第3話 予定外の邂逅


「そういえば先ほど盗賊くずれや密猟者が現れると言っていたね。この辺りは特に治安が悪いのかい?」


 森の中は所々に草木が倒れ、踏み固められている場所がある。彼ら騎士団が定期的に巡回しているからか、或いは生息する野生の獣によるものか。前方にある枝を払いながらイェシルが笑ったのを感じとる。


「あー……そうですね。ここ数年は特に、この辺りというか皇都全体がピリピリしてますよ」


「そうなのか。何かあったのかい?」


「記憶がない人に先入観を与えそうですが……」


 頭をかいた彼は、それでも言葉を選びながら今の国の状況を教えてくれる。


「前の皇太子殿下……君の名前の由来になってる人なんだけどさ、その人が十二年前に不可解な失踪を遂げたんだ。自発にしても誘拐にしても痕跡の一つもない。もともと体調を崩されていたこともあったから、世を儚んで自殺された……っていうのが有力説だ」


 あっ、でも本当にすごい人なんだぞと慌ててフォローを入れてくる姿に口元を緩める。心配せずとも、嘘を話しているわけではないことは


「当時から騎士団長……あ、その時はまだ騎士団長じゃなかったか。ヴァイス殿下直属の遊撃騎士だった。ともかくそのネグロさんって人が、殿下が黙って消えるはずはない!ましてや自ら命を諦められるなどとって反発してさ」


「……周囲の人たちは、それを聞いてどんな反応だったんだい?」


「親しいお人は同意することも多かったようだけど、何分手がかりも何もない。三年くらいは捜索されたが……手がかりがないとして皇太子の位にその弟君、ブラン様が就かれた。今の皇帝陛下だけれど、名前は存じてるか?」


「……。……そうだね、よく聞いているよ」


 愛しい弟の名前に瞳をほそめる。

 皇帝の座をあの子が担ってくれるのは、申し訳なさもありながら安心もあった。一方でゲームとして成立している以上、そしてイェシルの言葉を信じれば、一筋縄ではいっていないのだろう。


「さすがにその辺は憶えてたか。ブラン様は治癒院を創設し法学の発展に寄与して多くの人たちを救っている。だが、教会及び法学に意欲をいささか傾けていてね。我らが騎士団長はそれに激昂したわけさ」


「……なぜ?」


 多少バランスを傾けたのはともかく、皇帝として立ち回るブランに対して、苦言ならともかく激昂と形容するほどの表現をするなど。


「──ヴァイス様を御隠しになり、その未来すら奪った女神に対して祈りを捧げる必要などどこにある。お前は本当にあの方の弟か!?と」


「…………」


 相変わらず先導して草の生い茂る道をかき分けてくれるイェシル。彼に見られていないことをいいことに、思わず手で顔を覆った。


《リメイク前の時点であった同様のやり取りがあったと推察される台詞は存在します。これはバグによる影響でもヴァイス元皇太子殿下が眠られた影響でもありませんね!》


 いっそそうであってほしかったんだが。


「まあ、でも今は聖女様も現れましたし。オレも少しだけお会いしましたけれど、気取らないお優しい方でしたから。国の未来は明るいと思いますよ。……よし、開けた道に出た!」


 聖女の単語に開きかけた口は、一際大きくなった声に閉じられる。彼女についてはバグの原因を知るためにも情報を集める必要はあるが、まずは彼の好意に甘えて森から出ることを優先しよう。


「ここから真っ直ぐいけば……ん?どうした?」


「いや、なんでもないよ。この道を真っ直ぐいけば、森から出られるのかい?」


「ああ。とは言えこの辺は特に無断侵入者が探りがちだから……」「シッ」


 陽気な声で説明をしてくれる男に人差し指を立てて沈黙を促す。


 皇太子の身分であった頃、慕ってくれる存在も多かったが敵がいなかったわけでもなかった。特に古代の呪文により眠りにつく数ヶ月前は死の因果を果たすためか、多くの暗殺者による襲撃があった。

