第17話 点検と青鳥の呆れ


「ポールがバグに関わっている? だとするとまずいんじゃないかな」


《肯定します。彼は攻略対象でこそありませんが、イェシルとは因縁の深いNPCです。彼がバグの影響を受けているとなると、イェシルのクエストが通常通り進まない可能性があります》


 先ほどアカネの提案をすげなく断った身だが、そうも言ってられないかもしれない。

 無論出しゃばるわけにはいかないが、裏で支援できるように情報は集めておく必要がある。


 教えられていた道の先にあった古い平屋の建物の扉を開ければ、ずいぶんと埃が積もってる。

 口元を袖で覆いながら足を踏み入れた。


「あまり使われていないのかな……こほっ、そうなると空想遊戯との差異が気になるね。本来のポールとイェシルの関係性はどんなものだったんだい?」


《おおよそはイェシル自身が先ほど語った通りです。彼はイェシルと同期で、彼の夢想的な動機についての理解を示してくれた、イェシルにとっては親友ともいうべき存在でした。ですが、ネグロ騎士団長が地のグラディウスを本来予定していたポールにではなく、イェシルに与えたことで関係が拗れます》


「本来は彼が授けられる予定だったのか……」


 だとしたら不和の元凶はあの剣であり……つまり、ネグロの行動に起因していることになる。


「そうなると、ポール自身にもだが、ネグロにも話を……」



「──私が、どうかしたか?」


「っ!!」



 心臓が飛び出るかと思った。それくらいに衝撃的だったのだ。振り返れば閉めたはずの扉は開いており、その向こう側に騎士団長、ネグロが立っていた。

 咄嗟にバラッドの袖の下へと隠す。なるべくなら姿を見せたくない。


「ネグロ殿、このような場所にいらっしゃるとは……」


「ここは騎士団の備品庫の一つだ。遠征訓練時程度しか使わないが、私が来ることはおかしくない。むしろお前こそ、何故ここにいる?」


「騎士たちに頼まれましたから。ここの備品に保護の法術をかけてほしいと」


 手近にあった防具へと手を伸ばし聖句を唱えれば、わずかに被っていた埃がふわりと浮かび、銀の輝きがいっとう濃くなる。

 その光に映し出されたネグロの眉間に深くシワが刻まれた。



「はあ……あいつらめ。勝手によその者に仕事を押し付けて」


「彼らとてあなたの手を煩わせたくはなかったのでしょう。教会に依頼するとなればまた調整が大変ですから」


「否定はしない。今の奴らは前にもまして厄介な様子だからな。……それで、先ほどの独り言はなんだ」


 彼はそのまま備品庫へと足を踏み入れ、真っ直ぐとこちらに向かってくる。以前よりも伸びた彼の身長は、お互い立った状態でも頭ひとつ分上だった。


「……大したことではありませんよ。遠征訓練でお忙しいのでしょう?このような場所に雑談で留め置くわけには」


「気遣いは無用だ。ここの備品状況の確認をする必要があるからな。下の者たちには訓練に集中させたい中で、私がいればそれこそ集中できまい」


 ──真偽はどうあれ、これは口を割らねば許されなさそうだ。隣で私が保護の術をかけた防具の点検に入りながら、無言の圧をかけられる。


「先ほど模擬戦闘でイェシルが使っている剣を見たのですが、あれは地のグラディウスでしょうか」


「…………そうだ。私の持つ火剣グラディウスと属性を異にするものだ。よくお前が知っているな」


「イェシルから聴きましたし、皇国の歴史を知る者なら一度は名前を耳にするでしょう」


 知識まで失ったわけではありませんからと、口にしながら薄氷を踏む思いだった。正体を隠さねばならない相手に対してのやり取りは相変わらず肝が冷える。


「あなたから賜ったのだと聴きました。それと、これは噂での又聞きですが、本来授ける候補は別にいたとか」


「私が奴を贔屓した、と。そう言いたいのか?」


「いいえ」


 片側の唇だけを奇妙にあげる男に首を横に振って返せば、上がった唇はすぐに下がる。


「あなたは贔屓などで判断を過つ人ではないだろう。ましてや個人ではなく組織に関わることだ。だからこそ、どんな意図があったのかと気になったまでです」


「……。どうだろうな、お前が思うほど私は聖人ではないかもしれんぞ」


《ネグロ騎士団長にとって、公明正大・清廉潔白・聖人・過つことのない存在とは全てヴァイス元皇太子殿下を指します。故に自分がその観点で賞賛をされることは彼の意志を継ぐものである以上当然であると同時に、身の丈に合わないものだとも思っています》


