episode.27 問われる覚悟

「…………なぜ」

 ルージュが珍しく顔に嫌悪感を露わにしていた。

「はっ。貴様の方から私を呼んだくせに理由を聞くか、愚物。わざわざ出向いてやったのだ。この貸しは高く付くぞ?」

 

 リラはいきなり現れた彼に驚きを隠せない。

「……あなたは」


「見たことがない顔だな、娘。私は今機嫌が良い。特別に口をきくことを許してやる。

 


 ――我が名は、ライアン・オルクレイル。一介の治癒術師よ」



 此処に、帝国の魔術御三家が一堂に会したのであった。




「……いつからそこに?」

 棘がある声を投げたオリビアは、ルージュと同じく嫌悪感を露わにしている。

「貴様に口をきくことを許した覚えはない。身の程を弁えろ。私はそこな銀色の娘と話がしたいのだ」

 ライアンと名乗った男が一つ指を鳴らす。一瞬でリラと男の間を囲う高い壁のようなものが完成する。

「ちょっと……!」

 叫んだオリビアとルージュの姿が見えなくなり、その空間の外の音が聞こえなくなる。


 リラがそちらに気を取られていると、至近距離から寒気がするほど冷たい声が降ってくる。

 

「賑やかな奴らよな。喧しい。今は奴らに構ってやれるほど暇でないわ。さてと。話をするか、娘」

 

 空いていた距離は一瞬で詰められている。足音一つせず、いつ動いたのかもわからない。人間がなせる業だとは思えなかった。壁の様に背が高い男に前を塞がれると、圧迫感がすごい。


 世界は自分を中心に回っていると言わんばかりの横柄な態度。言動といい雰囲気といい、リラが想像していた治癒術師のイメージとはかけ離れている。

 真っ白な長髪を左側で三つ編みにして一つに束ねている男は色素が薄い青色の目を狂気的に爛々と輝かせ、酷薄な笑みを浮かべる。


「聖紋を媒介にしてお前に呪いを移す、と言ったな」

「はい」


 男の目を見てはっきりと答えると、男はますます笑みを深くする。

「そうか。自らあれを身に受くか」


 急に真顔に戻った男は、腰を落とす。男はリラの顎を掴み、自分の方を向かせた。温かさも冷たさも何も感じない手だった。触れられている事だけは分かる。彼は本当に人間なのだろうかという疑問がぼんやりと浮かんだ。


「斯様なもの、人に耐え切れるものではないわ。貴様も例に漏れず、穢れの重さに耐えかねて不帰の客となるだろうよ。答えろ。それを分かって言っておるのか。知らなかったというのなら、発言を取り消しても構わん」



「勿論、承知の上です。


 ――彼のお役に立てるのならば、私はこの命を惜しまない」



 男はリラの顎を掴んだまま、瞬き一つせずリラの目を見ていた。まるで全てを見透かしているかのような男の目はリラに不気味な印象を与えた。

 

 急にリラから手を離した男は、

「ほう。悪くない。気に入った。

 

 ――ならばその言葉、嘘ではないと証明して見せろ。私がこの目で見届けてやる」



 男が指を鳴らす。周りを囲んでいた壁が霧散していく。

「案内しろ。娘」

 男は羽織っている長い上着の裾を勢い良く翻す。

「はい」

 リラは机の上に置いてあった白いハンカチを手に持った。


 

 四人でノアが眠っている建物に向かう。


 帝国の魔術の中心を担う三人が揃うことなど滅多にない。物珍しそうに二度見をする者や深く礼をしているものなど、道中すれ違った騎士達は様々だった。

 こそこそと声を顰めて会話を始めた騎士達の様子を見て、不機嫌さを露わにした白い男は小さく舌打ちをした。

「おい。愚物」

 男の背後にいたルージュを肘で小突く。

「痛っ!」

 今にも噛みつきそうな顔をしているルージュに、男は目もくれない。

「は。大袈裟な。貴様らとは違い、私は見せ物ではないのだ。自分の手下の管理すらまともに出来ぬのか。私が奴らの目を潰す前に、その座を退いたらどうだ」

 ひそひそと話をしていた二人組の騎士を男は睨み付ける。男に凄まれた騎士達は地に頭がつきそうな勢いで深く頭を下げた。

「彼らには後で僕から言い聞かせておきます。ご忠告、感謝致します」

 ルージュの返答を受け、男はつまらなそうに鼻を鳴らす。白い男とルージュはどうやら犬猿の仲らしい。機嫌を損ねた男とルージュの間には殺伐とした雰囲気が流れており、リラは居心地が非常に悪かった。



 先頭を歩いていたリラが、ノアが眠る部屋をノックをする。中から返事は返ってこない。リラがそっと中に入ると、リラの後ろに続いていた背が高い男がすぐにドアを閉めた。閉め出されたオリビアとルージュが男を非難する声が聞こえる。


 先ほどと同じように男は指を鳴らした。ガチャリという音がする。ドアの鍵を閉めてしまったらしい。いつの間にか外の物音も聞こえなくなっている。

「え」

 困惑と共に、隔絶された空間に放り出される。

「何を呆けておる。わざわざ時間をつくってやったのだ。無駄にはするなよ」

 これ以上話す事はないという態度で、男はドアに寄りかかると俯き加減で腕を組み、目を閉じた。思いがけぬ親切に感謝し、リラは頭を下げる。

「ありがとうございます!」



 リラは足早にノアの側へ寄る。

 目を閉じて横になっている彼は浅い呼吸を繰り返していた。

「…………ぅ」

 彼は眉間に深い皺を刻み、ひどく魘されていた。引っ掻くようにシーツを掴む手には青い血管が浮き出ている。汗が首筋を滴り落ちていく。頬はわずかに紅潮していた。汗をかいている彼の姿を見たのは初めてだった。


 リラは置かれていたタオルを濡らし、辛そうな彼の首筋に浮かぶ汗を拭おうと手を伸ばす。突如ぱちんという一際高い音が響く。


「触るな」


 今にも息絶えてしまいそうな声は強い拒絶を示す。じんと痛む手の甲に触れ、リラは手を弾かれた事を悟る。その音で懈げに目を開けた彼は、リラと目が合うと瞳を揺らした。

「あ……。悪い」

 声は枯れ果て、普段の美しい旋律ではなくなっていた。

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