第13話 暗殺会長

「どうして、ここに……?」

「わたくしもお訊ねしたいところですが……今は、あまり時間がなさそうですわ」


 ヨアケは周囲を警戒するように見回す。

 フミカも視線を凝らした。

 

 暗がりの中で、青い光が蠢いているのが見える。

 一つではなく、複数。


「どうやら、ボス戦になってしまったようですわね」

「ボス戦……?」

「わたくしも全ては把握してませんが、ハイルという女の子に、花蜜を飲ませることがトリガーだったようです。飲ませて、しまったのでしょう?」

「あ……」


 つまり自分のミスだ。

 フミカは反射的にヨアケへと謝罪する。


「ごめんなさ――」

「謝る必要などありません。むしろ、お礼を言いたいくらいですわ」

「え?」

「だってゲームはそういうもの、でしょう?」

「そういうもの……?」


 ヨアケが優しく微笑む。


「初見殺しの敵や罠に引っ掛かるのもまた、ゲームの醍醐味でしょう? せっかくのイベントを回避してしまったので、残念に思っていたところでしたから」

「会長……!」


 容姿端麗で頭脳明晰。光明院家のご令嬢にして、日柱高校の生徒会長。

 天に二物どころではないほど与えられた人物だが、素晴らしい人格者でもあり、全校生徒の羨望の的だ。

 

 暗がりの中にいるのに、辺りが輝いて見える。

 すっかり恐怖心も消え去っていた。

 これならば戦える。


「ハイルは複数体存在しているようです。ボス戦前であれば各個撃破も可能でしたが、今は全員と敵対している状態でしょう」


 さっきのサイコパス的な殺しは、ヨアケがボスの一体を始末しているところだったのだ。

 恐怖を覚えた光景も、今や勇敢知的なシーンに思えてくる。

 初見なら引っかかるギミックを、ヨアケは完璧に回避していたのだ。


「すごいですね、会長!」

「ただの偶然ですわ。そんなことよりも、手伝ってくださいますか? フミカさん」

「もちろんです!」


 棍棒を握る右手に力が籠る。会長がいるなら百人力だ。


「わたくし、共闘は初めてで。レクチャーして頂けますか?」

「わかりました……!」


 青い光が段々と近づいてくる。

 その間に、フミカはヨアケの装備を一瞥した。

 目に見える武器は、壊心のナイフのみ。


「ヨアケさんは暗殺者、ですよね?」

「ご覧の通りですわ。暗殺と必殺の一撃のダメージはなかなかのものですが、通常攻撃は貧弱です。どう動けばよろしいのでしょう?」

「私が敵を引き付けますから、隙を見て、暗殺してください!」


 暗殺者には暗殺させるのが、一番効率がいい。

 タンク役を買って出たフミカは、たくさんのハイルと相対する。

 

 盾でガードし、棍棒で殴るというシンプルな攻防。

 それだけでもハイルの悲鳴が轟いた。


(一体一体は大したことない……!)


 数に物を言わせるボスの場合、質はそこまででもない場合が多い。

 立ち回りさえ気を付ければ、淡々と処理できるのだ。

 

 ハイルの攻撃は単調。

 カンテラによる近接攻撃。青い炎を飛ばしてくる遠距離攻撃。

 必殺技であるのしかかり。

 その三パターンだけだ。

 

 カンテラを防御しながら、フミカは叫ぶ。


「ヨアケさん!」

「今ですわね」


 音もなくヨアケがハイルたちの背中に回り込む。

 きっと暗殺スキルの恩恵だろう。

 足音で察知されないようになっているのだ。

 そのまま連続暗殺。三人のハイルが絶叫しながら掻き消えた。


「またたくさん来ますわよ」

「はい……!」


 ブレイヴアタックでハイルにカウンターを与え、いたいけな幼女の顔面を殴る。

 可哀想という情よりも、死んでたまるか、という意思の方が強い。

 

 十体のハイルが通路からやってきていた。

 青い炎が五発飛んできて、フミカは逃げる。

 

 その間に、ヨアケが流れるように暗殺していく。

 彼女は合図を出さずとも、どの敵を暗殺すればいいのか理解しているようだ。


「酷イ……許サナい――ユルさなイィィィ!」


 突然怒り狂うハイル。

 急にカンテラから炎が漏れ始めた。一人のハイルへと集まっていく。

 全てを集めきった後、光が消えた。


「どこに――」


 カンテラの明かりと揺れる音で、ハイルの居場所は予想できていた。

 しかし今はわからない。

 暗い部屋の中で、光も音も消えてしまえば――。


「フミカさん、こちらです!」

「会長!」


 ヨアケの声に誘われると、回避する彼女の姿がうっすらと見えた。

 ハイルがヨアケを亡き者にするべく、爪を振るっている。

 

