第27話 模擬戦闘③


 未だ日が見えない早朝から、三度目の模擬戦闘は行われる。


 この瞬間はいつだって緊張する。だけど、ヴァイスはオレの動揺が剣に伝わるとそれだけで刃は鈍ると言っていた。だから深呼吸をして、足が踏み締める大地を強く意識する。


 布陣は前回と変わらない。これは模擬戦闘の通例でもあるが、一騎当千の在り方が変わったところで騎士たちからは不満の声も出ていた。

 これまでだったら役割を果たしていればそれで良かったが、今回はネグロ団長と相対できる者が限られるのだ。誰だって見せ場を発揮できる持ち場につきたがるのは当然だろう。


 ま、その意見は他ならぬツィルハネ師団長が両断したわけだが。


「前回見てて予想はしてたが、独断専行してるやつが多かったなぁ?ぶっちゃけた話、手柄にしか注視しないような騎士が団長と対峙して善戦できるとは思わないなぁ」


 にこやかながらも圧を感じさせる目は『だったら普段から真面目に鍛錬していい立ち位置に上がるんだなヒヨッコども』と訴えていた。あの目に食い下がれるやつは余程の自信家か空気を読めないやつだろう。


 その点では昨日のようにオレやポールが追い回される不安は薄い。元より師団長たち上層部が同じだけの力量を持つものにぶつかるようにと作られた布陣だ。


 実質的には初日と同じ状況だ。だが、一筋縄ではいかないことを実感したのは模擬戦闘が開始してからだ。


(……!全然打ち込んでこねぇ……!)


 昨日のこちらの動きから、目的を察していたのだろう。周囲の騎士が突撃してくることはあれど、肝心のポールの撃ち込みがこない。


 このまま時間切れになってしまっては、特訓の成果が台無しだ。二人にだって申し訳が立たない。だからといって下手に動けば、今度は初日の焼き直しになる。


『いいかい。動くなということは何も避けることもなくされるがままでいろということではない』


 突如、脳裏に声がよぎる。

 最初に地のグラディウスの扱い方について指南を受けた時、そんなの無理だと弱音を言った時にヴァイスが言ったことを思い出したのだ。


『大切なのは君がグラディウスの内包する地のエーテルと、自らが踏みしめている大地の相関を意識することだ。倒れぬ一本の大樹こそが自分だとイメージするといい。しなやかなそれが動くことはあれど、根が土から引き剥がされない限りは倒れない。地を意識して戦えば、その剣は必ずや応えてくれるだろう。それだけの力を秘めた剣だ』


 なぜ彼が皇国騎士団に代々伝わるとされるグラディウスの知識を持っているかはわからない。だが、友人の言葉を信じて一歩踏み出すだけだ。


 オレは剣!その大地を揺るがされぬ限りは決して倒れない!



「うぉおおぉ!!!」

「…………っ!な……!」


 こちらから突進してくるとは思わなかったのだろう。虚をつかれたポールはけれども、その細剣が先日と同じように向けてくる。だが、アカネの保護の術式は先日以上に強化されていた。その程度の攻撃が通るはずもない。


 大きく振り上げた大剣が、彼の守っていた赤旗もろとも彼の防具を砕いた。



「そこまで!!勝者、黒軍!!」


 ツィルハネ師団長の宣言と共に辺りに歓声が響く。

 感情のままに雄叫びを上げて拳を突きあげれば、深い深いため息が下方から聞こえてきた。


「はぁぁあぁ……まさかお前に剣の腕で負ける日が来るとか。屈辱……」


 ポールが兜を外し、赤い線を引いた籠手で顔を覆っている。思わず眉間に力を込めながら、その傍らに膝をついた。


「その言い方はやめろよ。オレだけじゃなくて特訓に付き合ってくれたアカネやヴァイスにも失礼だぞ」


「……はっ、甘ちゃんが」


 その物言いにずきりと胸が痛む。ヴァイスのいう通り強さは示したけれど、だが……。

 けれども彼は、皮肉げな表情をすぐに消し、そのまま上体だけを起こしてこちらを見てきた。



「……悪かったな。こないだは。やらかした癖に相変わらず脳みそが足りないとか言ってさ」

「え、あ……や。オレが思ったままに動くのは本当だし」


 いきなりの言葉に苦笑を浮かべて頬をかくオレを横目に、バツが悪そうな様子でポールが自らの後頭部をかき混ぜた。


「それはそうだけどさ。……嫉妬してたんだよ、オレは。オマエが昔やらかしたにも拘らずにその剣をもらったって。ネグロ団長のことだから、何か考えがあるはずなのは当たり前なのに。贔屓だとか思ってさ」


 実際贔屓してたのは、オマエじゃなくて別のヤツだったみたいだけど。

 そう口にして笑った青年の視線の先に誰がいるのか、追わずともオレにも分かった気がした。


「良いんだよ。実際これまでのオレのへっぴり腰でなんでグラディウスを……って思われてたのも仕方がないし」


「ははっ、自覚してんだから世話ねえな。でもま、見直したぜ、お前のこと」


「ちょ!いきなり背中叩くなよ!」


 オレがグラディウスを団長から授けられる前を思い出すようなやりとりに、自然と笑いがこぼれてきた。




「よっし! それじゃあ一時間の休憩の後、一騎当千を開始する!今回選抜されたのは、ザケル、ニック、イェシル、エドガー、ポール! 以上の五人だ!」


 ツィルハネ師団長の宣言にあちこちから歓声や苦悶の声が上がる。上がった名前に、ポールが自嘲めいた笑いをこぼした。


「まさかオレがまだ選ばれるなんてな」


「お前なぁ。二回オレを倒しておいて選ばれないとかんなこと団長たちがするわけないだろ」


 公正すぎるまでに公正な人だ。……まあ、今は少しばかりが出来てしまったようだが。

 お陰でこれでもう悔いがないとも言いきれない。というわけで、こちらの背中を叩いてる腕を掴んで、思い切り引きずった。


「…‥ってことで、だ。ポール、見直してくれたついでに一個、オレの悪巧みに付き合ってくれねえか?」


「…………何考えてやがる」


 途端にぶすくれた顔でこちらを睨んでくる青年に、思い切り笑みを浮かべてやった。

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