第4話 3人目の合格者

「そういえば聞いた? 桜香さんの代から3人目の合格者が出たんだって!」

「そうなんですか。名前は聞きましたか?」

「さて。それはお楽しみに置いておきましょうね」

「えぇ……気になります」

「今日隣の課に配属らしいから気になるなら見に行ってみればいいんじゃない?」

「……時間があれば、行ってみます」


 倉橋さんから話を聞いて興味が湧いた。私の代は土御門くんと私以外に合格者はまだいない。噂の3人目とは誰なんだろうか。瑞樹? 真翔くん? それとも別の人だろうか。誰であっても土御門くんは私よりも遥か上に行ってしまっているので同期と呼べる存在はその人だけになる。知り合いなら嬉しいが、親しい人でなくても関係を築けるような子であれば誰でもいい。

 課が違えばあまり関わることはないが陰陽師同士の情報交換や、術の修行を見て貰ったりなどは年上には正直頼みにくかった。だから同期がいれば、凄く心強い。

 

 今日の任務を終え報告書を書き上げれば退勤までに少し時間が余って。この時間から任務に出ることは少なく、任務に出ていてもすでに帰還しているはず。私は腰を上げて隣の課に向かった。襖を少しだけ開け中を覗き込む。隣の課と言っても中の構造はうちと変わりない。新人であれば一番下座にいるはずだ。そちらに視線を向けるとそこには特徴的な赤い髪の男子がいた。

 同級生で赤い髪を持つ男は土御門くんともう一人。真翔くんだけだ。3人目の合格者は真翔くんだった。


 机に向かい恐らくであるが報告書を書いているようなので邪魔をしないため襖を閉じようとするが後ろから勢いよく襖を開かれる。驚いて振り向くとそこには蘆屋さんがいて。突然開かれた襖に全員の視線が私達に注がれる。


「今日配属した奴、うちの月並と同級生なんだってな。どれだ?」

「俺です」

「お前か……そこそこできそうだな」

「蘆屋。突然なんだ。驚くじゃないか!」


 こちらに向かいやってきた真翔くんとは別にもう一人、横髪を刈り上げておりしっかりとした体格の男性が呆れたようにやってきた。恐らく真翔くんの上司であろう。


「井東……悪い悪い。こいつが襖から覗いててな。じれったいから手を出しちまった」

「全く。こちらは気にせず業務に戻れ!」


 井東、と呼ばれた人の一声で全員が業務へ戻る。真翔くんも戻ろうとこちらに手を振り歩き出したが井東さんに引き留められていた。


「挨拶がまだだったな。井東宏太いとうこうただ。忙しくてそっちに顔を出すのを忘れていた」

「月並桜香です。ご挨拶が遅れて申し訳ないです」

「土御門と同級生なんだってな。同期になるだろうし、仲良くしてやってくれ」

「勿論です!」

「月並はもう上がっていいぞ。積もる話もあるだろ」

「蘆屋が気を遣うなんて雷でも落ちるんじゃないか? 土御門も報告書は明日でいいから上がりなさい」

「はい!」


 すぐに親しくしていたことを見抜かれたのか気を遣われた。片付けを済ますと満面の笑みでこちらに戻って来る。私も帰る準備を済まそうと振り向いた時、同僚から暖かい視線が注がれていて。どこかそわそわしていたのを察していたのだろう。親しい人が同期で良かったね、そんなことば全員の顔に出ていて。どこか気まずいけれど嬉しかった。


 見習い過程を合格してからは、学園にいた頃よりも少し余裕が持てて。元の雰囲気に戻った私に安堵したような、そんな表情を真翔くんは浮かべていた。嬉しいのかふわふわとした赤い髪が揺れている。