 お前の中での私はどれだけの位置についているんだ。


《ネグロ騎士団長の中でのヴァイス元皇太子殿下の位など、神よりも上に決まってるじゃないですか?》


 当たり前のように答えないでほしい。袖の中に匿った青い鳥に胸中で返答をしながら、ゆるゆると首を横に振る。


「聖人とは思っていませんよ。けれども正しくあろうとする姿勢は素晴らしいものだと」


「……」


「それで、何故でしょう。素人目にはあのポールという青年の剣の腕も中々の物でしたが」


 話を戻せば、固まっていたネグロがはっと肩を揺らす。


「あ、ああ。……お前のいう通り剣の腕だけならポールのほうが上だが、イェシルは今騎士団に所属している者のうちもっとも地属性に本質が偏っている」


「地属性に?」


「そうだ。魔法的な感覚だからお前たちにはわからぬかもしれないが」


《ネグロ騎士団長はこの国で数少ない魔法の使い手で、幼少期はそれ故に差別意識を向けられ、隔離された空間で育っていました》


 副音声の解説がなくとも知っている。魔法を扱う才を持つものたちを保護するために作られながら、いつしか差別と隔離の場として扱われるようになった魔月闇管理地区ルーメン・オーエン・ルナ

 そこに従兄弟である彼が存在していると知り、手を伸ばしたのは他ならぬ私だった。


「グラディウスは属性を秘めた剣だ。当然、その属性に適性のある者の方が力をより引き出せる。今の剣の腕前は確かにポールの方が上だが、潜在的な能力を総合して判断したまでのことだ」


 そうだったのですねと短く首肯して、次の棚にある備品へと聖句を唱える。やはり彼なりの意図があったことは理解した。惜しむらくはそれを彼らか把握しきれていないことか。



「……お前はイェシルと親しいのか?」


「え。……どうでしょう、記憶を失って、はじめて会ったのが彼だったのと、こちらを気遣って世話を焼いてくれはしましたが」


「親しいのだな」


 どこか難しい顔をして、勝手に納得した様子のネグロは、不意にこちらへと手を伸ばす。


 眠りから目覚めた時に変色していた白銀の髪をひとすくい手に取り、感触を確かめるように梳かれた。


「……このような時、なんと言えば良いのかわからないな。部下を慮ってくれたことへの感謝か、あるいは……いや」


 言葉を不意に区切り、首を横に振る。ネグロ自身は自己完結をしたようだが、私としては何が何だか分からない。


「以前、昼食くらいならと言っていたな? 野営地の夕食だ。大したもてなしは出来んだろうが、このあと食事を摂る時間は」


「あ……はい、後方部隊の人たちに声をかけておけば大丈夫かと」


 何せ騎士団長直々の声かけだ。向こうも内心はどうあれ頷かざるを得ないだろう。……遺憾ではあるが。



「そうか。なら後ほど西の大天幕に来るといい」



 短くそれだけを伝えて、記していた記録帳をネグロは閉じる。そのまま声をかける間もなく、男は来た時と同じような躊躇いのない足取りで備品庫を出て行った。



 奇妙な沈黙が降りる中、口を開いたのはバラッドだった。


《ちなみにですが、ヴァイス。先ほどのネグロ騎士団長の「自分の部下を気にかけているようだなという発言」「無言で髪を触る」「食事に誘う」のポイントは全て、ネグロ騎士団長の嫉妬イベントに登場するものです》


「え」


 場面と内容に差異はありましたが、大筋そのようなものですと見つめるバラッドのつぶらな瞳は、今はどこかジト目だ。


《恋愛乙女ゲームと言ってますよね? 主人公でなくてあなたが攻略してどうするんですか》


「…………。……面目ない」


 不条理ではないか。そもそもあれは嫉妬なのか。内心うずまく疑問は捨てきれぬまま、愛らしい黒いつぶらな瞳の圧に耐えかねるように目線を逸らした。

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