 赤い目は血走り、顔は憎悪に歪んでいた。

 もはや愛らしさなど欠片もない。

 ただの殺意の塊だ。


「うおおおッ!」


 ダッシュしたフミカは間に割って入る。

 爪による斬撃を盾で防ぐ。タイミングは読みやすい。

 

 ブレイヴガードでスタミナを削る。

 一回、二回、三回。

 スタミナがゼロとなった。


「お願いします!」


 フミカが請うと同時にヨアケが動く。

 その胸元に、ナイフを突き立てた。


「うギャああアアアアああア!!」


 幼子とは思えないほどの断末魔と共に、ハイルの身体が消滅していく。

 暗かった部屋が一気に明るくなった。

 壊れた物と骨が散乱する、寂しげな場所を照らしていく。


 ――どうして、なんで?

 明かりがあれば、来てくれるって。

 必ず見つけるって、言ってたのに――。


 悲哀に満ちたハイルの声が響いて、自動的にアイテムを入手する。

 安全になったことを確認すると、装備画面を開いた。

 選んだのは迷い子のカンテラだ。


〈悪霊ハイルが所持していたカンテラ。片手は塞がるが、装備すれば光源となる。打撃攻撃に加え、魔力を消費して、青い炎を飛ばすことができる。孤独なハイルに、彼は言った。明かりがあれば、暗闇でも見つけられる。寂しい時は、灯しなさい〉


「迷子だった子どもが、悪霊化したのでしょうか」

「そうかも……しれませんね」


 ダークファンタジーでは、こういうことがよくある。

 これもエレブレシリーズの味ではあるものの、少ししんみりするのは否めない。


「討伐も、一種の救いだったのかもしれませんわね。これ以上犠牲者は増えませんし、もう悲しむこともない」

「ですね。……結構、感情移入してるんですね」


 黙々と敵を捌くナギサや、魔法少女ごっこに勤しむカリナとは、ヨアケは違うらしい。

 くすり、と微笑みを向けてくる。


「キャラクターの心情を読むのも、ゲームの楽しみ方の一つでしょう?」


 プレイスタイルや楽しみ方は、人それぞれである。

 ヨアケのそれは、自分と近しいようだ。

 そのことも、ちょっと嬉しい。


「このゲームは、具体的な背景を説明してくれるわけではなさそうですし、考察しがいがあっていいですわね」

「……!! ですよね!!」


 リアルでエレブレの、それもストーリーの考察について話せる相手は初めてだ。

 嬉しさのあまり破顔したフミカを、ヨアケは優しく誘う。


「あそこに宝箱があります。いっしょに見てみましょうか」

「はい……!」


 恐怖に打ち勝ったという達成感と、話の合う人を見つけられたという充実感。

 その相乗効果は、フミカの心を満たしていた。

 幸せとはきっと、こういうことを言うのだ。



 ※※※



 ぞくり、と。

 カリナの背中に悪寒が奔った。

 ヤバい。

 具体的に何がどうとは言えないが、途轍もなくまずい予感がする。


「早く教えやがれっ!」


 宿屋の主人の胸倉を掴み、詰問する。


「だから無駄だと――」

「うるせえ! 危機が迫ってんだよ!」

「危険の兆候などどこにも……」


 ぐちぐち言ってくる風紀委員を放置して、カリナは老人を揺さぶった。

 やめてくれっ、と懇願してくるが、無視。


「呪いが解けないんだっ! 生贄を差し出さないと!」

「……あ?」


 主人のセリフが、意味深なものへと変わった。

 手を離すと主人は怯えた様子で続ける。


「あの子の、亡霊が……いつまでも、いつまでもっ! 今回は、今度こそはと……!」

「やっぱてめえの仕業か! 条件をさっさと教えやがれ!」

「…………」


 主人は黙りこくってしまう。

 なぜかはわからないが、なんかヤバい。

 猛烈な危機感を抱き、カリナがさらなる追い討ちを仕掛けようする。

 その時、ガチャリ、と扉が開いた。


「あ、ただいま」

「フミカ!? 無事だったか!」


 消えていたはずのフミカが戻ってきた。

 安堵したのも束の間、


「ごきげんよう」


 後ろから現れた生徒会長に、言葉を失う。

 危機が歩いて、やってきた。



 ※※※



 説明役を引き受けたナギサが、ヨアケに情報を共有している。

 どうやら二人は友人同士らしい。

 

 その間に、フミカは鍛冶屋へ訪れていた。

 自身が右手に持つ戦利品へ目を落とす。

 

