遠征訓練編

第13話 遠征訓練の依頼

 ネグロが顔を見せて帰っていった日の夜。

 教会で配給されている夕食の芋のスープと黒パンを食べながら、彼が訪れていたこととその依頼の内容をアカネへ説明する。


「遠征訓練?」

「ああ。ネグロ殿から来た依頼でね。各地域駐在の騎士たちに順に訓練を行っているらしい。明日からこの街の騎士が対象の訓練があるのだけれど、その手伝いに来れないかということだ」


《遠征訓練イベントは騎士団固有の依頼です。三日間を消費して体調の減少ととストレスの上昇は他の依頼よりも大きいですが、もらえる名声が高く騎士団の攻略対象たちの好感度も大きく上昇。場合によってはイベントも発生します》


 小さなスープ皿からバラッドが顔をあげて補足を入れてくる。聞けば聞くほど良いことづくめの話だ。

 アカネもそれは分かっているのか、依頼書を眺めている足は今にも椅子から立ち上がりそうだ。かと思えば羊皮紙をじっと見つめすぎて目がよっている。


「それはぜひお受けしたいですね……!でも、私には少し難易度が、高い気もして……ううん……」


《本来遠征訓練イベントそのものは今の彼女の名声値では発生しません。記載されている必要ステータスも今の彼女より少し高めに設定されており、場合によっては任務失敗の可能性もありえます》


(任務が失敗するとどうなる?)


《名声の減少はありません。ただ体調の低下、ストレスの上昇、そして日数の経過が発生します》


 話を聞く限りリスクがないわけではない。

 それでも……今の私たちにとって、名声3,000ポイントという数字はあまりに魅力的だ。

 その他の報酬についても惜しみなく記されている書面へと視線を注ぎ込んでから、スープが冷めるのも厭うことなくアカネはこちらを見上げてくる。


「……でも、これを逃したくないです。ヴァイスさん、お手伝いしてくれませんか?」


 異論があるわけがない。彼女自身の、そしてこの国の未来のために。


「勿論。こんなよい話は滅多にあるものじゃないからね。私でよければサポートさせてもらうよ」



 芋のかけらを一口で飲み込んだバラッドは訥々と説明を続ける。



《遠征訓練は大きく分けて三つの内容があります。


 一つ、赤軍と黒軍に分かれた模擬戦闘。これは三回にかけて行われる戦闘訓練です。戦績やそこに至るまでの貢献度が褒賞にも加味されるため、騎士たちも必死です。

 聖女が行うのは彼らの治癒やサポートで、イェシルとの連続イベントのフラグにもなります。


 一つ、野営訓練。基本護衛を専任としていない騎士たちは先日足を運んだ駐屯所での生活を主としており、野営には慣れていません。

 野営訓練の時の食事の準備などもお手伝いが必要になります。キャラクター同士の会話も楽しめるとファンには人気のシーンです。


 一つ、一騎当千。三日間の最後にあるネグロ騎士団長対騎士団員との戦闘になります。ネグロ騎士団長はこの国では数少ない魔法の使い手ということもあり並の騎士では太刀打ちできません。

 イベントの勝敗は主人公と各キャラの好感度やその時に主人公が誰を応援するかでも変わってきます》



 名声をただ手に入れられるだけでなく、アカネと彼らの距離を近づける意味もあるようだ。それを聞けばなおのこと依頼を受けない理由はない。


 パンをちぎってつまみながら青い鳥の無機質な説明を聞いていれば、花開くようなアカネの満面の笑みがこちらを向いた。


「良かった!じゃあ明日は一緒によろしくお願いします!」


「ああ。よろしく……ん?」


 飲み込んだパンに気を取られて生返事を口にしてから違和感に気がつく。ん、一緒に?ここで書類関係の仕事を手伝うって意味じゃなく?


「イェシルさんから聞きましたけど、ヴァイスさんも法術を嗜まれてるんですよね?それもとてもすごい力を持っているとか!

 もし私一人でたくさん怪我人をみることになって追いつけなくなるのも心配なんです。……ダメでしょうか?」


「……ええと。私のような素性もしれない人間が騎士団の活動に混ざるのは良くないだろうし」


「それを言ったら私だって同じです。ネグロさんからは活動を許可されていますけど、それだって最低限のことしか任されてないので……。今回のお仕事で、信頼を勝ち取れればもっといい仕事も入ると思うんです!」


 お願いします!と座位のまま膝につきそうなほど深々と頭を下げるアカネの姿は、この教会の食堂では目立つ。


 なんだなんだ?どうした?と騒めきが並のように広がってしまえば、それを止めるために私が言えることは一つだけだった。


「分かった、分かったから。……イェシルにも借りを返す機会だし、何より君が心細い中で一人にはさせられないからね。でも、私もさほど万能というわけではないから。表に立つのは任せたよ」


「……!はい、任せてください!」



 握りこぶしを掲げて目を輝かせるアカネを見れば、こちらまで心が和らぐ。


 ──だが、同時に私はいくつか彼女について見極めねばならないことがあることを感じていた。



 依頼書には名声についての文言がない。その中で彼女がこの依頼を強く受けたがった理由はなにか。


 この世界が空想遊戯だとして、主人公として設定されている彼女はそもそも、想う者がいるのか。


 何より、私は彼女とこうして共に過ごすようになって、彼女自身の口から自らが聖女だと聞いてはいない。

 教会で仕事をしていれば周囲の話から自然と悟れるし、私にはバラッドもいたが……彼女自身はそれを隠そうとしているような振る舞いだった。


 それらの意図を知った上で、どうあるべきか考えなければならない。

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