第26話 燃料供給


「なんつーか、最近団長が変なんだよなぁ」

「ネグロさんが?」


 イェシルが私にそうこぼしたのは、午後の空き時間の鍛錬中。明日の朝に行われる最後の模擬戦闘に向けた特訓中だった。

 私が重ねかけした保護の術式も破壊できるくらいになったイェシルが一旦休憩すると岩に座りながら口にした言葉に、私の内心は昂った。


(え!? ネグロ様の変化や機微に気がつけるイェシルくん!? 新たな解釈が放り込まれてきたわ……!)


 オタクというのは推しと推しが同じシーンに登場しただけで狂喜乱舞するもの。こんな匂わせ発言に食いつかないわけがない。

 とはいえ聖女としての義体、もとい擬態は外せない。純朴そうな笑みを意識したまま、前のめりになるのを押し留めながら話を聞く体勢に入る。


「変ってどんな風にでしょうか?もしかして体調が悪いとか……?」


「あー、いやいや。そういうわけじゃないんだけど最近身の回りのことについて聞かれるっていうか。前に別の街の鎮圧を終えたと思ったらすぐさま帰ってきたことがあってさ。労いの挨拶をかけようとしたらそれよりも前にヴァイスのことを矢継ぎ早に聞かれたり……」


 それを聞いて両手を合わせて天に祈りを捧げなかったことを褒めて欲しい。昨晩食事に誘ったことといい、あの二人やっぱり公式でめちゃくちゃ絡みがあるやつですね!?

 平静に、平静に。口の端が歪につりあがりそうになるのを無理やり引き締めながら相槌を打つ。


「へ、へぇ〜……。何ででしょうね?やっぱり前の皇太子殿下のことを思い出してるのでしょうか?」


「かもなぁ。俺も話でしか聞いたことないけど、団長が話をする時にその人の話題が出なかったことないし」


 ですよね〜〜!内心で全力で同意した。

 あれほどに亡き皇太子殿下を慕っているキャラクターだ。そうであってくれなければ困る。


 これは引き続き目を離せない……!そう決意を固めていれば、後ろから声をかけられた。


「何の話だい?」


「ヴァッ!ヴァイスさん……!」

「おっ、ヴァイス。いや、ネグロ団長が最近お前のことを気にして俺に声をかけてくるんだよなって話」


 振り返ったところにいた白銀の髪の青年は、イェシルの言葉を聞いて苦笑を浮かべた。



「ああ。その話か……、迷惑をかけたね。多分これからはそこまで話を聞かれることはなくなると思うから」


「えっ!な、何でですか!?」


 思わず聖女の擬態を放り投げて食ってかかってしまった。彼の襟首を掴む勢いの問いかけに、ヴァイスがその青い瞳を丸くさせる。


「何故……と言われても。彼は私を行方不明の皇太子に重ねているだけだろう? それはお互い健全な形ではないからね。軽く話をしてきたんだ。……もしかしたら少し、気落ちされるかもしれない。二人もその姿を見たらそれとなく気にかけてあげてほしい」


 服にシワができそうな程に強く握りしめる青年は、それでも穏やかに微笑みを浮かべて、あろうことか私たちにそんなことを言ってきた。




「いやいや、そんなおいし……もったいな……ネグロさんが気落ちされているのなら、尚更ヴァイスさんが行った方がいいでしょう」


 私がそのフラグを潰してどうするんだ。内心暴れ散らかしながら告げた言葉に、イェシルがうんうんと頷いた。


「そうそう。オレもアカネもそりゃ他のやつに比べたら団長と話す機会もあるけど、それでも立場があるわけだし。何より、お前自身がぶつかった結果凹まれてるんだったら、お前がいかないでどうするんだ」


「イェシル……それを君がいうのかい?」

「オレだから言うんだよ。劣等感を抱えたままでいいのかとお前に言われたオレだから」


 にっと笑みを浮かべたイェシルは、そのまま言葉を続ける。


「重ねられてるのが嫌っていうなら、それをヴァイスはもうぶつけてきたわけだろ? ネグロ団長がもちろんそれについてオレらの意見を聴きたいっていうなら話もするさ。でも、最終的にはアンタら二人の問題だ。ヴァイスもその時が来たら、逃げ隠れしちゃダメだぜ?」


 二人の問題だと言われた瞬間のヴァイスの顔といったら!眉だけでなく口元もわかりやすく下げ、困っていることが誰から見ても明らかなほどだった。



(いつだって穏やかな青年が、こうまでネグロさんのことで困り果てるんですか!?!?)

