第11話 風車の村

「攻撃するの?」

「それはまだなんとも」


 フミカは盾を構えながら、ミリルに返事。

 野犬ナギサに阻まれた先にあった、巨大な風車。

 そこを中心に広がっていた村の前に、フミカたちは到達していた。

 

 遠距離武装を持つカリナとナギサが後方待機。

 フミカとミリルが先行していた。


「けど珍しいね。いつもはあんまり出てこないのに」

「君たちが楽しんでいるからね。私も嬉しいんだよ」


 ミリルは本当に嬉しそうだ。

 どうしてだろう、と疑問を抱く。

 なんでこの子は、自分たちが楽しむ姿を、自分のことのように喜んでいるんだろう。

 

 疑問を消化しようとした矢先、声を掛けられる。

 村の入り口に立っていた兵士に。

 フミカは身を固くした。


「ようこそ、旅人さん!」


 兵士は笑顔で手を振っている。

 フミカはそっと兵士に近づくが、攻撃してくる様子はない。

 周囲をぐるぐる回る。

 ミラ姫の二の舞を避けるためだ。

 

 だが、何のリアクションもない。

 ロックオンも不可。


「出てきてください! ここは安全な村みたいです」


 フミカは待機中の二人を手招きした。




「つまり探索拠点、というわけか」


 ナギサの要約に、フミカは頷いた。

 フミカたちはのどかな農村を歩き回っていた。

 

 友好的なNPCが村内を闊歩し、すれ違う度に挨拶してくる。

 敵しかいなかったプレクとは大違いだ。


「商店に鍛冶屋に食堂……ホント、いろいろあるんだな」


 黄金色の小麦畑があちこちに見え、小川が小気味の良い水音を奏でている。

 これまでの陰鬱な雰囲気が吹き飛ぶほどの美しい村だ。

 心のふるさと、のような場所。


「鍛冶屋で武器と防具を強化できますよ。お金と素材はいりますけど」

「お金ってこの金貨だろ? たまーに敵が落としてた」


 カリナが金貨袋を取り出す。

 これまで使う機会がなかったので、それなりの金額になっていた。

 素材もいくつか魔物からドロップしている。

 

 鍛冶屋では、スカートを穿く可愛い女の子が接客中。

 ぴんと来たフミカは少女の後ろに回り込んでしゃがみ、ポカチンという打撃音を聞いた。

 音源は自分の頭とカリナの拳だ。


「何すんの!?」

「こっちのセリフだ。全く……」


 涙目になるフミカ。桃源郷を眺めようと思ったのに。


「武器を強化するのは悪くないな。サーベルを限界まで強化してくれ」


 ナギサはサーベルを今できる範囲まで逡巡することなく強化する。

 鍛冶屋の少女がにこりと笑って金槌を鳴らした。


「じゃああたしも。武器と防具、半々ずつ」

「ま、待った!」

「なんだよ」

「即決でいいの!?」


 フミカは信じられない。なんで悩むことなく決められるのか。

 金も素材も時間があれば稼げるが、面倒だ。

 コレと決めた武器と防具を優先した方がいい。

 というのがフミカの常識なのだが。


「だってあたしはこの格好気に入ってるし」

「この武器で十分戦えるだろう」


 二人はどこ吹く風な様子。

 唖然としている間に装備強化を終えて、今度はフミカを促がしてくる。


「お前もさっさと強化しちゃえよ」

「わ、私は……うーん……」


 フミカは棍棒を取り出す。

 どんな職業、どんなステータスでも扱える万能の武器だが、大きな特徴がないとも言える。

 

 鈍器のアクションはシンプルでフミカ好みではあるが、リソースを割くのはまだ早計だろう。

 何より、見た目がカッコ良くないし。


「武器が不満なら、防具を強化すればいいんじゃないか。その……あの服とか」

「服? 今の鎧じゃなくて?」


 フミカはミラ姫との戦闘以降、ずっとフェイドの鎧を着用していた。

 特に困らなかったからだ。


「ほら、最初に来てた……」

「あー、ないない。あれはない」


 案内人のみずぼらしい服は、もう役目を終えたと思っていい。

 手振り混じりに否定すると、カリナが残念がった。

 

 なぜだろうか。

 ナギサが仲間になった以上、色で統一感を出すのは難しい。

 ナギサのサーコートは青色なのに。


「この鎧もなぁ。カッコいいし重さもちょうどいいんだけど……」


 もっと自分にぴったりの防具が手に入るかもしれない、と思うと躊躇してしまう。

 結局強化できずに、フミカは鍛冶屋を後にした。

 

