第12話 例の同僚、初登場
「冗談だよ、冗談。イワンもきみも真面目だなあ」
そう言いながらわざとらしく下瞼を指で拭う。まるで涙を拭いたような仕種だが、泣いていないことは見てわかる。だが、何度も言うが彼はこの国の第一王子。深呼吸して込みあがる憤りを抑えた。
だが、そんな人の気も知らずにサムソン様は「じゃーねー」とひらっと手を振ってこの場を去った。どうやら、私たちをいびるのも飽きたらしい。
時間にしてたった五分。それくらいのやり取りだったのに、彼から解放されたと思うとどっと疲れてしまった。
「災難だったな」
イワン団長が耳打ちをしながら、私の肩をポンッと叩く。私の到着が遅いから様子を見に来てくれたみたいだ。その結果、私がサムソン様に絡まれているのを発見。「ついていない」と思った私のわずかな幸運だった。
「さあ、行こう。悪いが、お前には仕事が待っている」
「あ、はい。ただいま」
何事もなかったようにスタスタと歩いていくイワン団長に続く。
正門を開け、城の裏手からぐるっと回れば騎士の寄宿舎に着く。その間、私もイワン団長も黙々と歩いていた。
そんな沈黙の中、あと三分で寄宿舎にたどり着くところで私はイワン団長に声をかけた。
「あの……イワン団長。先ほどはお手をわずらわせて申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げるが、イワン団長は「問題ない」と言ってくれた。
「あの方も気分屋だ。今日は我々をからかいたい気分だったのだろう。お前も、こんなことで気を病んでいたら胃に穴が開くぞ」
「そう……ですね。事故に遭ったとでも思います」
そうは言いつつも、心の中はもやもやとしていた。イワン団長への態度。騎士へのいびり。そして何より、セレニア様への侮辱。正直、あんな人が後に一国の王になるとは考えたくもない。
嫌悪感が顔に出ていたのだろう。私を見てイワン団長が「どうどう」となだめた。
「幸い、あの方は最近外交が多い。見かけなければ存在していないのと同じだ。それまでの辛抱というものよ」
「あはは……イワン団長も言いますね」
この口ぶり、イワン団長もサムソン様をめちゃくちゃ嫌っているのがわかる。しかし、私が冗談っぽく言っても、イワン団長は真顔だった。
「この国で、あの方たちを好んでいる人はいないのではないか?」
隠そうともしない堂々とした言い方に、たまらず息を呑む。そんな言葉を失う私を見て、イワン団長は語気を強める。
「セナ。これだけは覚えておけ。どんなクズな人間であっても、あの方たちの前では我々の命は無価値だ。わかったな」
騎士というのは、そういうものなのだ。
そう言われているような気がしたが、真顔で言う彼を前に否定なんてできなかった。ただ、彼の言葉を噛みしめ、コクリと無言で頷いた。
そんな話をしているうちに寄宿舎にたどりついた。ここを出てまだひと月。それだけなのに随分と懐かしい感じがした。
「今日は城下町の見回りをしてほしい。最近市民に武器を与える輩もいるとの噂だから、怪しい者がいたら遠慮なく制圧してくれ」
「はい、かしこまりました」
「それと、例の侵入者の一件から、見回りをするのはふたりひと組になった。そこで、お前とペアになる者だが……」
話の途中でイワン団長が寄宿舎の扉を開けると、中から「ガタッ」と席を立つ音が聞こえた。
「セナ~~~!!」
私の顔を見た途端、肩まで伸びた長い黄緑色の髪をひとつに結んだあどけない青年がすぐさま駆け寄ってきた。彼こそが私の同僚であるヘンリー・グランツだ。
「久しぶり! 元気にしてた!?」
「うん。ヘンリーも元気そうで何よりだ」
「そりゃ、もう! でも、きみが異動してから寂しくてさー」
私を出迎えてくれるヘンリーは、さながら長旅から帰ってきたご主人様を迎える飼い犬のようだった。
背も女性である私と大して変わらないくらい小柄で、くりっとした目がなんとも可愛らしい。なんなら彼からもふもふとした犬の尻尾がぶんぶん振られているような幻覚まで見える。
そんな和気あいあいとする同期の私らの横で、イワン団長は「ごほんっ」と咳払いをした。
「……まあ、察しの通りセナのペアはヘンリーだ。お前ら、再会を喜ぶのはいいが、ちゃんと仕事もしてくれよ」
いぶかしい顔になるイワン団長に向け、ヘンリーは口をとがらせながら「はーい」とやる気のない返事をする。
「それと……すまんが、セナはこちらの防具に着替えてくれないか? 許可は取っているとはいえ、セレニア様の近衛騎士に見回りをさせていることがバレると面倒そうだからな……サムソン様に、だとか」
非常に申し訳なさそうにするイワン団長だが、先ほどサムソン様の面倒くささは身をもって知っているから、ふたつ返事で了承した。
「確かにあの方ならネチネチ言ってきそうっすよね」
「ふむ……そう……そうなんだ」
「団長も大変っすね。お疲れ様っす」
頭を抱えるイワン団長に同情するヘンリー。その横で私は部屋の隅にある防具置き場から一般騎士用の防具に着替えていた。
一般騎士の防具は非常に簡素だ。用意されているのは肩までしか護られていないチュニックのような
残念ながら、騎士たちの備品はなかなか経費に当てられないらしい。かく言う私も、ほんのひと月前まではこれを着ていたのだ。しかし、今はそんな懐かしさにふけている暇はない。
「準備、できたよ」
そう言ってヘンリーのほうを見ると、満面の笑みを浮かべたヘンリーがグッと親指を立てた。ようやく今日の任務の始まりである。
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