 銀色に光り輝くメイス。

 フェイドのメイスだ。


「これ、強化お願いします」


 鍛冶屋の少女は快くメイスを受け取ると、金槌を鳴らした。

 返してもらったメイスの、ステータスを確認する。

 強化レベルが上がり、基礎値の時点で棍棒より上だった威力が増している。

 そのまま、武器テキストを閲覧した。


〈騎士フェイドのメイス。打撃攻撃を与えられる。勇猛さで名を馳せたかの騎士は、あらゆる武具を自由自在に扱った。メイスはいい。さしたる特徴はないが、あらゆる敵に通用する万能の武器だ。迷うのならば、これを持て〉


 優柔不断な自分にぴったりだ。当面はこのメイスで問題ないだろう。

 見た目もカッコいいし、性能も申し分ない。


「……おい」

「カリナ? どうしたの?」


 いつの間にかカリナが隣にいた。なんだか気まずそうな表情だ。


「なんでもない。戻るか」

「うん」


 カリナはちらちらと、こちらを気にしている。

 痺れを切らしたフミカは、カリナの前に立ち塞がった。


「何かあるなら言ってよ」

「い、いやその……」

「気に入らなきゃ突っかかるのが、カリナのいいところでしょ」

「それ褒めてるか? まぁ、その、なんだ。変なことされていないか、とか……」

「変なこと?」

「……生徒会長に」


 目を逸らすカリナ。

 きょとんとしたフミカは、笑いながら手を横に振った。


「ないない有り得ないよ! 助けてもらったぐらいだし。なんでそんな風に思うの?」

「いやさ、話し方が……あれみたいだったし」

「あれ?」

「ミラ姫」

「あー、確かに」


 ヨアケもミラ姫も一人称はわたくし、だ。

 でも、会長は昔からそうだった。

 

 全校集会でも、わたくし。

 日常会話でも同じだ。

 

 フミカたちの感覚では、むしろミラ姫がヨアケに似ていると言える。


「武器だってミラ姫のだったろ」

「シンパシーでも感じてるんじゃないかな」


 ヨアケは、没入してゲームをプレイしている。

 自分と同じ人称を使うミラ姫に、感情移入しているのかもしれない。

 財閥のお嬢様と、城館の姫という点も、どことなく共通項があるように思える。

 

 或いは、暗殺者ビルドだと壊心のナイフが使いやすいという、単純な理由かもしれないが。

 そこまで考えて、フミカはカリナの危惧に気付いた。

 我ながら天才かもしれない。


「わかったよ、カリナ。何を恐れてるのか」

「え、ええっ!?」


 ドヤ顔で胸を張る。

 あたふたとするカリナへ真実を告げた。


「会長が、ミラ姫の転生だと疑ってるね!」

「…………は?」

「わかるよ、うんうん。わかるわかる。ミラ姫、不滅みたいな感じだったもんね」


 おまけに今は、自分たちがゲームの中にいるという異常事態。

 ゲームの中に入る小説やアニメ、映画だと、ゲームのキャラクターが自我をもって、なんやかんや企む話もあったりする。

 だが、フミカは確信していた。


「あれは正真正銘、ヨアケ会長だよ! ねぇ、ミリル!」

「そういう、ストレスになりそうな要素はないから安心して。面倒だし……」


 ホバリングするミリルの返答。

 フミカの推理は見事的中した。

 満足気なフミカに、カリナは質問を投げてくる。


「ちなみに、そう思った理由は?」

「以前ミリルが説明してたし――」

「質問を変える。生徒会長を信じた決め手はなんだよ?」

「助けてくれたし。何より、エレブレ4のストーリーを語り合える人だもの! 悪い人なはずが――」

「バカフミカが。さっさと行くぞ!」

「ええっ!? 待ってよ!」


 スタスタと先に行く、カリナの背中を追いかける。

 待ち合わせ場所に着くと、ヨアケが説明を聞き終えたところだった。


「事情は把握しました。わたくしも参りましょう。よろしくお願いいたしますね」

「はい!」

「ま、しょうがねえな。よろしく」


 ヨアケという優秀な仲間を得たフミカたちは、風車の村を後にする。

 

 先導するナギサに、その後ろを少し離れて歩くカリナ。

 三番手のヨアケと、最後尾のフミカ。

 

 フミカはヨアケの隣に駆け寄り、疑問を口にした。


「ところで、条件って何だったんでしょうね?」


 穏やかな悪夢へと誘われた条件は、結局わからず仕舞いだ。

 ヨアケは少し考え込み、


「さぁ、なんでしょうね?」


 にこりと微笑み返した。

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