第16話 聖女の思惑と保護の術


 空元気を出して立ち去った男を追うこともできずに残された私たちは、けれども何か意気込んだ調子のアカネが口火を切る。


「ヴァイスさん、放っておけないですよね」


「何がだい?」


「決まってるじゃないですか。イェシルさんとポールさんのことです!」


 彼女は握りこぶしを作り、こちらに詰め寄らんばかりの情熱だ。私はといえば……彼女が放っておけないと意欲を燃やしてくれるのはありがたいが。


「放っておけないと言われても……具体的にどうするつもりだい?」


「二人が腹を割って話せる場を作るんです! スケジュールを見て空いていそうな時間にそれぞれに声をかければ……」

「受けてくれると思うかい? イェシルの今の反応だとさらに傷を抉ることになり得ると思うよ」


「……それは」


 俯くアカネへ言葉をかけるように、彼女には聞こえない声をバラッドが紡ぐ。


《イェシルの連続イベントでは、実際に一度主人公の計らいで二人が邂逅し、その際にポールが放った言葉でますますイェシルが曇ることになります》


(ダメじゃないか……)


《ですかその後の謝罪イベントで改めてイェシルが前を向き、見事ポールと和解を果たすのです。共に歩むということは間違いもあります、傷をつけることもあります。それでもなお、諦めなかった主人公の心に、胸を打たれることとなるのです》


 ──それ、なおさら私が噛んでたらまずいのではないだろうか。

 理由は分からないがアカネはやけに私をこの件に関わらせたがる。或いは男所帯の騎士団に対しての心細さが理由かもしれないが……。


《ヴァイス、これは乙女ゲームで、彼女が主人公なのです》


(分かっているよ)

「それでもやりたいというのなら、アカネの好きにするといい。訓練の手伝いの調整が必要なら手伝うから」


 非効率的だと個人的に思いはするが、物語として定められている最善を挫くつもりもない。……下手な手の出し方をして世界が滅びるのは避けたいもので。



 ◇



「遠征在庫の確認するから手の空いてるやつ手伝ってくれー!!」


 野営地へと戻ってくれば、荷台を三人がかりで押して歩く騎士が喧伝する。疲労で倒れ込んでいる騎士たちも起き上がり、そちらへとまばらに集まっていく。

 私も手伝おうとそちらに向かえば、随分と劣化の進んでいる天幕や支柱が転がっていた。

 備品の数と状態を確かめている騎士たちも口々に声を上げた。


「あー、保護の術だいぶ切れてるな」


「最後にかけてもらったのいつだっけ?また教会の奴に頼まないとか……」


「聖女さまに頼むとかじゃダメなのか?」


「騎士団長が依頼してない仕事をやらせるなって後で言い出すんじゃねえか?」


「教会にしても聖女さまにしても、団長ってば手厳しいからな……」


「よければ、俺がかけましょうか」


 え、と異口同音の声が漏れる。兜を被ったで顔の分からぬ騎士もいるなかでも、視線がこちらを一斉に向いたのが分かった。


「聖女さまほどの才はありませんが、基本的な保護の法術は使えますから。『時間の妙薬を授けた女神は、相反する毒を治癒するすべを我らに授けた』」


 下位の物品保護ではあるが、皇宮で使われているような上位法術を使うわけにもいかない。

 聖句を唱えればほんのりとだが、安定した輝きを放った道具に歓声が上がった。


「すげえ!法術使えるのかアンタ?」


「法術って周囲のエーテル濃度に関わるっていうけど、どれくらい使えるんだ?」


「ここにあるものになら問題なく保護はかけられるし、もし他にもかけて欲しいものがあるならできるけれど」


「本当か!?じゃあ、ちょっと離れたところに騎士団用の備品庫があるんだよ。そっちにあるものにも保護術を頼んでいいか?金なら払うし!」


 個人でのやり取りに落とし込みたいのだろう。気持ちはわからないでもないけれど、金銭の授受をここでやれば間違いなく厄介になるだろう。謹んで辞退することとする。


「そこまで困ってないからね……代わりに、そうだな。私は今回アカネのサポートでここに来たんだ。彼女の評価について上の人たちに聞かれたら、しっかり良いところを伝えてあげて欲しい」


 まばらな歓声と合意を得て、広げられた備品に保護術をかけた私はそのまま備品庫へと向かうこととなる。




《よろしいのですか? ヴァイス。やる必要のない仕事でしょうに……》


(私の行動が聖女アカネの評価にも繋がると思えば、手は抜いていられないさ)


《そうですか……では、くれぐれも聖女の役割を奪わない程度にお願いします。あなたが本気を出せば世界が滅びるかもしれないのですから》


 大袈裟だなと口元を緩目ながら歩いていれば、すれ違いざまに騎士たちの会話が聞こえる。


「え、今変な声聞こえたんだけど」

「何言ってるんだよ」「バカなこと言ってると将校にこの後の素振り百回増やされるぞ」


 それが耳に入ったのは、その中の一人の声に聞き覚えがあった。鏡晶の森で聞いたはずの声に、赤い一本線を引いた籠手……ポールだったか、イェシルと確執のある例の青年だった。


 先ほどと異なり兜を外した彼はこの国では珍しい金に近い茶色の髪をして、周囲に小突かれながらも納得のいかない顔をしている。



「いや、本当に聞こえたんだって。抑揚のないゴーストじみた声で、世界が滅びるだのどうだの」


「お前さっきの戦いで疲れてるんだって」


「イェシルと真正面からぶつかってたもんなあ。今日で精魂尽き果てたりしてくれるなよ?」


「平気だっての」


 同僚たちと会話をしながら離れていく男の後ろ姿を見つめながら、私の足は止まっていた。


「……世界が、滅びる」


 それは今まさに青い鳥が紡いでいた言葉。けれども彼の言葉を今は誰も聞くことができないはず。


《私の言葉を聞いているということは、あの方はもしや……



 ……この世界に発生しているバグに多少なりとも関わっているのかもしれません》

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