第30話 憎しみは愛へと変わりゆく【瑠璃子side】

 * * *


 世界はいくつにも分岐する。要素は膨大だ。なにかひとつでも違えば、異なる世界線が誕生する。


 私――香月瑠璃子の場合、たったひとつの要因のために、いくつもの世界線を渡り歩く羽目になった。


 志水一誠というクラスメイトが原因だ。


 私がどう動こうと、彼はよくない女にたぶらかされ、つきまとわれ、破滅へと誘われる。


 ある種の呪いだ。そう思う。


 でなければ、一誠くんが破滅するたびに時が逆行し、同じ地点で復活する理由がわからない。


 世界は同一地点から分岐していく。ひとりを牽制しても、別の子が一誠くんを追い込む。


 まるで、終わりのないモグラ叩き。モグラという名の脅威は次々と顔を出す。腕はたったの二本。追いつけるはずもない。


 もう何十周もしている。かつてほどのモチベーションはない。諦念がつきまとう。


 私を奮い立たせるのは一誠くんだ。私を苦しめる張本人であり、勇気を与えてくれる存在でもある。我ながら、矛盾した感情を抱いている。


 恨みや怒りは、次第に変容していった。


 一誠くんへの愛だ。


 私と一誠くんは運命共同体だ。世界線が変わっても、一緒になる。世界は、私と一誠くんのためにある。


 歪んだ思想といわれるかもしれない。だとしても、いまの気持ちは嘘じゃない。


 一誠くんを幸せにしたい、という思いは。


 どこで地雷を踏むかわからないなら、監禁するしかない。そう思って、一誠くんに振った。


 今回の彼は違っていた。前世の記憶を有し、命を奪われるという壮絶な経験を経ている。


 絶対に脅威を退けたいというと思っていた。実際は逆で、他者を理解したいといったのだ。


 信じられない、というのが最初の感想だった。


 いくつかの未来のパターンを知る私にいわせれば、無駄に頑張ろうとしても潰されるだけ。


 なのに、一誠くんは可能性に目を向けていた。


 これまでとは明らかに違う。私たちを「ゲーム世界の住人」といっているあたり、今回は過去一の分岐点なのだろう。


「ハッピーエンド、ね」


 今回の彼は、いったいなにを望んでいるのだろう――。


 一誠くんが帰った後、私は思索に暮れていた。


 無機質な部屋に、何度も戻されたことか。


 ループを重ね、記録は貯まりつつある。


 私は、『一誠くん』ノートを手に取る。


「不慮の事故で意識不明、悠の暴走により退学、流川さんによる無理心中、周囲から向けられる感情に耐えかねた精神崩壊……ほんと、ひどい目にあってばかり」


 バッドエンドの迎え方は、むろんこればかりではない。


 学園のありとあらゆる女性が標的手となりうるのだ。先輩でも担任でも誰でも、だ。


 多くの女性を惹きつける一誠くん、なにかフェロモンでも出ているんじゃないかと疑いたくなる。


 かわいらしい顔立ちだけれども、学年一のイケメンですか、といわれたら難しい。


 私にとっては一番星だけど、他の客観的視点から見ると、どうなんだろう?


「今回は黒川さんがいるものね……」


 ふだんなら流川さんが収まっている三大美少女の枠を不当に(?)占有している黒川さん。


 正直ミステリアスなところが会って読み切れない。一誠くんの元カノの魂が乗り移っていたみたいだし、なにか影響していてもおかしくない。

 今回、ハッピーエンドを迎えられる確率はどの程度だろう。


 一誠くんが事情を知っているため難易度が下がり、しかしそのぶん、いままでとは全然違った状況を迎えているわけで。


 プラスとマイナス、どちらの方に傾いているのか、正直断言しきれない。


 あの一誠くんが前を向いている以上、私もくよくよなんてしていられない。



 ノートを見返すと、さまざまな一誠くん像が浮かび上がる。記憶が呼び起こされる。別の世界線の彼だとしても、根幹は変わらない。


 手の中から失われてしまう前の一誠くんは、どれも輝いていた。


 正常な状態が失われる直前に、最後の力を振り絞り、キラキラと燃えさかっていたのだろうか。

 思い返すと、身体が熱くなる。不思議だ。


 私が本当にゲームのキャラなら、一誠くんに対して熱情を抱くよう設定されていてもおかしくない。


 だとしても、この熱は紛い物ではないと信じている。


 ループの中で積み重ね、考えたことは私自身のものだから。


 頭の中を一誠くんでいっぱいにする。至福の時間を邪魔したのは、スマホの通知音だった。


「なによ人が気持ちいいときに……」


 クラスのグループメッセージだった。


 うちのクラスの変態筆頭・友和君が、衝撃の事実を伝えた。


『今度、うちの高校に転入生が来るらしいって!』


 マジ? 誰? 友和の知り合い? 男子女子?


 飛び交うメッセージ。すぐさま返信がなされる。

『近くに越してきたんだ。かっけー苗字の女の子だって。たしか苗字は、ナガレカワ? だったかな』


 そっと血の気が引いた。


 ナガレカワ。


 流川。


 絶対に、氷華だ。


「まずいまずいまずいまずい」


 私が執念、悠が驚異的な嫉妬深さ、黒川さんが異常な知的好奇心とするならば。


 氷華は、すべてを凍てつかせる振る舞い、だ。


 突拍子のないことを、さも当然におこなう。


 世間慣れしていないがゆえの、常識なんてスルーした行動。


 予測不能な流川氷華が、この学園に投入されるとしたら。


 私と一誠くんの未来は、これから波乱を迎えるといって間違いなかった。


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