現に彼の仕事机の上には山積みになった手紙が載せられている。


「とんでもない数の手紙ですけど、こんなに覿面な効果があるなんて信じられないです。一体どなたに送っていらっしゃるんですか?」


「簡単な話だよ。いかに巨大な商会と言っても全てを独占しているわけでない。必ず商売敵はいるものだ」


「商売敵」


 微笑みを浮かべて彼は立ち上がる。山積みの手紙の中から特に上質な紙でできている手紙を取り出して、私へと差し出した。


 表面に刻まれた刻印はわからないが、オリンティア商会の偉い人から届いたものだというのは宛名を見て察せられた。


「商売敵の人……に何の手紙を送ってるんでしょうか?」


「何、大した話ではないさ。アカネの名代だという挨拶と、彼らの取引している物品への賞賛と、是非そちらの街に伺う機会があれば話をさせてほしいというくらいのね。

 ……ああ、前に君やバラッドから聞いていた滞在地とは別の地域の商圏に限っているから、移動した後に厄介になることはないと思うよ。声をかけているところはどこも誠実なところだからね。君が無事に物語の筋道を終わらせて、それからゆっくり声をかけてくれても大丈夫なような伝え方はしているから」


 説明を聞いてますます頭に疑問符が湧く。

 信頼できて力がある商会をヴァイスが知っていることは理解できる。何せ彼の正体はこの国の元皇太子殿下。国内の産業や商会の趨勢すうせいを把握する立場だった人だ。


 でも、それがどうして最近の名声の依頼安定に繋がるのでしょうか?首を傾げた私に解説するように、ヴァイスさんの指が白い砂が敷き詰められた板を滑る。


「この街で黒百合商会の力が強い。これは国の主権を持つ商工推進派の傘下にある街にモーガル大臣が聖女を配置するようにし向けたのもあるだろう。

 今のままでは他の商会たちは君に近づく可能性すら排除されていたわけだ」


 ……そのことには思い至らなかった。商会というのがリメイク版で出た設定だから、知りようがなかったのは事実だけれど。


「え、ええと……つまり、外の手出しできなかった他の商会の人に、仲良くしましょうって手紙を送ったんですか?」


「そんなところだね。聖女との繋がりを持てるかもしれないとあらば、当然彼らは君の風評を保つ、あるいはそれを更に押し上げられることを望むものだ。そして商人というのは遠方と安定して取引をできるところは強いと相場は決まっている」


 そこで言葉を区切ると、ヴァイスさんは手紙の一枚を差し出してこちらへと渡してくる。

 そこには先日私が受けた治癒用のポーション作成依頼の御礼と、仲介を頼んだこの街の住人にもよしなに言っておくと記載がしれていた。


 ……つまり、手紙一枚で未来への安定を望む大商人たちを上手く煽り、彼らにとって遠方であるこの街に影響を与えさせたわけだ。


「…………ヴァイスさん、怖……」


「えぇ……」


 しまった。本音が口から転がり落ちた。

 困惑した返事がきたが、幸い気を悪くした様子はないヴァイスさんに慌てて両手を振る。意味もなく指先が握っては開くのを繰り返した。


「ち、違うんです。やってること自体は分かりますしマメですごいなって思うんですが、いくら聖女の名代の肩書きがあったからってそんな相手を狙い撃ちにして手紙を出して読み通り交換稼ぐってコミュ障には全く理解できない荒業というか人身掌握の天才ですか??」


「落ち着いて落ち着いて」


 どうどうと嗜められました。ぐぬぅ。

 一度深呼吸をしたのを見て、ヴァイスは肩の力を抜く。


「とは言えやりすぎてしまうと今後の君の動きを制限することにつながるからね。後二週間で今月も終わるけれど、アカネは次の月にどこに滞在するかは決めたのかい?」


 先月の終わり、対策はして損はないからとヴァイスの提案通り街に残っていた。お陰で名声もだいぶ余裕が持ててきたから、このままイーダルートに残っても別の街に移っても、問題の四ヶ月目には皇宮にいけるはずだ。


「まだ悩んでますね……イェシルとよくご飯に行けるくらいには仲良くなれたのでもうちょっと残りたい気もしますが、他の場所で出会える攻略対象の存在も惜しくて……」


 そこまで言葉にしたところではたと気がつく。一瞬眩暈がした錯覚を抱えながら、喉を無理やり押し開いた。


「…………ヴァイスさんは、どうするつもりですか?」


 彼は今、“アカネは”と尋ねた。

 耳にした彼の事情とこれまで過ごして知った性格を鑑みるに、下手に自らの正体が明かされる可能性の高い場所に足を踏み入れるつもりはないのだろう。

 つまり、私がこの先どこに滞在するか次第で──遅くとも、皇宮に滞在することになる再来月には、もう彼はいなくなる。


 その事実を改めて突きつけられて尋ねれば、彼はいつもと何ら変わらぬ笑顔を浮かべるのだった。


「……そうだね。その方向を検討するためにも、明日黒百合商会にまた行ってこようと思う」


「…………はぁあ!?明日!?黒百合商会に!?!?」

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