episode.26 一つの方法

 その日の夜。


 リオンがルージュに軽い切り傷の手当てをされながら報告をしている。いつのまにかオリビアが使っていた部屋は共有スペースになっている。

「こちらは明日の日暮れまでには全て片付けられるかと」

「早いね。最低でも後一週間はかかると思ってたんだけど」

 治療を終えたリオンがリラに声をかける。ルージュが時折片付けをしてくれてはいるが、机一面には雑多に本が広げられている。

「リラ様、何か進展はありましたか?」

「魔獣に関する知識ばかりが豊富になっていきます。解毒法に関する情報は見つかっていません」

「そうですか……。きっと大丈夫です。まだ時間はあります」

 リオンは自分に言い聞かせるように言った。



 ――二日目


 解毒法に関する情報集めは難航していた。手掛かりとなる情報の一つすら、昼を過ぎても見つけられない。

 リラはずっと休息をとっていないせいで頭が割れそうに痛かった。頭の痛みを紛らわせるように、椅子から立ち上がり伸びをした。

「お嬢様。僕達に任せて一度お休みになって下さい。無理をなさっているでしょう」

「いいえ、それは出来ません。本格的に時間が無くなってきています」

「軽い回復魔法くらいなら、私使えるわ。気休めにしかならないけどね。かけてあげる」

「そっか。確かに少しは楽になるかも」


 席を立ちリラの後ろに立ったオリビアは、リラの肩に手を置く。体の内側がふわふわと温かくなる。リラの表情の変化を注視していたルージュが恐る恐る尋ねる。

「……大丈夫ですか? 魔力酔いしちゃう人も少なくないんですが」

「ちょっと擽ったいですけど、大丈夫です」


「終わったわよ」

 オリビアはリラの肩から手を離した。

「……わ、凄い。肩が軽くなってる!」

「役に立てたみたいで良かったわ」

「ありがとうございます!」

 頭痛が和らぎ身体も軽くなったリラは、文献探しを再開した。


 


 太陽が地平線に沈みかけた頃だった。

 


「――あった」



 紙が劣化しており、インクは所々薄くなっている古い本。頁も外れかかっている。

 本を漁り続けていたオリビアとルージュはリラの声を聞いて顔を上がる。

「本当ですか!」

 直ぐにリラの隣に来たルージュは本を見下ろした。

「これはまた古いものですね……」

 

 その頁に目を通したリラは頭の中で一つの解毒の方法を思いつく。だが、まだその方法で解毒が成功するという確信がなかった。冷静なオリビアは席についたまま、リラの顔をじっと見つめていた。

「浮かない顔をしているわね。どうしたの」

 リラは隣に立ったルージュを見上げる。

「ルージュ様、手配して頂きたい本があります」

「どんな本です?」

「一冊で構いません。聖紋に関する本を手配して頂けますか」

「近くに神殿があるので、至急借りてきましょう」



 十分もしないうちに、ルージュは一冊の本を持って戻ってきた。走ってきたのか、額に薄らと汗が浮かんでいる。

「ありがとうございます!」

 両手で本を受け取り、急いで頁を捲る。


「……これだ」


 リラは見覚えがある聖紋を見つける。その下に書かれている説明を読むとすぐに、リラの迷いは確信に変わった。


「ルージュ様。ノア様の上着はありますか」

 ルージュは気まずそうに口を開く。

「一応残してはありますが……、ぼろぼろですよ?」

「構いません。取ってきて頂けますか?」


 ルージュが持ってきた上着は酷い状態だった。背の部分は大きく裂け、騎士服は白かった面影がなくなるほどに血で赤く汚れている。見るも無惨な状態だった。オリビアは思わず口先で呟く。

「……見ていられないわね」


 リラが上着に触れようと手を伸ばすと、オリビアに腕を掴まれた。

「だめよ、触っては。リラちゃんの手が酷いことになる」

「あ……、つい。ごめんなさい。ルージュ様、その上着の内側のポケットを探って貰えますか」

「え? 分かりました」

 

 リラに言われたルージュは内側のポケットを探り始める。

「なんだか悪いことをしてる気分。……あ、なんだろこれ」

 ルージュは指に当たったものをそっと引き出す。真っ白なハンカチが顔を出した。

「それです!」

 内側まで血が滲みた上着の中にあったその純白のハンカチは、不自然にも何一つ汚れていなかった。リラが彼に渡した時のままの状態だ。


 ルージュは丁寧にポケットからハンカチを引き出して渡す。リラはそのハンカチを広げた。ルージュは感心している。

「……初めて見た。こんな複雑な紋」

「これはリラちゃんが作ったの?」

「はい。思いがけず役にたちそうです」

 リラは開いたままにしておいた本をハンカチの隣に置いた。刺繍をした時、リラは効果については特に深く考えていなかった。独特な紋が妙に記憶に残っており、御守り代わりになればと渡しただけだった。



「これで説明を始める準備が整いました。順を追って説明します。まず、魔蟲の毒についてです。お二人も大量の文献を読んでおられるので既にお分かりかと思うのですが」

「『魔獣や魔蟲の毒は、呪いの一種である』といった内容がどの本にも書かれていたわ」

「そうです。つまり、魔蟲の毒の解毒は、呪いの解呪と同義だと言えます。そして呪いを解呪するために、重要になってくるのがこの聖紋です」

 

 リラは本に書かれている説明文を指差す。


「この聖紋には、ある効果があります。ここに書かれている、『対象者の救済』です。避けきれそうにない攻撃から身を守る時などに使えば、身代わりとしての役割を果たします」

「魔獣は元々王族が国防のために創り出したものだとありました。聖紋は確かに神聖なものですが、最も神聖な一族である王族に関連するものには十分な効果を発揮できないはずです」

「その通りです。仮の話ですが、ノア様が魔蟲の攻撃を受けた時にこの聖紋を使っておられたとしても、攻撃を塞ぐことは出来なかったでしょう。だから、あくまで聖紋を『利用』するのです」


 リラは頁の中央より下に書かれている少し小さな文字を指す。



「ここにあるように、聖紋が最大の効果を発揮するのは、作成者が対象者に施しを与える時。



 ――聖紋を媒介として、私に呪いを移します」


 


 ルージュとオリビアは、リラの発言に長らく言葉を失していた。



「はっ。面白い。呪いを移す、か。なかなか考えたものだな、愚かな娘」



 突如聞き覚えのない声が静寂を破る。

 今まで全く人の気配すら感じなかったリラは肩を跳ねさせた。声が聞こえてきた扉の方に目をやる。


「呆けた頭から絞り出せた答えはそれだけか。三人も寄ってたかって、貴様ら今まで何をしていた。全くおめでたい。それに聞いていれば、魔術の家に生まれた者が聖紋の一つも知らぬ、か。帝国も堕ちたものよなあ、ローズフェリアよ」



 ――豪胆に腕を組み、悪辣に笑う白い美丈夫が扉にもたれ掛かっていた。

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