第13話 取り巻く悪意

 身体中が痛い。

 真っ暗闇の中、重い瞼を持ち上げるも視界は暗く闇しかない。

 何があったかを思い出そうと痛む頭で思考を巡らせる。

 馬車に乗っていた、周りが騒がしくなり馬車が揺れてケインが外から錠を下ろした、塞がれた窓からは何も見えずにただ恐ろしい音と怒声が鳴り響いていた。

 「アンスンさま!逃げてください!」

 そんなケインの悲鳴のような声と開いた扉から見慣れない男が現れて引き摺られて馬車から下ろされた。

 降りた瞬間鳩尾に激痛が走り視界がフェードアウトした。

 直前に見えた血溜まりの中、あらぬ方向に足が曲がって倒れているケインの姿。

 「っつ!」

 思い出したがその凄惨な光景に息が詰まる。

 野盗だろうか、しかしその辺の野盗相手に護衛隊がやられる訳がない。

 少なからず護衛隊を潰せるだけの力のある組織だろう。

 それより、何故僕だけが捕まっているのかがわからない。

 確かに領主ではあるが、脅して取れる金銭など知れている貧乏とまではいかないが、羽振の良くはない領主だ。

 遠くでくぐもった声がした。

 僕は耳を澄ます。

 「予定が狂い過ぎたわ、まさかこんな所まで来て結婚なんてあり得ない!」

 ヒステリックに喚く女性の声は聞き覚えがある。

 「大体エリアナが悪いのよ!さっさと婚約者なんてやめて私に譲っておけば!」

 ああ、そうだ。

 エリアナさまやグレアムさまが話していたじゃないか、アルを王都に連れ戻したい勢力があるって。

 「でもいいわ、アレを人質にすればアルフレッドだって言うことを聞くしかないはずよ」

 なんてことを……。

 「アルフレッドの気持ちなんてどうでもいいのよ、監禁でもなんでもして王家の瞳の子どもさえできれば」

 ひどい……。

 アルは家畜じゃないんだぞ。

 「でも、あんな見窄らしい子に本気なわけじゃないでしょうし、人質になるかしら」

 それは、僕も、少し思う。

 いや、むしろそうなら余程良い。

 「まあ呼び出しには応じるでしょう」

 来ないで。

 来ないで。

 ガタンと大きな音に怒声と悲鳴が暗闇に広がった。

 暫く大きな音が響き唐突にバンっと扉が開かれ眩しさに目を瞑った。

 「アンスン!」

 「来いっ」

 「貴様っ離せ!」

 グイッと乱暴に引き上げられ、首に冷たい金属が当たった。

 「ヒッ」

 「形勢逆転ね、アルフレッド」

 「お前、グロリア……」

 アルが剣を持ち立つ周りを騎士が取り囲んでいる。

 僕の喉にナイフを当てている男が下卑た笑いを浮かべているのがわかった。

 「アル!逃げて!」

 「うるさいわね!」

 ばちんと頬に強烈な痛みが走った。

 目の前に金の髪を靡かせた女性……クラスは違ったが同じ学園に居た……。

 「グロリア•クロッカス侯爵令嬢……」

 釣り上げた目で憎々しく僕を見る彼女がアルに向き直る。

 「私と一緒に大人しく王都に帰るなら彼は無事に返してあげるわ」

 「何のために?俺は既に王籍を抜けている」

 「いいのよ、あなたは私との間に子を成せばそれで」

 「はぁ、おめでたいよねぇ」

 聞き慣れた声が背後から聞こえてドサリと僕を捉えていた男が倒れた。

 自由になった僕は一目散にアルへと駆け寄った。

 「さて、グロリア嬢?言い訳とかあるなら聞くよ?聞くだけだけど」

 ふふっと笑うのはグレアムさま。

 僕を受け止めたアルが今にもグロリア嬢に飛びかかりそうだ。

 「グロリア嬢、君はおめでたいよね、そういうことを考える輩が出るかも知れないって王家が考えないと思った?」

 「まったくだ、生憎だが俺に子種はない」

 「は?」

 え?っとアルを見上げれば眉尻を下げて紫の瞳を揺らした。

 「あっちこっちでね、不義の子が出来ないように私たちはそういう制約魔法をかけられているんだよ」

 「そういうことだ、廃嫡された以上この制約魔法が解かれることもない」

 「そんな……」

 力なくへたりこんだグロリア嬢はその後追いかけてきたグレアムさまの護衛騎士たちに捕縛されて連れて行かれました。

 見送る僕をぎゅうぎゅうとアルが抱きしめています、ちょっとだけ痛い。

 「怪我は、ないことはないな大丈夫か?痛むか?」

 「アルが来てくれたから大丈夫」

 「私も来てるよ」

 ふふと笑って思い出した。

 「ケインは?」

 「命に別状はない、今治癒師にみてもらっている」

 「うちの治癒師は優秀だから大丈夫だよ、ケイン殿もずっと働き詰めでしょ?折角だから休暇だと思って休ませてあげたら?」

 グレアムさまがニコニコしています。

 「王都に帰ったら忙しくなるね、エリアナが王都に報せを出したからグロリア嬢の父上でもあるクロッカス侯爵も捕まえてるはずだよ」

 「手間をかける」

 「さすがに、これは兄さんのせいじゃないからさ」

 グレアムさまは肩を少しだけ上下させてやれやれと息を吐いて苦い笑いを浮かべた。

 

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