【新】迎春。※ボリュームアップ

崔 梨遙(再)

1話完結:約3000字。

 僕は哲平。社会人として中堅の40歳。今、彼女はいない。その年の年末年始、僕は実家に帰らなかった。かといって、この街ですることも無い。寝正月だ。仕事始めまで、僕はひたすら眠ることにしたのだ。


 彼女がいなくなって、十年以上。前の彼女は大学時代からの付き合いだったが、就職してお互いに忙しくなったら、いつの間にか自然消滅。久しぶりに電話をしたら、彼女には新しい彼氏が出来ていた。相手は同じ会社の先輩らしい。


 で、出逢いも無く、十年以上も彼女がいない日々が続いている。職場の魅力的な女性は、みんな彼氏か夫がいる。合コンの話も無い。もう彼女を作ることは諦めている。だが、彼女がいればもっと有意義な冬期休暇を過ごしただろう。正月を1人で寝て過ごすのも寂しいものだと思う。


 ふと、思うことがある。このまま年月が経って死んだら、僕はどうなるのだろうか? 天国に行けるほど良いこともしていないし、地獄に落ちるような悪いことをしたこともない。では、良くも悪くもない普通の人が逝く世界、天国でも地獄でもないところがあるのだろうか?




 僕は外へ出ていた。お正月、思ったより人通りが多い。何故、家からでたのかと言うと、食料を買い忘れていたのだ。あと、ティッシュやトイレットペーパー。これらが無いと、寝正月と言いながら部屋に引きこもることも出来ない。僕は、引きこもるための買い物に出たのだ。


 信号待ち。大きな交差点。その時、ボールが横断歩道を転がって行った。そのボールを子供が追いかけて飛び出した。まだ赤信号だ。車が来る! 危ない!


 僕は、考えるよりも早く体が動いた。咄嗟に僕も飛び出して、子供を抱き締めて庇った。”車に轢かれるのは怖い!”僕はギュッと目を瞑った。


 ……おかしい。何も起こらない。いつの間にか抱き締めていた子供の感触も無い。僕は、ゆっくりと目を開けた。真っ白い空間だった。どこまでが床で、どこまでが壁で、どこまでが天井なのかわからない。


「なんやねん、これ?」


 すると、声が響いた。果たしてこれは声なのだろうか?頭の中に直接響いてくるようだった。


“哲平、よくぞ身を挺して子供を守った”

「あんた、一体誰なんや?」

“人の生死を司る者だ”

「もしかして、神か?」

“神は神でも、死神かもしれんぞ”

「死神?」

“好きに呼べばいいということだ”

「僕はどうなるんや?」

“褒美を与える”

「なんで?」

“子供を助けたからだ。善いことをしたら、ご褒美をもらえるのは当然だ”

「どんなご褒美ですか?」

“お前が1番喜ぶことだ”

「……もしかして、Re〇Na(以降、レ〇ナ)さん絡み?」

“そうだ、レ〇ナと1日一緒に過ごせるチケットだ”

「やったー!最高やー!」

“まあ、本物は芸能活動が忙しいから、レ〇ナのコピーだけどな”

「それでも充分!」

“では、楽しめ”

「そのレ〇ナさんは、いつまで相手をしてくれるんですか?」

“0時までだ”

「0時を過ぎたら、どうなるんですか?」

“光の粒となって消えて行く”

「わかりました」

“では、思い切り楽しめ!”


 白い空間が発光したかのように更に明るくなった。僕は目を開けていられなくなって目を閉じた。そして、ゆっくり目を開けたら僕の部屋だった。8畳の部屋と4.5畳の1DK。さっきまで外にいたはずなのに、部屋に戻っていたことにも驚いたが、目の前のソファにレ〇ナさんが座っていたことに1番驚いた。


“夢じゃなかったんや!”


 レ〇ナさんがソファにチョコンと座って微笑んでいる。やっぱり小柄だ、かわいい、守ってあげたくなる。


「レ〇ナさん」

「はい、なんでしょう?」


 声が小さい。やっぱり歌うとき以外は小声なのだ。かわいい。ますます守ってあげたくなる。


「コーヒー飲みますか?紅茶の方がいいですか?」

「あ、じゃあ、コーヒーをお願いします」


 僕はドリップ式のコーヒーを淹れて差し出した。


「どうぞ」

「いただきます」

「いやぁ、レ〇ナさんとコーヒーを飲むのが夢やったんですよ」

「そうなんですか」

「夢が1つ叶いました」

「どんどん夢を叶えましょう」

「じゃあ、この後、一緒にランチとかどうですか?」

「構いませんよ」

「一緒に行きたいお店があるんです」


「いいお店ですね」

「そう言ってもらえて良かったです」

「彼女さんはいないんですか?」

「今、いないんですよ。っていうか、10年以上いません。気付いたら40歳になっていました。でも、レ〇ナさんのDVDや曲、フォトブックに癒やされています。レ〇ナさんって、僕の理想そのものなんですよ」

「ふふふ、それなら嬉しいです」

「もう1つ、お願いしてもいいですか?」

「はい、なんでしょう?」

「この後、カラオケに付き合ってもらえますか?」

「カラオケですか?」

「レ〇ナさんの生の歌声を聴きたいんです。しかも、至近距離で」

「いいですよ、じゃあ、行きましょう」


 何曲も歌わせてしまった。生歌、やっぱり素敵だ。しかも、こんな特等席(至近距離)で聴けるなんて、僕はなんて幸せなんだろう。しかも、今度はレ〇ナさんの方から提案してくれた。


「夕ご飯、作りましょうか?」

「是非!お願いします」

「寒いし、クリームシチューはどうですか?」

「最高です」

「じゃあ、食材を買いに行きましょう!」

「はい、行きましょう」


「なんか、一緒にスーパーで買い物してたら、恋人気分を味わえました。いや、新婚気分かもしれません。嬉しかったです」

「今日は、私、哲平さんの彼女ですよ。奥さんでもいいですよ。0時までなら」


「このシチュー、最高です」

「良かったです」

「時間があれば、何時間でもレ〇ナさんに愛を語れるんですけど、0時まででは語りきれないです」

「余った時間、どうします?」

「そうですね、写真を沢山撮らせてくれますか?」

「いいですよ」


「うわぁ、めっちゃ撮ってしもた。すみません、レ〇ナさん、退屈やったでしょ?」

「いえ、大丈夫です」

「ほな、コーヒーでも飲みながら0時まで雑談でもしましょうか?」

「ええ、構いませんよ」


「今日は、僕の人生で最も幸せな日でした」

「でも、意外でした」

「何が? 何か意外なことがありましたか?」

「哲平さんって、私の体は求めないんですね」

「求めたいですよ。僕も男ですから。でも、この状況で求めることは出来ませんよ。ちゃんと恋人として付き合って、お互いに愛し合ってから結ばれたいんですよ。レ〇ナさんのことが好き過ぎて、軽い気持ちでは求められません」

「てっきり、“一夜の思い出を”とか言って迫られるのかと思っていました」

「そんなことは出来ません。好きだから簡単に抱けないということもあるんですよ」

「哲平さん」

「何ですか?」

「哲平さんと出会えて良かったです」

「こちらこそ会えて嬉しかったです。ありがとうございました」


「あ、もう0時ですね。針が重なります」



 針が重なった。0時になった。

 途端に光の粒になって消えて行く……

 …………あれ?……光の粒になって……消えて行くのは僕の方だ……

 ……そうか……僕はあの子供を助けた時……既に死んでいたんだ……



 ……まあ……いいか……。







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