第3話 月並流陰陽師

「当主様」

「桜香。久方ぶりだね」


 椅子に座っている倉橋さんの正面には月並家現当主がいた。まさかここにいるとは思わなかったので拍子抜けする。当主様はあまり外を好まないし陰陽寮から召集がない限り、ここに来ることはないと思っていた。もし召集が今日あったとしても私が護衛とを兼ねて呼ばれるはずだ。任務があろうがなかろうが伝令式神が飛んできただろう。なのに今日はそれがない。どうしてここに。


 瑞樹のことで根回しを? それならあまりに早すぎる。瑞樹はまだ見習い過程の卒業試験を受ける条件を突破できていないはずだ。もしかして家門生のことで? 怪我をしたなどの話は耳にしていない。それに1家門生如きに当主が顔を出すことはないはずだ。直系ならまだしも……。

 全くここに当主様がいる理由が分からなくて頭の整理がつかなくて混乱したままだ。

 

 すると当主様がくすくすと笑い始めた。


「色々と考えているようだけど、桜香が考えていることは全て外れだろう」

「ではなぜ……」

「月並家はね、月並流の陰陽師がお世話になる際は必ず挨拶をしているんだよ。今回は桜香がここへ配属されるから挨拶にね。知らなかったのかい?」

「はい。今まで耳にしたことはありませんでした」

「知っているものだと思っていたよ」


 まさか当主様が自分のためにここへ来たとは想像もできなかった。まさか、そんなはずはないと思っていた。でもこれは現実で。そんな習わしがあることは知らなかったので未だに驚きを隠すことができない。突っ立ったままの私を倉橋さんが自分の隣に座るように手招きする。

 頭はふわふわしたまま椅子に座るといつもとは違う笑みを浮かべた当主様がいた。扉近くではあまり表情が見えなかったが今ははっきり見える。


「倉橋京子さん」

「はい」

「家の子を頼みましたよ」

「……お任せください。しっかりと指導させていただきます」


 当主様の口から出た言葉で挨拶をしにここまでくる理由が分かった。月並流陰陽師が新人の間、間違っても殉職させられないように。自分の駒が1つでも潰されないように当主直々に圧をかけてきているのだろう。新人の内が、1番殉職率が高いのに家は低い理由が今分かった。

 大抵の家は当主様には勝てない。今回は倉橋家の人間だが当主様とは立場が大きく違うだろう。勝てそうもない。そして月並を超える大きな陰謀がなければ例え気に食わなくても見殺しにしようなどと考える人はいないだろう。

 月並家には大きな敵がいない。細々とした陰陽師には目の敵にされているらしいがそんな人に負けるほど無能な陰陽師は月並にはいない。だからこそ、陰謀に巻き込まれないように先に対処しているのだろう。目の奥が笑っていない、当主の圧など怖いからね。


 徹底的な考えが恐ろしい。少数ではないとはいえ一人一人の上司へ挨拶に回っていれば当主様の負担も小さなものではないのに。


「では私は帰らせていただくよ。桜香、定期的に家に帰ってきなさい」

「はい。定期的に帰れるよう調整します。家まで送りましょうか?」

「いや、まだ行くところがあるから大丈夫だよ」

「分かりました。お体にはお気をつけください」

「ああ」


 扉を開け外まで当主様を見送り中へ戻る。

 倉橋さんにはとても悪いことをしてしまった。これが少しでも悪いな、とか思っていたら罪悪感もないのだがいい人そうだし倉橋、ということでもしかしたら割り増して圧をかけられたかもしれない。お家同士になればどうしても倉橋が上になるから。

 倉橋さんは1級陰陽師。直属の部下で指導も入るので同行する任務にはどうしても普段よりも倍増して危険が伴う。もしものことがあったとき私を気にかけながら妖を祓うなど、そんなことをこなせる人は到底いないだろう。


 それが分かっているからこそ、当主様は当日にここへ来た。恐らく別の用事があるというのもこの陰陽寮ではないだろうし。



「……すみません。家の当主が」

「構わないわ。ああいうことは別に珍しくないの。誰だって若い子殺されたら困るからねぇ」


 その言葉には別の意味も含まれていそうだが、何も考えず流すことにした。

 少し重くなってしまった空気だが倉橋さんが手を叩いたことで空気は明るいものへと変わった。


「さて本題にいきましょうか! これ移動式神の申請書ね。式符しきふはこれよ」

「ありがとうございます」

「注意事項とかはこっちの紙に。自分で移動式神作れたらすぐに返却してね? あと返却するときは私か太郎に一言報告するように」

「分かりました」


 私の移動式神は鶴のようだ。真っ白くて、穢れを知らないような白鶴。倉橋さんの移動式神とは違って自我がはっきりしているらしい。凄く繊細で、優しく丁寧に扱わないとすぐに壊れてしまうらしく、前の貸出人が大雑把だったらしく、凄く傷がついていて。修復に時間がかかったのか表に出るのは1年ぶりらしい。


 女の子らしい性格の移動式神「はく」は私とは少し合いそう。


「そうだ。任務どうだった? 報告書はもう上げた?」

「任務は問題なく遂行しました。報告書はすでに蘆屋さんに提出済みです」

「ひとりでの初任務無事完了ね! 安心したわ」

「ありがとうございます」

「これから忙しくなるわよ? 土御門北星くんの次に期待されてる若い星だもの!」

「そうなんですか?」


 土御門くんの次に期待? あまりに重すぎる。

 私は彼ほどの実力はない。ただ少し、家の力が強いだけの何の変哲もない新人陰陽師だ。これから実践を積んで、修行を重ねて強くなるつもりなんだ。今から期待して勝手に失望されては困る。

 それに期待故に重い任務につけられ、将来に影響するような大きな怪我をしたくない。だからある意味倉橋さんだけかもしれないが当主様の圧かけは良かったのかもしれない。怪我をする可能性が低くなったのだから。


 これからの将来を考え、希望を抱く度に柚葵を思い出し胸が苦しくなる。

 私はあの子と頑張るはずだったのに。あの子と一緒に……。

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