 次に向かった商店では温和な主人が対応してくれた。

 こちらは良さそうなアイテムがなかったので、何も買わずに店を出る。


「旅人さん、依頼を片付けてくれんかね?」

「依頼……?」


 店先で声を掛けてきた男へ振り返る。

 これまた今までと変わらない朗らかな笑顔の老人だった。


「出たね、ミッション!」

「受けると報酬が貰えるのか?」


 ナギサへフミカは過去の経験を伝える。


「そうです。本筋とはあまり関係のないものも多いんですけど、冒険の助けになるアイテムが貰えたり、素材を入手したり、金貨をたくさん払ってくれたり、いいことづくめなんですよ!」

「ふむ……必須要素ではない、のか」


 難色を示すナギサ。あくまでもメインストーリーを進めたいらしい。


「急がば回れって言うだろ。それに受けとく分にはペナルティもないだろうし」

「拠点ができた以上、分担するという方法もあるか」


 急いでクリアしたい事情でもあるのだろうか。

 カリナのフォローもあって、ナギサと共にミッション一覧を眺める。

 敵の討伐とアイテムの納品がほとんどだ。

 

 カリナの言う通り、受けておいて損はない。

 一通り閲覧していると、


「なんだこれ?」

「宿屋での宿泊? 変な依頼だな」


 目についたのは宿屋の主人の依頼だった。

 寝心地を体験して、その感想を教えて欲しいらしい。

 タダで泊まれて、報酬も貰える。お得な依頼だ。


「きっと、初心者向けのチュートリアルも兼ねてるんですよ! 行ってみましょう」

「そういうのもあるのか? しかし……」


 ナギサは訝しんでいる。ふわふわと浮いているミリルへ声を掛けた。


「報酬の配分はどうなっている?」

「ゲームシステムに則って、ちゃんと全員に同額配当されるよ。達成したのが一人でもね」

「なら、私は討伐依頼をいくつかこなして来よう。君たちはその間に寝るといい」

「寝ないんですか?」

「この世界に入ってからというもの、眠気を感じないからな。肉体が疲労している様子もない。不要だ」

「そうですか。じゃあ、カリナ行こうよ」

「あたしも眠くねえからパス」

「ええー?」


 二人とも付き合いが悪い。

 眠くなくたって寝てもいいだろうに。


「ダメなの、カリナ。いっしょに寝ようよ」


 カリナにお願いすると、勢いよく顔を背けた。


「…………ダメだ」


 謎の葛藤後、拒否。

 行けそうな香りがしたので、もう一歩ねだる。


「どうしても?」

「ダメなもんはダメだ! 危ねえんだよ、いろいろと」

「わかったよ。一人で行ってきます」


 フミカは説得を諦めて、一人で宿屋に向かう。


「そんなに寝相が悪いのかな……?」

「ここまでくると、いっそ清々しいね、君」


 傍に飛んできたミリルはにやにや笑っていた。何が言いたいのかさっぱりだ。


「何が?」

「別に。ぐっすりお眠りー」


 ミリルが飛び去っていく。カリナかナギサの元に行くんだろう。


「なんなの? もう」


 宿屋の戸を開けると、優しそうなおじいさんが出迎えてくれた。


「いらっしゃい。おや……お客さん、素敵な鎧を着てますねぇ」

「え? そうですか? えへへ」


 褒められるのは、どんな小さなことでも嬉しい。


「依頼を引き受けてくれたんですかい。なら、勉強させて頂きますよ……」


 宿泊代がチャラになり、フミカはスキップしながら部屋へ向かう。

 最低限の家具しかないシンプルな部屋ではあるが、ベッドに敷いてある毛布はふわふわで、寝心地が良さそうだ。


「うちは鎧のままでもぐっすり眠れる、自慢のベッドですよ。どうか、その素敵な鎧は装備したままおやすみください……」


 メタ的には装備着脱不要ということだろう。

 親切設計にありがたみを覚えながら床に就く。

 

 エレブレ4に、時間の概念はない。

 ずっと太陽が出たままだが、驚くほど気持ちが良い。

 花蜜を初めて口にした時と同じような、極上の感覚だ。


「おやすみなさい……」


 誰ともなしに呟いて、フミカの口から寝息がこぼれた。


 

 

 

 ――ああ、ようやく来てくれたんだ。

 ずっとずっと、待ってたよ。会いに来てくれるのを。




「ふにゃ?」


 爆睡していたフミカが目を覚ます。

 これ以上にない安眠だった。

 こんな気持ちの良い目覚めはいつ以来だろうか。

 気分よく身を起こしたフミカは勢いよく背伸びして、笑顔のままに一息入れる。

 

 周囲を見回して状況を確認。 

 満面の笑みのまま、呟いた。


「どこ、ここ……?」


 暗くて、寂れて、陰気なところ。

 壊れかけのベッドがある小部屋で、フミカは起床していた。

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