 私の心もどこか、その髪のようにふわふわと揺れた。


「配属されてからどう? やっぱり忙しい?」

「最初の1週間は毎日任務で忙しかったかな。最近は少しだけ落ち着いて休息取れるようになった」

「激務だな。俺やっていけるかな……」

「真翔くんなら大丈夫だよ。心配するようなことないんじゃない?」

「桜香に言われたら心強いよ!」


 業務中や任務終わりにお菓子やお茶などを沸かすことができる休憩室で私達は話していた。3つや4つ上とはいえ年が離れているので休憩室に誘われても気軽に話すことは難しくて。立場のこともあるしあまりここで気を抜くことはなかった。だからこうしてこの場で真翔くんと気を抜いて気軽に話すことができるようになることは、凄く息抜きになる。

 時々様子を見に来る同僚は微笑ましそうに満足げにすぐに帰る。蘆屋さんに至っては大声でからかっていて。笑顔でいることが珍しいとまで言われた。私はそこまで堅物だったのか? 笑顔でいることを心がけようと決めた瞬間だった。


 真翔くんは私のように初日から任務に出向くことはなく、移動式神の申請や陰陽寮の案内が主だったようで。隅から隅まで陰陽寮を回ったようでどこに何があるか頭が混乱したと笑っていた。明日は井東さんの任務に同行し、明後日からひとりでの任務らしい。2日後ではあるがひとりで任務に行くことを今から心配しているようで。緊張を解くように自分の任務の話をした。

 何事もなく終えたことを褒められ、きらきらとした目で見られて少しむずがゆかったけど嬉しかった。


「俺もどうにかなるかなぁ」

「最初は私みたいに土地の特性と真逆の妖だったり、4級以下の妖を祓う任務につくだろうからそんなに心配しなくても大丈夫だよ」

「……だな」

「まだ、不安?」

「俺さ、土御門本家の人間だからいつ、何があるか分からないって小さい頃からずっと婆やに言い聞かせられてきた。今までは同行陰陽師から攻撃を受ける不安があった。今回からは強い妖の任務とすり替えられるかもしれない。俺より強かったらひとりじゃどうにもできない」


 だから不安なんだ。そう零した真翔くんの気持ちは理解できるものだった。

 家に関してのしがらみは月並でも少なくはない。当主様からの圧があったとはいえ全く関係のない部署の人はそのことを重く受け止めないだろう。若いから、月並流陰陽師だからって理由で嫌がらせされたことは今までだってある。だけどそれは所詮嫌がらせで留まるもので。殺しにまで発展するものは1つもなかった。

 だけど真翔くんの場合そうではない。


 三大名家のひとつ、土御門本家の陰陽師。ほぼ敵なし状態の土御門くんに比べて狙われやすい存在で。芽を摘むなら今が絶好の機会だろう。何が起こるか分からない、計り知りえない不安が私にも伝わってきて。思わず握りしめられている真翔くんの手を握る。


「おう、か?」

「私にはお家のことはあまり分からない。土御門ほど大きくはないから。だけど、真翔くんは強いから大丈夫だよ。何かあったら、私が助けに行く。だって真翔くんより強いもん」

「な! 学園にいた頃は桜香のほうが強かったけど今は分かんないだろ⁉」

「どうだろう? 勝負、してみる?」

「受けて立つ!」


 少しでも、貴方の笑顔を守れるなら私は悪にでもなれる。そう、漠然と思った。



「くっそ!」


 休憩室を出て修行場へ向かう。5本勝負をして、4本取った私の勝ちになった。地面に転がって悔しそうにしている真翔くんよりまだ強いことに安心した。それと同時にかつて修行をした時よりも何段階も成長している彼の成長速度に怖くなった。実践さえ積めば私なんてすぐに追い抜かれる。

 だからせめて今だけは。真翔くんの不安がなくなるまでは彼よりも先を走っていたい。守りたい。


 真翔くんはそんなこと望んでいないだろう。だけど私は彼を守りたい。

 柚葵の時みたいに自分で何もできなくて、悔しさを感じることは絶対に嫌なんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る