第14話 模擬戦闘①


 遠征訓練が行われるのはイーダルードの街から徒歩で一時間、馬で四十分ほどの所にある低山をさらに登ったところにある。なだらかな山の中腹には開けた草原や生い茂った森林があり、草原で模擬戦闘を、森林の合間で野営訓練を行うらしい。


 私たちは正式に依頼を受けた支援要員として、後方支援班の面々と共に馬車で移動することになった。


「山の麓に馬留めがありますから、そこからは徒歩になります」


「分かりました。着いたら私たちは何をすればいいのでしょうか?」


「予定通りでしたら、到着とほぼ同じ頃に初回の模擬戦闘があると思います。そちらが終わり次第彼らの治癒をお願いします」


「治癒か……、私はあまり得手な方ではないから任せてもいいかな。アカネ?」


 隣に声をかければ、首だけをこちらに動かした彼女が目を瞬かせた。


「えっ、ヴァイスさんは治癒術は得意じゃないんですか?」


「使えないわけではないのだけれど、周囲の環境エーテルを過敏に感じとってしまいがちでね……苦手なんだ」


 昔はそうではなかった。

 自分がなった理由はわかっている。……バラッドとはじめて出会ったあの日、炎の中で焼け死ぬ夢を見てからだ。


 十二年前の聖女召喚の儀、その最中に起きた爆発事故で自分をはじめ多くの人が亡くなる予定だった。その未来を垣間見た時のことを今でも覚えている。

 煙にまかれ倒れる人々、焼けていく身体。本来地と水のエーテルが内包されるはずの癒しの術式すら、周囲の火のエーテルに蝕まれ他者を傷つけるものになった。


 無論、術式は頭に叩き込んでいる。それでも回復術を使ったときの疲労感を思えば、他の者に任せた方が無難だろう。


「その代わり、物品保全の付与術式とかの出来るところは手伝うよ」


「分かりました! ではお互い出来るところを頑張っていきましょう!」


 アカネの言葉に頷きを返すと、馬車が停車する。さて、ここからは歩きだ。




 馬車から降りてもうすぐ一時間が経過する。中腹まで近づけば、森の中だというのに荒々しい喧騒が聞こえてした。金属がぶつかり合う音に苦悶の悲鳴、そして鉄の匂い。

 訓練だとわかっていてもすごい気迫だ。空気が震えるのが伝わってくる。


「はあ……はあ……。あっ、もうはじまってるみたいですね。行きましょう、ヴァイスさん!」


「ああ。イェシルもこの訓練に参加しているんだったか。見逃すわけにはいかないね」


 先日のバラッドの言葉が事実なら、イェシルと主人公アカネの距離が縮まる契機きっかけが何か発生するかもしれない。


「!!そうですよね、早く急がなきゃ!」


 案の定というべきか、一際瞳を輝かせた彼女は山道を歩いてきたことを感じさせない足取りで駆け出した。


(……ふむ。あの様子からして、アカネはイェシルと共にあることを望んでいるのだろうか)


 だとしたら応援しないといけないな。


《まさかそれがのちのフラグになるなど、この時のヴァイスは思いもしないのだった……》


(嫌な言葉を残さないでくれ)



 ◇



 模擬戦闘で主に使っているのは刃を潰した青銅の剣と盾、革鎧だ。それでも本気でぶつけ合うものだから、到着した時にはすでに青あざだらけでうめいて転がる騎士たちも多くいた。


「っ……」

「大丈夫かい? もし慣れないようなら……」


 顔を青ざめるアカネはどう見ても荒事には慣れていなさそうだ。隣で彼女にだけ囁くが、気丈にも首を横に振った。


「いえ、これくらいなら大丈夫です。ヴァイスさんは周囲の被害状況の確認をお願いします。戦況も大きく変わりそうなら、早めにお伝えくださると」


「分かった」


 倒れ込んでいる騎士の元に駆け寄り手を差し伸べた娘に首肯を返し、辺りの状況を把握する。

 赤軍と黒軍に分かれた二つの勢力は一見拮抗しているようにも見えるが、黒軍の右翼の陣が崩れはじめている。


 予測違わず、一瞬で形勢が雪崩れこむ。

 倒れ込んだ騎士の一人を押し退けて赤軍が一気に広がっていく。


「させるかっ!!」


 その勢いを食い止めんばかりに剣を大きく振るうのがイェシルだ。赤軍の先陣を斬り伏せて武器を叩き落とす。まだ荒いが力強い剣撃で黒の劣勢に歯止めをかける。


 それを可能にしているのが彼が持つ剣、地のグラディウス。


(今は彼が持っていたのか……)


《グラディウスは皇国に代々伝わる四剣の一つで、地水風火の属性が存在します。乙女ゲーム戦火の華ではそのうちの二本が登場し、火属性の剣をネグロ騎士団長が、地属性の剣をイェシルが持っています》


 バラッドの補足が流れるがすでに私も知っている知識だ。騎士団の中でも特に剣術に優れているもの──あるいは将来に期待できるものや武功を立てたものに贈られる剣で、騎士団長候補もそこから選ばれるとまでの逸話がある。


「ちぃっ……!やらせるか!!」


 ──赤軍の中から一陣の黄金の風が躍り出る。

 それはイェシルとそう上背の変わらない、赤の一本線の籠手をはめた男だ。細身の剣を下段から上段へ。地を司る剣を持つ支点となる手首を的確に狙った一撃は、挫創にはならずこそ手痛いダメージを与えた様子だった。

 たたらを踏んだイェシルの脇を他の騎士が駆けて行く。


「───っ、」

「……!」


 何かを吐き捨てる一本線の男と、表情が抜け落ちたイェシルのやり取りはここまで聞こえない。そしてそれら全てが、怒涛の赤の軍勢に飲み込まれた。




 雌雄は決した。黒の陣営に掲げられていた旗は折られ、騎士が雄叫びを上げる。

 初日を制したのは赤の陣だ。それと同時に、周囲の怪我人の治癒にあたっていた支援要員たちが駆け出して行く。

 彼らの本分はこれからであり、私がすべきはそのサポートだ。彼らの搬送手伝いに一時治癒所の設立。やることは山積みだ。


 まずは出来るところから一つずつ着実に。信頼はその先にしかないのだから。

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