第11話 彼こそが次期国王様
カチャカチャと剣と兜がぶつかる金属音を聞きながら、頭を下げて彼が立ち去るのを待つ。すると、「ん?」とサムソン様が気の抜けた声をあげた。私の存在に気づいたのだ。
「飽きたから、もう行っていいよ」
そんな彼の冷ややか声が聞こえたと思うと、足音がだんだんと私に近づいてきた。今度は、私がいびられる番らしい。
「おはようございます、サムソン様」
「おはよう。えっと、きみは確か……最近セレニアの元に就いた近衛騎士君だっけ?」
「はい。セナ・クロスと申します」
「ふーん。ねえ、頭をあげてよ。もっと顔を見せて」
と、サムソン様が私と視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。こんな近距離で顔を見られたくなかったが、王子の命令は絶対だ。女性だとバレないよう祈りながら、徐に顔をあげた。
すると、サムソン様は少し驚いたように「へえ」と言いながら指の腹で私のあごをクイッとあげた。
「男のくせに綺麗な顔してるじゃん。なるほど、これがあいつの好みって訳ね」
ニヤッと笑いながら、サムソン様がゆっくりと顔を近づけてくる。それこそ、このまま唇でも奪われるのではないかと思うくらい、近い距離だ。
兄弟だけあって、サムソン様とセレニア様は顔が似ている。なんなら、本来セレニア様もサムソン様のような風貌になっていただろう。
サムソン様は、男の姿になったセレニア様。そう認識しても過言ではないのに、体の震えがとまらない。似たようなことは何度もセレニア様にやられている。それなのに、私はサムソン様に拒絶反応が出ているのだ。
「悪い悪い。どこかの誰かさんと違って僕には男の趣味はないから、そんなに怯えないで」
震える私を見て、サムソン様がパッと手を離す。そしてぐしゃぐしゃっと私の頭を荒く撫で、すっくと立ちあがった。
「にしても……よかったね、きみ。あいつ、部屋から出ないから護衛も楽でしょ。まあ、あいつもお年頃だから、相手をするのは大変かもしれないけど」
サムソン様が長い髪を掻きあげながら私に言う。
「本当、羨ましいよ。僕が勉学に励んでいる間も、遠征に行っている間も、あいつは部屋でぐうたらしているだけでいいんだ。しまいには自分のお気に入りを手元に置いてさ。どうせ僕が働いている間も『お楽しみ』なんだろう? 性別も選べないのは、ちょっと同情するけど」
呆れた口調でサムソン様が愚痴る。当然、サムソン様は実弟がセレニア様を演じていることを知っている。知っているうえで私がそういう処理道具として近衛騎士に選ばれたのだと勝手に思っているようだ。セレニア様の苦悩も、孤独も、何も知らずに。
「王女とはいえ、良い御身分だよね。きみもそう思わない?」
だが、いくらサムソン様に話を振られても、私は何も答えなかった。たとえ王子の命であっても、私はセレニア様の近衛騎士。仕える主は侮辱しない。けれども、サムソン様にはそれが気に食わなかったらしい。
「ねえ……なんとか言わないの?」
頭上からサムソン様の苛立つ声が落ちる。
「きみはセレニアの近衛騎士だけど、元をたどれば仕えているのは王族だっていうこと、忘れちゃだめだからね」
そう言いながらサムソン様は私に剣を向けた。
そのまま私の額に剣の切っ先を添える。彼が少しでも力を加えるだけで、私の額からは血が流れるだろう。それでも私は指一本動かすことなく、ひざまずいたまま停止していた。
その姿勢がなおさら気に食わなかったらしく、切っ先に力が入ったのがわかった。額が針に刺されたように痛い。それでも動かないでいると、サムソン様が「チッ」と舌打ちをした気がした。
「……このままきみの額を切ったら、セレニアはどんな顔をするんだろうね」
そんな憎しみを帯びた低い声がした時、ゾクッと体に戦慄が走った。どうやら今日は、任務に行けなさそうだ。そう思いながら、私はそっと目を閉じ、歯を食いしばった。
そんな時、城の正門が静かに開かれた。どうやら、誰かが入ってきたらしい。
「セナ!?」
その驚愕した声に思わず顔をあげた。現れたのは、イワン団長だった。
「サ、サムソン様。彼が何かしましたか?」
イワン団長が慌てて駆け寄り、私の隣にひざまずく。その様子を見てサムソン様はニンマリと笑いながら、私の額から剣を下ろした。
「なあに、ちょっと教育をしてあげただけだよ。僕ってば優しいからね」
口調は笑っているが、サムソン様の目は笑っていない。只事ではないと思ったのか、イワン団長はさらに頭を下げて彼に請う。
「お言葉ですが、彼はまだ右も左もわからない新米騎士。非礼がありましたらサムソン様直々に手を下さずとも、我々がきちんと教育しますので、ここはどうか──」
「ふーん。なら、お前が代わりに切られるかい?」
サムソン様がイワン団長の声を遮る。サムソン様の氷のような冷たい眼差しは、先ほど向けられた切っ先よりも鋭くて痛い。
サムソン様はイワン団長のことを蔑んでいる。それは視線を向けられているイワン団長本人が一番わかっており、耐えるようにぐっと拳を握っていた。
こんなところ見ていられない。けれども、私の前にいるのはこの国の第一王子。割り込んだりしたら、今度こそ切られる。多分、イワン団長も。
だが、顔を青ざめる私を見て、サムソン様は腹を抱えてケラケラと笑いだした。
いきなり笑いだす彼に呆気に取られていると、サムソン様は「ごめんごめん」と言いながら持っていた剣を鞘にしまい込んだ。
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