 そのこともあってか、今の自分は人一倍殺気に鋭い自覚がある。……布切れの擦れる音と、少し離れた先の木漏れ日の光が不自然に強く輝く様子。


「向こう、何かいる」


「…………っ!」


 こうした不測の事態に出会す経験は多くないのだろう。かつての部下の速度よりは数瞬ほど遅れて剣を引き抜いた。


「チッ、バレちまったら仕方ねぇ。怪我したくなきゃあり金置いて失せな!もっとも、そのボロ切れをまとった野郎はそんな金もなさそうだが!」


 こちらを襲う機をうかがっていたのだろう。三人ほどの荒々しい風貌と腰巻きをした男たちが刃をこちらへと向けてくる。私を庇うようにイェシルが一歩前に進み出た。


「君は下がって!」


「ああ──、援護しよう」



 法術は旋律と聖句でもって紡がれる。

 片手を突きだして紡ぐのは、守護の聖句だ。


「『女神は言う。かの光こそが我らを守る祝福そのものだと。かの祝福こそが網となり、加護となり、駕籠となる』」


 本来は大きく空間を区切りそこに結界を張るものだが、今回はその空間を極小に。イェシルと私自身の服の上数センチほどの場所をおおう防壁は、野盗の向けたナイフをいとも容易く弾いた。


「なっ!?何だこいつら!」


「はあぁ!!」


「いっ!く、くそ……逃げるぞ!体勢を立て直す!」


 一閃した剣は彼らの腕を裂き、ナイフを落とした野盗たちは一目散に駆けていく。

 それを追いかけることなく、イェシルは剣を腰に納めなおした。


「追わなくていいのかい?」


「んー。本当なら追って捕まえなきゃなんだけど、あれだけあっさりやられたならもう下手に近寄らないだろ。それに君を送り届けるっていったしな」


 人のよい返事のあと、満面の笑みを浮かべて「それにしてもさ!」とこちらの肩を抱いてきた。


「君、すごいな!今の法術だろ?似たような聖句を聞いたこともあるけど、あんな鎧みたいに護られるなんて思わなかった!」


 無邪気に満面の笑みを向けられるのはこそばゆい。加えてこの至近距離で話すなど、それこそ弟妹相手くらいしかなかったものだ。


「もしかして法術師様だったりするのか?それならあの硬度も納得だ!」


「どうだろうな……」


「あ、そっか。記憶がないって言ってたもんな。じゃあ」


 イェシルの言葉はうめき声にも似た悲鳴にかき消される。聞こえてきたのは……先ほど野盗たちが逃げていった方角だ。

 二人顔を見合わせてすぐにそちらへと駆け出した。




 そこには先ほどこちらを襲った野盗たちが傷だらけで揃って縛られている姿と、イェルクと同じ皇国騎士団の鎧を身につけた男たちだった。


「ポール、エドガー!」


「イェシル。お前巡回の交代時間になっても帰ってこないと思ったら……どこをうろついていたんだ」

「この人を森の外まで案内しようとしてたんだよ」


 イェシルが親指だけでこちらを指し示すのに揃ってこちらを見る騎士たちに頭を下げる。叩頭礼を父以外に行うのはどこか妙な心地だ。


「森の奥にいたんだけどどう見ても野盗や密猟者って感じじゃないだろ?聞いたら記憶もないっていうから、たまたま迷い込んだだけかなって」

「このお人よしめ……。だが、それは無理だ」


 ため息混じりに断じる騎士に何故だろうかと問いかければ、アンタには気の毒だがとおざなりな前置きとともに告げられる。


「ネグロ騎士団長からの御達しがある。いかなる理由があろうとこの鏡晶の森へ入り込んだら禁固刑だ」


 ……元のこの森に対する清廉な信仰を思えば、それは当たり前だろう。だが年若いイェシルはそうは思わなかったようで、唇を尖らせながら前へ一歩進んだ。


「団長のことは尊敬してるけどさ、だからって事情も何も聞かないで入ったからには問答無用!ってのはどうかと思うんスよ、オレ」


「……はぁ。気持ちはわからいでもない。が、規則は規則だ」

「でも……!」


「文句を言いたいのなら、私ではなく団長本人に言え。今ならばまだ、付近の街の駐屯地にいるはずだ。そいつを連れて、直接身の潔白でも訴えればいいさ。叶うかは知らんがな」


 そいつ、という騎士の指先はこちらへと向けられている。


(……ネグロと、会う?)

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