桜デート

坂中祐介

第1話

都立西武蔵高校の国語教諭をしているヤスタカは、もう、40代半ばになっていた。

 今日は、2024年3月31日になっていた。

「ああ、こんな時、誰か、デートに一緒に行ってくれる人はいないだろうか?」などと思っていたが、いない。

 いきものがかり『SAKURA』の動画をYouTubeで聴いていた。

 この歌を聴くと、もう、自分は、当たり前だが、学生ではないと気がつく。自分は、高校で国語教諭になって、20年以上が経ったが、未だに独身ではある。

 いつも駅前の西武蔵すこやか公園の桜を観てはため息が出る。

 今日は、新宿の小説教室に来ていた。

 そして、自分は、「夢は、小説家だった」と今更ながら、気がつく。

 そして、机に向かって、授業を聞く。

 この小説は、どんな風に書いているのか、そのテクニックを教えます。

 なんて言っている。

 だが、ヤスタカは、学校で、国語の授業をしていて、そんな小説の創作について、生徒に教える暇はない。

 そして、殆どが、国語の現代文の読解問題を教え、古典では、古文の係り結びの助詞だとか、または、漢文のレ点だとか、ではあって、理科系のクラスへ行くと、生徒は「先生、工学部の授業に『源氏物語』は、要らない」なんて言われて、言い返せない。

 そして、たまに、「今日は、短歌を詠みましょう」と言ったら、「短歌は、難しい」だの「未だにそんな時代遅れなことしたくない」だのと言われる。

 20代の時、国語教諭になって希望を持って、都立高校に就職を果たしたが、今では、希望なんて持てない。

 2020年からは、新型肺炎コロナウイルス感染症で、授業がオンライン化が、進み、生徒が感染症になったら、その対策が大変だった。感染症にならないために、「ソーシャルディスタンス」なんて言って、机の距離も考えた。

 2024年3月になったら、大谷翔平選手が、大変な事態になった。

 いや、ヤスタカは、そもそも、野球にそんなに関心がなくても、大谷翔平選手が、二刀流で、投手も打者も凄いのは、知っている。テレビの映像で、あんなに大きな身体を持って、若い女性から、人気があるのは、ある意味、羨望の眼差しがあったと、ヤスタカは、思っている。

 ああ、空しいと思った。

 大谷翔平選手が、活躍しているが、このオレは、何だろう?

 そう思っている。

 オレは、モテない男だと思った。

 そして、授業が、終わって、そのまま新宿駅に行こうとしていた。

 そこから、JR中央線で、新宿から西武蔵市駅へ帰ろうとしていた。

 その時だった。

 ヤスタカは、少し、自動販売機で、缶コーヒーを買った。

 駅へ行こうとしていて、そこへ、一人の若い女性が、走ってきた。

「あの」

「はい」

 ヤスタカは、ドキッとした。

 目の前のショートカットの女性に、ビクッとした。よく見たら、元アイドルで歌手の山本彩に似ていた。

「今日は、どうされていましたか?」

 ヤスタカは、何かヤバい物売りだろうか?と思った。

 だが、怖かったのだが、拒否できない。

「今日は、小説教室へ行っていた」

「ショウセツキョウシツ…?ああ、小説教室ね」

「ええ」

「ところで、今日は、これから、どうしようと思っていましたか?」

 本当は、新宿のアイドル劇場へ行こうとしていた。

「名前、何て言うのですか?」

「ヤスタカ」

「へぇ、ヤスタカって、言うんだ」

「うん、で、あなたは?」

「イズミ」

「イズミさんって言うの?」

「そうだよ。イズミで良いよ」

「うん、イズミ」

 すっかりペースに乗せられていたヤスタカだった。

 もう何年と彼女と遊んでいなかった。

「今から、そこの新宿ひだまり公園へ桜を観に行きませんか?」

 ヤスタカは、困ったのだが、もし、何かまずいことがあれば、どうしようと思いながら、歩いた。

 困ったのだが、イズミは、山本彩に似ている美人だった。

 ここで、ヤスタカは、困った。

「イズミは、普段、何をしているの?」

「会社員」

「へぇ」

「事務の仕事をしている」

「そうか」

「年は幾つ?」

「30歳」

「へぇ」

「どんな会社で仕事をしているの?」

「新聞社」

「へぇ、どこ?」

「東京の西武蔵市の西武蔵さわやか新聞。コミュニティ新聞だよ。新聞記事をしているよ。文化部だけど」

「え、西武蔵市?」

「いや、僕も、西武蔵市の都立西武蔵高校で、国語を教えているよ」

「え?叔父さんが、いや、実は、私は、都立西武蔵第二高校卒」

「え?」

「へけ、そうなんだ」

「私、国語なら、江頭先生が、教えていたよ。現代文」

「で、古文と漢文は?」

「古文は、井上先生だったかなぁ。それで、漢文は、大石先生だったと思う」

「何だか、奇遇だなぁ」

「そうだね」

「でも、イズミは、逆ナンパしているじゃないか」

「ねえ」

「はい」

 そのまま、新宿ひだまり公園に着いた。

「桜、綺麗ですね」

「うん」

 ヤスタカは、そのまま桜を観ていた。

 小さい子供を連れたお母さんが、歩いていた。

 何か無性に、子供がかわいく見えたヤスタカだった。

 そして、目の前のイズミが、教え子と同じだったかのような錯覚になった。

 そこに、弁当屋さんがあった。

 イズミは、寂しそうだった。

「ヤスタカ」

「はい」

「寂しい」

 その顔は、本当に寂しい感じがした。

「ねえ、イズミ」

「はい」

「今日の晩御飯は、ここにしない?」

「まだ、4時だけど、あそこの弁当屋で、唐揚げ弁当を買って、お花見しようか?」

 二人で、公園のベンチで、唐揚げ弁当を食べながら、イズミとヤスタカは、お花見をしたらしい。

 ドリンクは、お茶。

 二人とも下戸だったから。

 綺麗なピンクの桜を観ながら。

 そして、いきものがかり『SAKURA』を、ヤスタカは、歌った。それは、小さなお花見のコンサートだった。それからしばらくして二人は、付き合ったそうだった。<完>

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桜デート 坂中祐介 @simichi0505

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