 やだ……元々ネグロさんと亡き皇太子殿下の話は萌の塊だったけどこっちのヴァイスさんとネグロさんの関係にすっ転びそう……。

 心情だけならもう地面に転がって天を仰いでいるが、二人のやりとりという名の燃料供給は止まらない。



「……巻き込まれてはくれないのかい?」


「お前が本当に迷惑してて、団長と話ももうしたくないってんなら壁になってやるさ。でも、ヴァイスの言い方からするにネグロ団長の方を心配してるんだろ? それとも、それだと都合が悪いのか?」


「悪いというか……困るというか」


 青い鳥がぱたぱたと音を立ててヴァイスの肩に止まる。視線を一瞬だけ向けた彼の目は、鳥に判断を伺っているようにも見えた。


「煮え切らない言い方だなぁ……よし、じゃあこうしようぜ! オレがネグロ団長との一騎当千に選ばれたら、剣を交えるついでに聞いてやるよ。心理戦はガラじゃないけどさ!」


「え、」


「そもそもその前にポールにオレの実力が飾りじゃないって見せてやるところからだけど。それが終わったら次はお前の番ってことで」


「えええ……」『ピィッ!』

「ふふっ」


 滅多にないヴァイスの狼狽えた表情と、青い鳥の甲高い鳴き声が綺麗にシンクロしたのに思わず笑いをこぼしてしまう。

 せっかくだから私も、このままイェシルに便乗してしまおう。


「そうとなればイェシルさんにもっと強くなってもらわないといけませんね。私も頑張りますから、ヴァイスさんもサポートお願いします!」


 手伝ってくれるという言質は既にとっているわけですから。にっこりと笑顔でつめよれば、年相応の困った顔を浮かべている。

 そこにいるのは昨夜の月に照らされた神秘の人ではなく、人間関係に困った一人の青年だ。


「…………まあ、それで二人が一丸になって頑張ってくれるのなら、それはそれで一つの目的は叶うか」


 独り言のように呟いた声は、全て聞き取ることは難しく。それでも声の調子から何かを納得したのは分かった。


「分かった。……でも、もし話をイェシルが聞いたところで私一人の手に追えなさそうだったら、その時は二人ともまた助けてほしい」


「ん、勿論!」「分かりました!」


「引き続きよろしく頼むよ。……それで、法術を壊す訓練の方はどうなっているんだい?」


 ヴァイスの言葉にはっとなる。法術のより良いかけ方と打ち砕く方法について、法術に詳しい彼に聞きたいことはごまんとあったので。


 明朝の模擬戦に向けて、私たちは改めてヴァイスに詰め寄ることになったのだった。



 ◇



 三度目の正直という言葉があるのだと言ったのは、異世界から召喚された聖女、アカネだった。

 相変わらず彼女は自らが聖女だと名言はしないまま、故郷にある成語だとそれを教えてくれたのだ。


「最初や二回目にはうまくいかなかったことも、三度目には上手くいくという言葉です!……ここまで頑張ったんですから、イェシルさんの腕前と覚悟も、きっとポールさんに伝わりますよ!」


 そう言ってイェシルの手を握るアカネ。

 肩に止まっていたバラッドが私にだけ聞こえる副音声を紡ぐ。


《ゲームの当イベント発生時に近しい好感度を獲得されたと推察されます。目的は達成されたと言えるでしょう》


 バラッドのお墨付きだ。この遠征訓練全体としての意義はひとまず果たされたと言えよう。

 ……とはいえ叶うならばイェシルとポール、二人の関係性もいくらか修復されてほしい。悪化の要因に私の存在が横たわっているのなら尚更だ。


「イェシル、頑張って」

「おう!アカネもヴァイスも、応援してくれよ!」


 大きく手を振り上げた彼は、そのまま騎士たちの隊列へと駆け出していった。

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