第38話 海での水泳に未来は

 待ち望んだ水泳の授業――。


 いや、期待はしていない。不安だけがつきまとっている。


 夏休みを目前に控えたこの時期。闇病学園では、特別企画として近くの海で授業をとりおこなっている。


 代々の伝統であり、原作通り今年も果たされたわけだ。


 あと数週間もしないうちに夏休みが始まる。気温や湿度の観点からいえば、海での水泳に問題はない。


 不安なのは、原作『最凶ヤンデレ学園』の指し示した未来だ。


 海の授業では、原作キャラの誰かしらが海に溺れてしまう。


 ここで溺れた人間こそ、そのときのルートを大きく左右する人物なのだ。


 闇病学園の世界を何度もリープした瑠璃子も似たようなルートをたどっている。


 海での授業で溺れた人物が、キーになってくるとのことだ。救助するときに主人公が関わってイベント発生、という流れらしい。


 瑠璃子と俺の前提知識は、割と重なる部分もあるのだ。




 * * *




「で、俺たちはどうするよ」


 流川と執行による昏睡・監禁未遂事件のあと、俺たちは海での水泳について話をした。


「私が溺れにいくわ」

「本気かよ、海だぞ?」

「わかってる。でも、よりよき世界を導くためには、未来を私たちの手中に近づけたほうがいいでしょう?」

「だが、もしものことがあったら、瑠璃子は」


 海は生き物だ。いつ、どんな荒波が襲ってくるかわからない。油断していると飲み込まれる。


「問題ないわ。私が死ねば、別の世界線が待っているだけ」

「次もまた生き返れるって保障はないんだぞ」「わかってる。死ぬ気で私はやるし、妥協もしないって話」

「ほんと頼むぜ」


 溺れる演技をした瑠璃子を俺が救う。そうすれば、ルートが別の子に移ることもない。


 これが、俺たちの計画だ。




 * * *




 海での水泳授業とあれば、男女を問わず期待に胸が高まるものだ。


「うおおおお! 日差し、海風、クラスメイト、海水……どの言葉も体中に染み渡る。それほどわくわくするっ! 歓喜の時……!」


 俺の前でテンションをぶち上げてるのは、クラスメイトの友和ともかずだ。


 相変わらず、男子の奥底にある願望を惜しげもなくさらけ出す姿勢には感服する。


「過度な期待はよせよ。理想と現実のギャップで落ち込むことになる」

「やっぱり余裕のある人間は違いますよ、一誠さん」

「さんづけはやめてくれ」


 隣の席の流川は、あれ以来三大美少女と行動をともにしている。


 ついには「四大美少女」という名称も、狭いコミュニティでは使われ出しているくらいだ。


 友和からすると、「四大美少女」全員が俺の手中にあるように見える。


 そうなると、俺の姿がいままでとは違うように見える、とのこと。


「いったいなんのトリックだよ、ほんと……美少女をことごとく手にしちまうなんて、昔じゃ考えられなかったぜ」

「モテ期ってやつかな」

「あぁ、そうだろうよ。こりゃまさに人生の絶頂だぜ。人生の幸運をこの数ヶ月にすべて注ぎ込んだみたいだ」

「俺も思うよ」

「ほんと、残りは悪運だけでぽっくり死んじまったら困るからな」


 冗談だけど、と付け加えていた。


 俺にとって死は割合近い。一度迎えたものだから、友和の前では笑っていても、内心すこし気が引き締まった。


「調子に乗りすぎて痛い目を見ないよう気をつけるよ」

「ほんと頼むぜ。俺は一誠がモテまくってるのは許せないが、お前自身は当然嫌いになってないんだからな」

「おうよ」


 友和の考えに思いを馳せつつ、俺は今後の展開に意識を強く向けていた。


 海への移動はクラスの男女別で班になっておこなわれた。


 特別授業とあって、きっかり二時間分の授業時間が確保されている。


 前の授業はすこし早めに終わったので、実際に泳げる時間はもう少し長い。


 平日といえど、日差しが照りつける夏日。砂浜は人々であふれかえっている。


 今回は授業といっても自由行動。成績どうこうというより、おのおのが楽しむ時間だ。


 クラスメイト全員が一カ所に集められ、体育教師から注意事項を告げられる。それからは、好きな人同士で散り散りとなった。


「やっほー、一誠くん」


 解散となってすぐ、すこし人気のすくないところで待ち構えていたのは瑠璃子さんだった。


 学校指定の水着姿は、過去の目にしたことがあるとはいえ、至近距離で見たのは初めてだ。


 質感や破壊力はいままでの比にならない。瑠璃子の魅力は、いい表せないものがある。



「ど、どうもです」

「なんだか他人行儀だよ? もしかして、緊張してるの」

「してないといえば嘘になる」

「一誠くんはやっぱりうぶってことみたいだね」

「何周もしてる人にいわれると、言葉の重みが違うな」

「まぁね」


 瑠璃子と話していると、おーいと声を上げながら近づく女子の存在が目についた。


 悠である。


 長身と体型の良さが目につく。


「瑠璃子と密会とは聞いていないよ。ボクだって一誠くんと一緒に泳ぎたいんだ」

「そりゃどうも」

「心のない返事なことだよ。ま、心などこれから近づけるんだけどね」


 いうと、悠は俺の腕を無理くり引き寄せる。


「柔らかいだろう?」

「ちょ、悠さん!?」


 その様子を見ても、瑠璃子はただ見守るだった。


「助けてくださいよ瑠璃子さん」

「うーん、心なしか嬉しそうに見えたんだよね。そっかそっか、私より悠が気に入ったんだね」

「誤解だよ、やめてくれ」


 誤解とはひどいじゃないか、と悠がつっこむ。


「最近はどうも、瑠璃子とか他の子にぞっこんだし、ボクとしても気をもんでいたんだ。きょうは放さないからね」

「気持ちは分かった。が、力で押し返せないってなるとただの拘束だぜ」


 圧倒的な筋力。ひ弱な俺はがっちりホールドされてしまい、身体にしばらく柔らかいものを感じる状態が続いた。

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