第8話 翼をください

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「……ポーラ。言いたいことがあって、ここへ来たんだろう?」


 やっと絞り出したアルテルの声は、冷たい風にかき消されそうなかすかなものだった。


「行くな……」  


 小さくかすれた声。

 それでも、ポーラの耳には届いた。


 不器用な物言いにポーラの胸は締め付けられる。

 彼が、本当に言いたいことは最後にしか言えないことを分かっていたからだ。

『行くな』という言葉が、『行かないで欲しい』という願いであることも長い付き合いであるポーラは痛いほどわかるのだ。


(アルテルが、私を引き止めてくれた…!)


 ポーラの胸は震えたが、同時に不安になった。

 アルテルにとってこのことがどのくらい特別な意味を持つのかは推し量ることはできなかったからだ。


 なぜこの場所に……アルテルの飛行機の後部座席にいるのかポーラ自身よくわからない。

 胸苦しさに倒れこみ、そのままベッドに横たえられたことは覚えている。

 苦しい息のもと、指を動かすことも叶わず、もうダメかもしれないと彼の名を呼んだ。

『アルテルはもうすぐ来るから』と、父が言っている声すら遠く聞こえたがそれが嘘であることが涙交じりの声でわかった。

 牧師であるポーラの父は決して嘘はつかない。

 しかし、ポーラがもうダメかも知れないと分かっているから嘘をついたのだ。


(どうして、アルは私を置いて行ってしまったの……?

 いつもいつも仕事ばかり。最後の願いすら聞いてはくれないの?)


 ポーラは、アルテルのことがずっと好きだった。


 口下手なところはあるが、とても優しくまっすぐな彼のことを誰よりも近くで見ていた。

 飛行士の父アレックスをとても誇りに思い尊敬していたアルテルは父が消息を絶ち、母も後を追うように病死してから、別人のように変わってしまった。

 元は明るくわんぱくな性格だったが、暗く押し黙り一人で考え込むことが多くなった。

 だから、ポーラはアルテルをなんとか笑わそうとお姉さんぶってみたり、困らすようなことをしてみたのだ。


 年頃になってからは、ポーラ自身の病気が重くなり一緒に外へ出ていくことはできなくなってしまったが、それでもアルテルについていきたい、彼の笑顔を見たいという気持ちは変わらなかった。

 なのに、ここのところ向けられるのは後ろ姿だけだったように思う。


 大きくたくましいが、寂しそうな男の背。


(アルは、私に何か隠している……)


 自分を信用してくれないことにも、誰の手も拒絶し自分一人で生きていこうとする姿にもポーラは憤りを覚えるようになっていた。

 足手まといだと思われているのかもしれない。

 そう考えると、手を伸ばしとどまってほしいと願う事すら重荷になるのだとためらってしまう。

 いつだって、アルテルの背中を追いたいのにポーラの体は言うことを聞かなかった。


 でも、最後くらい追いかけてもいいはず。


 アルテル、あなたに会いたい。


 一度でいいから、あなたの飛行機に乗りたかった。

 そして、この想いを伝えたい……。


 ――― 神様、どうか私にアルテルの背を追いかけるだけの翼をください!


 ポーラは涙でにじむ天井を見上げながら、強く強く願った。


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